レイリュール王太子殿下
マレスト国の王太子、レイリュール。
病弱という噂に違わず、女性程に線が細く、祭典に現れるのは珍しい。
(なぜだろう…挨拶をした時、なにか違和感を感じた)
生垣にもたれて、いや半分埋もれているレイリュール王太子殿下は、「はあ」と吐息を漏らすと「すまない。このことは内密に」と言った。
「ご気分が優れないのですか?すぐ人を呼んで…」
ぐいと左腕を引っ張られて、自分よりも三つは年下のそれも王太子の胸に収まる格好になった。
「!!!!!」
「こうしていれば、すぐに治る」
「え!や、あの!?」
「だから頼む、誰にも言わないでくれるか」
(余計なことを言ってしまったわ)
病弱が故に、レイリュール王太子殿下が即位することに不安視する声は少なくない。
後ろ暗い根回しと血生臭い勢力争いの末に押し上げられた王太子殿下のか細い両肩に否応なくのしかかるのは、母君であるヤエラ様の野望に他ならない。
(大勢が参加する祭典で体調を崩されては、ご自身のお立場だけではなく、母君のお立場にも関わる。…お可哀想に)
ふう、と一息ついてからのそりと立ち上がったので、私も裾の枯れ草を払って立ち上がった。
「…だいぶ落ち着いた。恩に着る、スノウレスト夫人」
「お水でもお持ちしましょうか?」
ふるふると頭を振って「少し座りたい、ベンチまで付き添ってくれるか」と言われたので、断る理由もなく近くの東屋に腰を下ろすこととなった。
「…助かった。どうも人がたくさんいると、駄目だな」
「毅然とされていて、体調を崩されているなんて全く気がつきませんでした」
「それなら良かった。幼い頃からの教育の賜物だろうか」
寂しく笑った目の奥には一切の感情が伺えない。
少しだけ陽が翳って、肌寒さを感じた。
(…雲が早い)
早ければ明日には梅雨が始まるかもしれない、そんなことを思った。
さら、と私の白髪を掬う細い指。驚くよりもまず、状況が把握できずに固まる。
「…これも、僕の罪だろうか」
「え?」
艶のない、死に戻りの象徴である様な白髪を一束取って、口付けを落とされた。私はそれを無感動に見つめている。あまりにも現実味がなくて、呆けていたのだろう。
「貴方は、変わらず美しい」
「仰って…いる意味が…分かりません」
「スノウレスト殿は、貴方がそのうち元に戻ると言っていたな」
私の髪の香りを嗅いで、上目遣いで見る目に、初めて物悲しい感情を読み取ることができた。
「レイリュール、王太子殿下…」
「僕は、貴方が欲しい」
「?」
「貴方が恋しい」
「か、揶揄うのはよして下さい。多少はマシになったとはいえ、この様な年増…」
「瑣末なことだ。貴方が貴方であることに変わりはない」
「王太子殿下にそのように仰って頂くような女ではありません。そもそも、お会いすること自体随分と久しぶりのことで…」
何を慌てているのだろう。ただ揶揄っているだけ、暇つぶしに過ぎないというのに。
けれど、レイリュール王太子殿下は私の目をしっかり見つめると子犬の様な瞳で訴えた。
「ああ、貴方は本当に何も覚えていないんだな。厄介なことだ」
「え、っと…?何かお約束をしましたでしょうか…?」
「うーん、そうだな。僕だけがこんな思いをするのは不公平だ」
あんなに苦しそうにしていた顔からは想像もできないほど意地悪な笑みになると、私の耳に口元を寄せて
「教えてやらない」
と言った。
私は訳がわからず眉間に皺を寄せるばかりだったけれど、「戻らなければ」とこの時初めて思って立ち上がった。
ドレスの裾を広げて「主人が待っておりますので…」と頭を下げて足早に去ろうとした。
けれど、ぐいと腕を掴まれて引き戻されたので、いよいよこのままではいけないと思った。
なぜだか不思議と嫌悪感は湧かない。ああ、もう戻れぬのかもしれないなどと過った瞬間、私の腰を引き寄せる者がある。
「…僕の妻に、何か御用でしょうか」
「カルロス!?」
しょぼくれたような笑顔のレイリュール王太子殿下とは対照的に、怒りが隠しきれていない様なカルロスは私の腰を一層強く抱いた。
「…お迎えが来た様だ。僕もそろそろ戻るとしよう」
踵を返して歩いて行くレイリュール王太子殿下は、振り返ると、とんとんと眉間に指を差した。
「眉間の皺、戻る前に延ばしといた方が良い」
レイリュール様は、王太子然とした感情の見えない顔に戻ると、颯爽と去っていく。それ見つめる私を、ぎゅうと抱き寄せたカルロスは「何を話していた」というようなことを言ったのだと思う。
けれど、私は言いようのない違和感の正体に気がついてしまって、レイリュール王太子殿下の背中を視線で追うことしかできなかった。
(さっき、手を差し出された時に見えたものは…マメだわ。剣術の稽古をしているのかしら…)
祭典に出席できないほど病弱な王太子にはあまりにつかわしくないほど、古い剣ダコから比較的新しいマメまで、美しく細い指からは想像のできない裏側に少しゾッとして、私はそれ以上考えるのをやめた。
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