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首筋に触れるのは

「はい、これ。買い出しして来たお魚とラディッシュとオレンジ」

「……どうも、助かりました。あのう…もう本当にこれっきりで大丈夫ですんで…」


 ルイドスは背を丸めて、どこか申し訳なさそうにしながら紙袋を受け取った。


「…ねえ、ルイドス」

「は、はい」


 分かっているのだ。今まで自分はこの屋敷で客人として扱われ、契約上とはいえ主人であるカルロスの妻として過ごした日々は消えない。

 それが急に使用人だから対等に仕事を振ってほしいなど、私のわがままに過ぎず、主人に仕えてきた彼らにとっては迷惑な命令なのだ。

 私の存在はただ彼らを困らせるものでしかない。


(けれど私の生涯をジェニー…ミレーネ様に捧げると、決めたのよ…)


「ミレーネ様…?」

「ごめんなさい、なんでもないわ」

「ですが…」

「それと私はもうミレーネじゃないわ?お願いよ」

「そう、ですね。えっと…ピオニーさん」


 そう呼ばれたことが、座り心地の良い椅子を見つけて落ち着いた様な気持ちになって、にっこりと微笑む。

 雲間に隠れていた太陽が、カッと夏の顔をして照りつけた。


「ああ、暑いなあ」

「ルイドスは火を扱うのだから、暑気に注意してね」

「ピオニーさんも、外仕事は程々になさってください」


 ぺこりと頭を垂れて勝手口から中に入ったルイドスの、ちゃきちゃきとした指示を飛ばす声が響いてくる。


(さて、私ももう一仕事、頑張らなくちゃ)


 何度も歩行訓練をした馴染み深い裏庭を抜けて、庭園の掃き掃除に向かった。

 本当はローラや他の侍女が担当するはずだったけれど、ミレーネ様が湯浴みを終えてから随分と支度に時間を要しているみたいだ。


(今日はカルロス様と一緒に夕食を召し上がると聞いているから、きっとそれでドレス選びからメイクまで時間がかかっているんだろう)


 私が勝手にやったら怒られるかもしれないけれど、仲間が困っている時に積極的にならないで踏ん反り返っているようでは、私はまだまだご令嬢気分が抜けていないじゃないかと自分が嫌になりそうなのだ。


 さかさか箒を動かしていると、百合の花が少し草臥れているのが分かった。


「作業が遅くてごめんね。掃除が終わったらすぐ水を撒きましょう」


 地面が濡れたら落ち葉が箒で掃きにくくなる。

 私は少し急いで広い庭園の掃除を何とか半分くらいまで終えた。

 さんさんとした日差しは、私の首筋を焼く。


(暑い……というか、熱い)


 そう思った次の瞬間、ぴたりと首筋に冷たいものが触れて、飛び跳ねた。


「冷たっっっ!!!!え?ええ!?」


 肩をすくませて振り向くと、額に汗を滲ませたカルロスが悪戯っぽい笑顔で手に何やら持っている。


「よう」

「カルロス様、冷たいじゃないですか!よして下さい!ところで、それは?」

「ああ、いつかの氷菓子だ。どうせ水も飲まず炎天下の中掃除してたんだろ?ほら、あのベンチに座れ」

「……私に?ミレーネ様じゃなくて?」


 何度も目を瞬かせて、首を傾げる。


(あ、また怒った顔…)


「仕方のない奴だ、君は。ほら」

「んっっっ!!!!」


 スプーンで掬った大きな一口を私の口に運んだ。氷の粒がいくつか溢れて、地面に落ちるとすぐに溶けていく。


「つっっめた!!!!冷たいです!!」

「だろうだろう?君と行ったあの店でな、お持ち帰りというやつができるようになったんだ」


 青いシロップがかかった溶けかけの氷菓子には、アイスクリームが乗っていて、この国には珍しいマンゴーまで乗っかっている。


「マンゴーか。ピオニーは食べたことあったか?」

「お父様…ドトレスト侯爵が一度南国に立ち寄った際お土産で買って来たのを頂いたことが…」


 滑らかな口当たりを思い出す。本当を言えば、あまり子どもの頃の記憶を引っ張り出してくることはしたくない。


(私が人の人生を奪ってのうのうと暮らしていた頃の、馬鹿な自分の記憶)


「ほら」

「むっ!」


 放り込まれた二口目には、器用にマンゴーとアイスクリームとかき氷がてんこ盛りになっていて口の中を満たした。


「冷たっっ!!冷たいです!!」

「ははは!」


 しゃくしゃくと氷にスプーンを突き刺して、自分は小さな一口を上品に食べている。


(外で立ちながら、こんなふうに食べて良いものかしら)


 戸惑う私に「ほら」と三口目を勧めてきたので「じ、自分で食べますから」と精一杯そう言うと


「なら箒を置いたら良い」

「あっ!私掃除中で…」

「あのな、こんなに暑い中、それも一人で外で作業するのは危ないし、ちゃんと休憩しろ」

「でも…」

「それに君とまた氷菓子が食べられて嬉しいし…」

「え?」

「〜〜〜!!!あー、もう!溶けるから早く食べろ!」


 カルロスは三口目を私の口の中に放り込むと、安心した様な顔になって微笑んだ。


「全く、顔が真っ赤だったんで心配した」

「心配?私に、ですか?」

「しちゃだめなのか?」

「えっと…」


 急に虫の声が大きくなった。もう少しで日暮れになるのだろう。


(一日が、早い)


「いけない!早く掃除して水遣りしなくては…!あの、ごちそうさまでした!」


 私は急いで残りの作業に取り掛かる。カルロスは「ピオニー!」と叫んだ。


「また、またこうやって君と過ごして良いかな」


 私はその言葉に背を向けて「私は使用人ですから」と言ってぺこりと会釈する。そして、背中を向けたまま


「過分なお気遣いありがとうございました」


 バタバタと駆けてくる音が聞こえてくる。ローラたちが私の目の前に回り込むと「ピオニーさん!お一人で!?」と息を切らして言った。

 侍女たちはハッとした様な顔になって硬直する。


「ピオニー、さん?…泣いて……」

「ううん、何でもないわ。あと少しで掃き掃除が終わるの。向こうから水を撒いてくれる?」




 ミレーネは、その様子を窓を開けて瞬きもせず、ただじっと見つめていた。

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