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重たい気持ち

 カルロスに後ろから抱き止められて、ミレーネ様は私を見た。

 見て、そして


 嘲笑った。


(私の想いが気づかれている)


 そう悟って倒れ込みそうになる。


(限界だ)


 他の使用人に紛れて廊下に出るしかなかった。


(早く持ち場に戻らなくては…)


 分かっているけれど、重たく濁ったこころがそれをなかなか許してくれない。ふらつきながら扉に手をかけると、ローラの手が重なって驚く。


「ピオニーさん、顔色が悪いですよ。少し休まれては…」

「平気よ」

「ですが……。そうだ、湯浴みで使うオイルがそろそろなくなりそうで…補充していただけますか?」

「も、もちろん」


 ローラは何があったのか聞くこともない。ただ私に仕事を振った、それだけなのだ。


(彼女なりの気遣い、だろうか)


 私は言われた通りバスタブの横に置いてあるのや、脱衣所に置かれているボトルを交換した。


(こうやって、今までも過ごしやすい環境を整えてくれていたのよね)


 ボトル交換の作業はあっという間に終わったけれど、ダイニングに戻ると既にカルロス達は自室に戻っていた。

 使用人達は、一仕事を終えた者からそれぞれ持ち場を離れて休憩らしい。時計を見ると既に20時を回っている。

 私も自室に戻って少し仮眠を取ろうかと螺旋階段を登った。


「お二人はただならぬ関係なのではなくて?」


 そう言われて一瞬戸惑った。契約結婚をした理由は、ジェニーであるミレーネ様にそう思わせることが目的だったはず。けれど、契約を反故にしたことで、今はどちらの立場で振る舞わなければならぬのか、よく分からなくなる。

 そんなもの、使用人の立場であるのだから答えは否定のはずだ。けれど私は答えられなかった。


(あれは…本当にミレーネ様なのだろうか)


 私が知っているジェニファーだった頃の彼女は決してあのような絡み方をする人ではなかったし、使用人を邪険に扱うような人でもない。

 ミレーネ様をそうさせているのは、きっと私への恨みなのだろう。


(なら私はそれを全て受け入れなくてはいけない)


 可哀想なミレーネ様。何処の馬の骨とも知れぬ子どもに人生を奪われ、実の両親はかつての自分の名前で知らぬ子どもを呼ぶ。

 なのに、いつも私の後をついて回っていたのは、なぜだろう。


(あの時のジェニファーの気持ちが、わからない)


 ただ、ひとつだけ分かったことがある。いつも私から物を欲しがったのは…


(私のものが欲しかったのではなく、自分の物を取り返していただけだということ)


 だから、いつかのお土産のサンキャッチャーを受け取らなかったのだ。私からの気遣いなど無用だからだ。


(私のものを欲しがるなんて、とんだ思い上がりだ。カルロスとの契約結婚がそもそも無意味だったのだ)


 カルロス達の食事が終わり、私たち使用人はほんのしばし休憩時間である。

 ごろんとベッドに横たわった。


(窓越しに見る月は例えようもなく美しいわ…)


 まるで額縁に縁取られた完璧な絵画のよう。ぼうと眺めていると部屋のノックが鳴った。

 ベッドから起き上がると尋ねてきたのはキースだ。


「ピオニーさん、あの、お手紙が届いておりまして…なかなかお渡しできずすみません」

「?一体、誰から?」

「それが……」


 封筒を受け取って裏返すと、そこには王族しか使用することを許されない刻印が押されていた。


「…え…?ねえ、キース、これ本当に私宛?」

「宛先を見て下さい。ミレーネ・スノウレストと書いてあります」

「なら!」

「ジェニファー様がミレーネ様だったというのを知っているのはこの屋敷の者だけです。ならそれはやはりピオニーさん宛となります」


 キースは眉間に皺を寄せて、封筒に目を落とした。釣られて私もその封筒を見つめる。


「…分かったわ、後で読みます」


 そう伝えたのに、キースは良い姿勢で立ち尽くしたまま退出しようとしない。


「もしかして、カルロスに内容を報告するつもり?」

「…だってカルロス様酷いんですよ?勝手に開けようとして!正式な王族からの手紙を勝手に開けるなんて、そんなことしたらタダじゃ済みませんから、止めるの大変だったんですから」

「で、中身を見てこいと言われたの?」

「仰る通りです」

「なら本人が来て見れば良いでしょうに」

「…よく分からないんですが、入りにくいと言っていました。何かおありに?」


 私は「あ、」と言って閉口してしまう。


(きっとこの間、ここで…)


 ずきり、胸の奥の痛みを無視することができない。


「ピオニーさん?」


 私は無言で机の引き出しからペーパーナイフを取り出すと、封を切った。

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