どうして死んだの
金木犀が浮かんだ、美しいお茶が運ばれてくる。金木犀の季節はとうに過ぎているというのに、贅沢なお茶である。
「金木犀の花を乾燥させて、茶葉に混ぜるんだ。ご婦人になかなか人気があるんだぞ」
「…スノウレスト家は茶葉の輸出入や販売が得意分野だったわね」
「最近は、このお茶のように花や果実を入れた企画販売も始めたんだ」
「革命だわ!すごいじゃない!」
カルロスがご令嬢から人気があるのは、その甘いマスクだけではなく、国内で人気のお茶や化粧水などを手掛けているからということもある。
季節ではない金木犀の香りが鼻をくすぐって、なんとも不思議な気持ちになる。黄金のお茶は、ほんのり甘くて苦い。
「あたたかいわ」
「それに蜂蜜を入れてご覧」
くるり、とティースプーンで蜂蜜を混ぜる。独特の甘い香りがあたりを漂った。
「…美味しいわ」
「少し、落ち着いたかい?」
「ええ、ありがとう。…それで、私が見たブロンズの髪の女はジェニファーというのね?」
「覚えていないかい?彼女は、ジェニファー・ルーベンスだよ」
「ルーベンス…?…嘘でしょう!?ルーベンスって…あのジェニファー・ルーベンス!?」
それは、かつて私をお姉様と呼んで、いつもくっついて歩いていた幼い少女である。
父親が事業に失敗して隣国の親戚に身を寄せたと聞いたが…。
その彼女がなぜ旦那様と親しげにしていたのか、思い切り訳が分からなくなる。しかし、その答えはあっさりとカルロスによって齎された。
「ロシュア・シャルマン伯爵は、ミレーネが死んで新しくジェニファーを娶ったんだ」
全身の血の気が、一気に引いた。立っていたら倒れていただろう。私は目を瞑って、何度も深呼吸をした。
「…本当に、本当に死んでいたのね…。でも、どうして私は死んだの?私には、死んだ記憶なんてないわ」
そう、死んだ記憶なんてない。ただ飲めぬ酒を飲まされて、眠ってしまっただけなのだから。
仕方がないという風にカルロスは答えた。
「心臓発作だと聞いているな」
私の顔をじっと見ているカルロスの眉間に皺がよる。
「何よ」
「別に。思い当たる節があるんじゃないかと思って」
「な、ないわよ。そんなもの」
「へえ?本当に?…なんだか気になるんだよな、持病があるならいざ知らず。今まで元気に走り回ってた奴が、その年で心臓発作なんてさ」
「こ、殺されたとでも言いたいのかしら?なら、どうして私は生き返ったのよ…!?」
「…君の父君が言っていた。君の死には謎が多過ぎたんだ、それで…」
「っっっ!!!」
「ミレーネ!」
動揺していた私をカルロスが柔らかく抱きしめたので、思わず払ってしまった。
「っ!ごめん…」
「あっ…その、違うの。びっくりすることばかりで…その…」
「っ…。そうだよな、目が覚めたら全てが変わっていて混乱しているのに、こんな話されても戸惑うよな。でも…僕は…」
(カルロスは、こんなにも心配してくれているのに)
励まそうとしてくれている幼馴染に対して、礼を欠いてしまった。
「十ヶ月の時は、私にとって一晩の出来事なの。まだ夢の中にいるようで…」
私にしてみれば、ドトレスト家が旦那様に乗っ取られたことも、両親が死んでしまったことも、そして旦那様がジェニファーを娶ったことも全て私が眠っている間の一瞬の出来事だ。
金木犀のお茶を喉に滑らせる。
「甘さが身体に染み渡るみたいだわ。…私、本当に死んでいたのね」
そう、あの晩飲んだシャンパンみたいに身体に浸透していくのがわかった。
もしかしたら、あのシャンパンには何か入っていたのかもしれない。カップを持つ手が震えてカチャカチャと音を立てる。なんだかカップさえも重たく感じるのだ。
そっとテーブルにカップを戻した時、指にはめていた結婚指輪がするりと抜け落ちた。
(色んなことがあって気が付かなかったけれど、私の手、こんなに痩せてしまって…)
「ああっ…!」
堪らなくなって、顔を両手で覆った。カツン、と指輪が転がってソファの下に吸い込まれていく。
カルロスは困ったような微笑みで私の隣に掛け直すと、肩に手を置いて心配そうに私の顔を覗き込んだ。
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