捨ておけ
「死んだ、人間?お、おかしなことを仰います…!私、酔っ払って旦那様に何かしてしまったのですか?その、全然覚えていなくて…この通り謝りますから、どうか許してください」
私の懇願を一切無視して旦那様は使用人に向けて大きな声で言った。
「いずれ妖の類に違いない。決して中に入れるな!」
「何を仰っているのですか!?旦那様!」
「いいか、あれは死んだ人間だ。死人が生き返るわけがない!」
「お許しください!旦那様!!」
私達のやり取りを、狼狽した様子で眺めていた使用人達に向けて旦那様は冷たく言い放った。
「捨ておけ」
格子の隙間から、ぐっと手を伸ばす。それを嫌悪するような目で一瞥する使用人達。
旦那様は振り返りもせずに、薔薇を愛でているあの綺麗な女性の元へ近付くと、腰を抱き寄せて何やら親密そうに囁き合っている。
そして、口付けを…
私に見せつけるみたいに何度も口付けを交わし合った。
女は旦那様の肩越しに私をしっかりと見た。その感情までは読み取れない。
(…これは、きっと夢だ)
ずる、と体の力が抜ける。
悪い夢を見ているだけ。目が覚めたら旦那様に抱きしめてもらって全てを忘れよう。
「悪魔か妖か!早々にここから去れ!」
執事から、ばしゃっと水がかけられてドレスから肌が透けた。
反論する気も失せて、ふらりと立ち上がる。
なぜだろう、幼馴染の顔が浮かんだ。
(カルロス!助けて!)
私はおぼつかない足取りで、カルロスの元へと走った。
また拒絶されたらと思うと、私の心は絶望感で埋まっていく。
「カルロス…お父様、お母様…うぅっ!!」
足がすくんで転びそうなのを懸命に堪えながら、なんとか前に進んだ。息が苦しい。
(悪い夢なら早く覚めてよ!)
角を曲がった時、誰かの胸にぶつかってよろめく。私を抱き留めた大きな手。
反射的に振り向く。陽光がチカチカして目を細めたけれど、逆光になってよく見えない。
「す、すみませ…」
やっとそんな言葉を絞り出すことができた。
男性だろうか。私の肩に両手を置いてしばらく静止している。男はぽつりと「ああ、本当に…?」と言った。
「…ミレーネ?やっぱり!ミレーネだ!」
「え?」
私は目をごしごしと擦る。太陽の光を背に受けて、力強い声で私を呼びかけているのはまごう事なきカルロスだった。
「カルロス…?うそ…どうして」
私が全てを言い終わる前に、幼馴染はぎゅうと私を抱きすくめた。
「本当に、ミレーネだ。夢じゃないんだ…。良かった、本当に…っ!おじさんの言っていたことは本当だった…」
「待って待って!それよりもうちが大変なことになっているのよ!目が覚めたらどうしてか生家に戻っていたわ!?しかもめちゃくちゃに荒れていて…!」
「……」
「カルロス?」
「残酷なことを言うようだけれど、ドトレスト侯爵家はロシュア・シャルマン伯爵に乗っ取られた」
「…え?何を言って…」
「君の父君と母君は…半年前に亡くなった」
「は、半年前ですって?おかしなことを…こんな時に揶揄わないで頂戴!私は先月父と母に会っているわ!?」
「君は…十ヶ月前に死んだんだ」
「夢だからって、言って良いことと悪いことがあるわ」
「…でも、君は戻ってきてくれた」
手が震える。「そんなはずはない」と言いたいのに、私はそれができない。旦那様の態度やシャルマン伯爵邸の使用人達が私を一様に「死んだ人間」と呼び、穢らわしいものを見るような眼差しを向けられたばかりだったからだ。
私が身体を震わせて、口をぱくぱくさせているのを、カルロスがそっと肩を抱いてくれたので呼吸の仕方を思い出す。
「落ち着いて、話をしよう、ミレーネ。君はどうしたってそんなにずぶ濡れなんだ?」
「…シャルマン伯爵邸の…昨日まで私の世話を焼いてくれていた使用人達にかけられたのよ」
「昨日…そうか、君にとっては昨日なんだな」
「カルロス、私……」
びしょ濡れのドレスの上から掛けてくれたコートは、春の陽だまりのように温かかった。
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