ミレーネはどこに(カルロス視点)
ミレーネがいなくなった。
原因は分かっている。
(僕の不甲斐なさ、だろうか)
ジェニーの遺体の上に手向けられた花束は二つ。
昨日僕が手向けたものと、もう一つは恐らくミレーネが出て行く前に手向けたもの、だろうか。僕が手向けたものよりも幾分か瑞々しさを保っている。
「…どんな処罰をも覚悟で言わせていただきます…!ミレーネ様が出て行かれたのは、カルロス様のせいです…」
侍女のローラが力なく両手両膝を付いて流れるままに涙を溢している。ぐじゅっと鼻水を啜り、「うう」と唸った。そんな侍女の様子を見て、僕は返す言葉が見つからない。
「…そうだな」
やっとそれだけ言うことができた。
丁寧に書かれたミレーネからの手紙には、数ヶ月の礼と、探さないで欲しいという趣旨の言葉と、それからジェニーと幸せにという文言が綴られていた。
(涙で滲んだ便箋を何枚も捨てて、きっちり始めから書き直すところが彼女らしいな)
ゴミ箱から幾枚もの紙の束が顔を覗かせている。取り上げてみると、その全てが溢れた涙の粒で文字がぼやけてしまっていた。
ぐしゃりと手紙を握りしめる。
「カルロス様…まさか、探しに行かれないのですか!?」
「僕が…こんなにも拒絶された僕が、探しになど行けぬだろう」
「カルロス様は大馬鹿ですか!!ミレーネ様のお心は、傷ついたままなのですよ!?」
「…彼女は僕を拒絶しているのに?僕がのこのこ現れたら幼馴染を一人失うことになる。最悪の結果だろう」
「カルロス様…あ、貴方という方は……っっっ!!!」
正直、僕はミレーネの気持ちに薄々気付き始めていた。
勿論、子どもの頃の約束は覚えている。それはきっと子ども特有の刹那的な恋愛もどきなのである。
(…ミレーネのことは大切だ。でも…)
僕がミレーネの気持ちに応えることは、できない。
「…何度も言っているだろう、ミレーネは大切な幼馴染。僕の目的の傍に、彼女の復讐がある、それだけだ」
「失望しました……」
はらはらと涙を流すローラは、ミレーネに対して姉妹のような特別な感情を抱いているのだろう。
(とはいえ、このままミレーネがあてもなく彷徨い歩くのは危険だ)
季節は梅雨。しとしとと、絶え間なく続く雨の中、身を寄せるところなどないミレーネは今どうしているのだろう。しかも、身体が完全に戻ったわけでもないのである。
「くそ…」
誰に対してでもない暴言が空中に霧散した時、勢いよく玄関の扉が開いた。
しっとりと濡れたローブを脱ぎ去り、「はあ、」と息をついたキースは、僕の足元に跪き「ご報告します」と言った。
「ミレーネ様は今、ドトレスト邸にいらっしゃるようです」
「そこで一人暮らすつもりか?あそこはシャルマン家が所有権を主張し初めて、このままでは取り壊される可能性もある。ミレーネがロシュアと鉢合わせることもあり得る…ということだ」
僕が思わず飛び出そうとした時、キースが「落ち着いてください」と窘めた。
「ミレーネ様はドトレスト邸でどうやら何か探し物をしていらっしゃるようで、長く滞在するつもりはなさそうです」
「今ならすぐ連れ戻せるんじゃないか!?彼女に何かあったら、僕は僕を信じてミレーネを任せたおじ様に顔向けができない…っ!!」
ロシュアと接触する可能性が出て、僕は焦り普通の思考が難しくなる。
「…だから、落ち着いてくださいと申しております。このまま連れ戻したところで、今度は恐らく我々の手の届かぬところに行ってしまわれるかもしれません」
それは恐らく修道院か、貴族屋敷の下働きといったところなのだろう。
「キース、なぜ止める?」
「ミレーネ様は訳もわからず半ば強制的にここで暮らしている。ミレーネ様のことを考えればこそ、ひとつ納得されてから再び迎え入れたら良いのではないですか?カルロス様の目的が揺らぐかもしれませんが…」
ローラは僕たちの会話を眉間に皺を寄せて時々首を傾げながら聞いていた。
「……契約結婚なら、死に戻りなどという信じられない状況の幼馴染を守れると思ったんだけどな。どうもうまくいかない」
「覚悟を決めてください、カルロス様。どのような未来になろうとも、私はカルロス様にどこまでも着いていきます」
キースは目を閉じ頭を垂れている。僕はその後頭部を見つめて言った。
「ドトレスト邸を見張れ。もしミレーネが出て行く前にロシュアが侵入した場合、即座に連れ戻せ」
跪くキースの横を通り過ぎ、僕は玄関の扉に手を掛けた。
「カルロス様、どこへ?」
「決まっているだろう、僕が筆頭に立って見張りにつく」
キースとローラはぽかんとして出て行く僕を見つめていたが、やがて扉の向こうから使用人達が慌ただしく動き始めた音が聞こえた。
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