思い、出す
「顔を上げて、お姉様」
私は出来る限り丸くなり、自分の腕の隙間からミレーネ様を遠慮がちに見た。
ほう、と安堵にも似たため息をついた老婆は、幾分か若返ったように見える。
「そんなところで…カルロスもカルロスだわ。せっかくテーブルと椅子があるのよ、座りましょう」
「ミレーネ様…」
「……っっお姉様っ!もういい、もう良いのよ、ごめんなさい」
言ってミレーネ様はふらりと立ち上がった私を抱きしめた。
理解を超えた出来事に、動揺を隠せない。
「な、なにを…?ミレーネ様…?」
「もう!もう良いのよ!私はとっくにミレーネ・ドトレストの人生を捨てたつもりなの…だからっっもう、良いのよ」
「言っている…意味が…」
カルロスに肩を抱かれ、着座を促された。三人でテーブルを囲むなど、何年ぶりのことだろう。幾分かふっくりとしたミレーネ様の頬を見て、カルロスは微笑んだ。
「その様子だと、食事を摂り始めたのか」
「ええ、お陰様でね」
「大した女優魂だよ、恐れ入った」
「それはどうも。…いつだって、役作りは見た目からだわ。私はずうっと何かを演じてきた人生なのよ?」
なんとも悲しそうな表情で、頭を抱えたカルロスは「…どこから話せば良いかな」と呟いた。
「本当は、ピオニー、君が目覚めた時にすべて話せば良かったんだろう。全て僕とジェニファーのエゴだ」
「エゴ…ですか?」
「回りくどくなるかもしれない。けれど、これだけは確かだ。僕とジェニファーは、君を守りたかった。いや、守る宿命とでも言おうか」
さきほどまでミレーネ様であったジェニファーは、私の視線を受けて俯く。
「意地悪だと思ったでしょう?」
「なにを、仰っているのか…」
「お姉様、あなたは…」
ジェニファーの言葉に、カルロスは「ああっ」と言って頭を抱えた。人生が今まさに転落する瞬間の人のようだ。
私は直感的に、この言葉を聞けばきっと時間を巻き戻せないのだろうと思う。
「お姉様…今は全てを思い出せないかもしれませんが、あなたは国王陛下とステリア王妃との間に生まれた王女、ティファリー様なのですよ」
雷に打たれた衝撃がどのようなものか分からないけれど、まるで落雷を受けたかのように火花が目の前で爆ぜ、知らない記憶が脳内を駆け巡った。
芳しい花の園で弟と駆け巡る。母が私と弟を捕まえて笑い転げた日々。柔らかい記憶はすぐに暗転する。
母と弟が私の前で殺され、死んだはずの母が追っ手の足をほとんど原始反射のように掴み、私は逃げた。
「どんな時でも気丈に振る舞わなければ…」
母が私にそう言ったのだ。私はその言葉を拠り所にして生きてきたようにおもう。
気がつくと、カルロスが私の横で跪いていた。
「お初にお目にかかります。ティファリー・サンリエストロ王女殿下、カルロス・スノウレストと申します」
「…終わったのね、貴方との全てが」
「…っ!…はい」
「カルロス、愛していたわ」
「僕も…お慕い申し上げておりました」
「サンリエストロを陰で守る、二つのレスト家。スノウレストとドトレスト。貴方たちの忠誠に感謝します」
ジェニファーもカルロスのやや後ろで跪いて言った。
「…数々のご無礼、平にご容赦ください」
「ジェニファー、と呼んで良いのかしら?」
「いかようにも」
「それが貴方の守り方なのね」
今ならわかる。侍女として私を蔑むことで、私の存在を隠そうとした。私は暗殺されたはずの身だからである。
愛した人は、私を見ることなく俯いたまま言った。
「僕もまた、許されない行いをしました」
「ええそうね」
「貴方を傍で護ることが僕の存在意義であったのに、貴方を愛してしまった。それでも貴方を幼馴染として繋ぎ止めたことが、僕の罪です」
はらり、と溢れた涙をきっかけに、外は大粒の雨が降り始めた。
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