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君を傷つけて(カルロス視点)

 朝日が昇る。

 前日の雨は、日暮までには止んだ。


(お陰で夜通し見張ることができたわけだが)


 まだ地面が湿っている。生垣の葉から溢れる雫が僕の頬を濡らした。

 冷たさを嫌って、頬を拭った時、がちゃりと玄関の扉が開く音がした。

 思わず身体を身構えて、隣で眠りこけているキースを揺する。


「おい、キース、起きろ。キース!」

「むにゃ。…カルロス様トイレですかあ?」

「そうじゃない、ミレーネが屋敷から出てきた」

「そうなんすねえ、お疲れさまれす…ぐう」

「こら!起きろ!」


 僕はぺちぺちとキースの頬を叩いた。普段優秀な執事は僕の手をゆるりと払うと、開け切らない目で「なんですか、もう」と言った。

 ぼんやりとしていた目がぱちりと開いて、「あ」と言った。


「…ミレーネが動いた」

「まだ早朝ですよ、井戸水を汲みに行くのでしょうか?」

「いや、荷物を持っている」

「カルロス様、どうなさるんですか?あっ…」


 僕は躊躇わずミレーネの元へと歩いて、その行手を阻んだ。

 羽ペンで纏めた髪は痛み、肌は疲労から皺が寄っている。


「…カルロス」

「どこに行くつもりだ?ローラが心配している。それに酷く疲れているみたいじゃないか。一度屋敷に戻って…」

「ふふ、それは貴方も同じだわ、随分と酷い格好をしているもの」


 ふと目線を落とすと、着替えたとはいえ、シャツも靴もかなり泥がついていたし髪も多分ボサボサである。


「なら一緒に帰ろう、頼むから…。そうだ、今日はルイドスが君の好きなパンをたくさん焼くと言っていたし、ローラも新しいボディオイルを使ってみたいと張り切っていたんだ!それから…えっと…キースが面白い話をしていたんだ、君にも聞いてもらいたくて…」


 生垣の向こうで、キースが自分を指差して、声に出さず口だけを動かしている。「私がですか!?」と言っているらしい。

 なんとか屋敷にミレーネを連れ戻さなければ、おじ様に合わせる顔がないと思って必死になればなるほどから回っていく。

 そんな僕を仕方のない奴だと思ったのだろう、ミレーネはくすくすっと笑った。


「あ…また…」


 ミレーネは花の盛りを一瞬だけ取り戻す。瞬きの間に儚く散ってしまうけれど。

 梅雨のぬるい風が僕たちをひと撫でして、凪いだ。


「…ずっと、見張っていたの?」

「そうだ」

「一晩中?」

「そうだ」

「雨が降っていたのに?」

「そうだ」

「ただの幼馴染のために?」

「だから…っっ!!!」


 泥に汚れたシャツで、きつくミレーネを抱き寄せた。

 多分お互い、誰にも見せたくない姿だ。


「カルロス…!」

「だから、そうだと言っている!早く屋敷に戻ってこい!」

「…私」

「何か、見つけたのか?それで納得できたのか?」

「お父様やお母様が書いていたものよ。…カルロスが一番知りたいことでしょう?」

「え…?」


 おじ様とおば様が亡くなってから、僕も随分と探し回った。ところどころ鍵が開かなかったのもあり、核心をついた情報は特に見当たらなかったのだ。


「ジェニーに試してみるつもりなの?でも、きっとジェニーはもうすぐ目覚めるでしょうから、貴方の心配は不要だわ」

「ミレーネ、僕は…」

「分かっているの」


 ぐいと僕を引き剥がして、何度も息を整えようとするけれどうまくいかないミレーネは、ついにぼろぼろと大粒の涙をこぼして、僕を上目遣いに見た。

 ミレーネは再び美しい盛りの頃の彼女に戻る。


(ずっと、不思議だった)


 ミレーネは、感情が昂ったり、昔の記憶に触れたり、そういったことで時が戻るのかもしれない。

 信じられないほどに美しい彼女の涙を思わず拭おうとして伸ばした手が、ぴたりと止まる。


「…ミレーネ、もう、それ以上は…」


 僕はこれ以上聞いてはいけないと思った。けれど、ミレーネは僕の言葉を遮ってはっきりと言った。


「私、貴方を好きになってしまった」


 朝日に照らされた、強い意志の目。それがあまりにも高貴で、自分があまりにも俗物的な奴に感じてしまう。


「っっっ!!!」

「でも貴方がジェニーを選ぶことは分かっているの。夫婦ごっこはもうお終い。私のことは気にせず、目覚めたジェニーを迎えてあげて欲しいのよ」

「……酷い、男だな、僕は」

「ええ、随分酷い人ね。…けれどありがとう。私に恋を教えてくれて。ロシュアへの感情は作られた物だったのだから」

「…それもおじ様が手記に残していたのか?」

「知りたい?」

「おい、どこに行くつもりだ」


 ミレーネがすたすたと歩いていくのを見るのは久しぶりだ。老化が進んだところを見ると、かなり疲労しているはずである。ならば無理をしているのだろうか。


「…戻るのでしょう?屋敷に」

「ミ、ミレーネ…」

「でも、もう貴方と二人で食事をしたり、パーティに行ったりなんてしないわ」

「…え」

「屋敷には戻りましょう。けれど、契約結婚は白紙に戻す、これが条件よ」

「君、どうするつもりだ?」

「…今まで私のために衣食住を用意してくれてありがとう。だから私を下働きとして雇ってくれないかしら?」

「な、何を…何を馬鹿なことを!」

「時間はかかるかもしれないけれど、仕事を覚えて、ローラ達の足手纏いにならないくらいには…」


 僕は、多分怒っていたんだろう。

 それで、ミレーネに口づけをした。


「…僕だって君のことを…」

「どうして?」

「え?」

「どうしてそんな嘘をついてまで引き止めようとするの?こんなことをして、私が喜ぶと思ったの?だとしたら、貴方最低だわ」

「…違う!」

「ねえ、何が違うの?」


 それで僕は気がついた。ミレーネを酷く傷つけてしまったことを。

 散々今まで傷つけておいて、僕はまた君をこんなふうに傷つけてしまったのだと。

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