建国祭にて
「今年も建国祭が始まりましたな!」
「いやー、一年が経つのは早いものです。週末には梅雨が始まるでしょう」
紳士の会話が聞こえてくる。この国では、建国祭は梅雨を告げる鐘ということわざがあるほどに、毎年きっちり建国祭が終わった数日後に雨の季節が始まる。
(季節外れの暑さも一旦クールダウンといったところかしら)
ここ最近、昼間に外出しても太陽が嫌ではなくなった。
以前は太陽光に当たると眩んでいたけれど、季節を先取りしたような強い日差しが、強制的に私を真人間に戻した気がする。
(もしくは氷菓子のお陰…とか…)
カルロスと揃いで仕立てたウルトラマリンブルーのドレスは、体の形に沿ってストンと落ちる、マーメイドドレスタイプである。確かにこの方が今の私に合ったデザインかもしれない。
「さて、王宮に入るのは久しぶりだが…」
がっしりとした腕にエスコートされて安心し切っていたけれど、カルロスがしきりにきょろきょろと辺りを気にしだしたので、訝しげな視線を向ける。
私に視線を落とすと、ふっと笑んだ。
「…君が気にしていること。それがどんなに馬鹿らしいか証明してやろうと思ってな」
王宮のホールに足を踏み入れると、弦楽器で奏でられる楽しげな音楽が大音量で響いた。
そこにいる人々は、様々な色合いの衣装で煌びやかな王宮に更なる華を添えている。
「毎年のことながら、盛大だわ」
「……」
「カルロス?ねえ、カルロスって、ば!??」
ぐんぐんとホールの中心へと進んでいくカルロスの逞しい腕に掴まることしかできない私は「ちょっと!」と窘めるのも構わず、あっという間に社交界の海の中にどっぷりと浸かってしまった。
「カルロス…!わ、私…」
「…君はいつまでそうしているんだ?」
「え?」
「周りを見てみろ」
私たちを輪のように囲んで嘲笑っていた人達は、どういうわけだか自分たちの世間話や、オードブルに夢中で、誰一人私たちを気にする者などいなかった。
「…急に、どうしたことかしら?あんなに指を指してヒソヒソしてたじゃない」
「何度も言っているだろう。君は随分若返っているんだと」
「だからって、十八の令嬢に戻れるとはとても思えないわ」
「どうだろうな。完全に戻る日も近いんじゃないか?」
「…あなた、このために私をここに連れて来たなんてこと」
「まあ、それだけじゃないけどな。せっかく屋敷中の鏡を戻したって全然見ようとしないじゃないか。そんなに怖いのか?」
「ええ怖いわ。怖いに決まっているじゃない。カルロスには分からないわよ」
「それならミレーネだって分かっていない」
「はあ?」
「君は、今も美しいってことを」
これは、励まし。
幼馴染に対する、同情。
なのに、どうしてそんなに私を射抜く様に見つめるの。
「君はもう、死に戻りの老婆なんかじゃない。周りの視線など、何も気にすることなどないんだ」
「ば……」
「ミレーネ、僕は」
「馬鹿ね!本当に!そんなことのためにパール・シルトネのドレスを仕立ててここに来たの?」
軽口のつもりだったのに、カルロスは私の手を取って甲に唇を寄せた。
「ああ、そうだ。そんなことのために」
「そ、それは…っ。ゆ、友情に感謝するわ!」
とはいえカルロスに好意を寄せるご令嬢からの視線はあちこちから注がれている。
注がれているけれど、私に対してじゃない。これは
(カルロスに対して、だわ)
視線を受けて振り向いても、怒っている様ななんとも言えない表情でこちらを見ている。
「気にするな」
「気づいているんじゃない」
「あれは君に対してじゃない。僕に対しての嫌悪だ」
「どういうこと?」
「…引っ叩くなよ。ああ、何と言えばいいかな…」
大層言いにくそうに言い淀んでから、「僕はミレーネ・ドトレストを名乗る老婆と結婚したはずなんだ」と言った。
「なら私のせいじゃないの?」
「ところがそれは、好意を向ける令嬢を避けるための口実で本当は思い人がいるんだと。老婆を虫除けに使うなんて自分たちが馬鹿にされたという怒りだな」
「あら、大正解じゃないの」
「ところがそこに若返った君が現れたもんだから、あれは誰だ、というようなことらしいな」
「あんなに自分に向けられる好意に興味がなかったのに、随分と詳しいじゃない」
「…守るべきものができたからな」
外した目線に、きっとジェニーが浮かんでいるのだろう。
(頬を染めないでよ。そんなことくらい、分かるわよ)
「国王陛下が御成です!」
高らかなラッパが鳴り響き、決して身長は高くない、腹に一つ二つ企みを抱えている様な顔のこの国の王が玉座へと腰を落とした。
「今日のよき日を無事に迎えることができ、皆の者に感謝する。マレスト国の更なる発展を願って、建国祭の挨拶とする」
しん、と静まり返ったホールに、誰もが生唾を飲み込んだ。
国王はため息をついて難儀そうに玉座に治ると足を組む。
綺麗な顔のレイリュール王太子殿下と、彼の母である王妃ヤエラ様が国王の両脇に座した。
(やる気のない開会の言葉に、みんな閉口しているわ…)
「国王陛下、並びにヤエラ陛下、レイリュール殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
一番初めに挨拶へ出向いたのは他でもないロシュアだった。
「うむ。久方ぶりだの、奥方のことは残念であったな」
「お気遣い痛み入ります。おかげさまで毎日が忙しく過ぎて行くのが幸いでございます」
「今はそれが一番の薬かもしれんの」
「左様でございますね」
ロシュアを皮切りに、次々と挨拶の列が途切れることなく続いた。
「…白々しいな」
カルロスは、早々に挨拶を終えたロシュアがはけて行くのを目線で追いながら吐き捨てた。
「そろそろ私たちも挨拶に…」
「ミレーネ、行っても大丈夫か?」
「?ここまで来ておいて何を今更」
「だって君……」
「私はあなたの隣に並んでいてもおかしくないミセスになれているようだから、挨拶くらいなら早々に済ませてしまいたいわ。あなた多分詮索されるもの」
「…かもしれないな」
レイリュール王太子殿下は今年十五歳になる。身体はあまり強くないと聞く。線は細く、頼りなさげである。
側室であるヤエラ様が、この国を牛耳るために押し上げた傀儡。そんな風に噂されていることもきっと本人の知るところなのだろう。
(お可哀想に)
真実はどうであれ、火のないところに煙は立たぬ。前正妃様とまだ幼い王子と王女が暗殺されていることだけは事実なのである。
国王陛下初め、王族を前にカルロスが低頭する横でドレスの裾を広げた。
「…随分とご無沙汰しております。陛下に置かれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます」
「カルロス・スノウレスト伯爵か。バスオイルが随分と好調らしいじゃないか。ほら、ヤエラ。お前が最近好んで使っているだろう?」
扇子を広げて、品定めする様にカルロスを見た王妃は「ふうん」と言った。
「すごく気に入っているのよ。春に新作が出たでしょう?」
「蓮のオイルでございますね」
「そう。なかなか手に入らないみたいだから、いくつか納めて欲しいわ」
「仰せのままに」
(さすが、堂々とした受け答えだわ)
「さて、」
口を開いた国王は私のことをチラリと見た。
「風の噂で妻を娶ったと聞いておるが…」
「紹介が遅れ、大変失礼いたしました。妻でございます」
「その様なことは良い。噂では老婆を娶ったと聞いておるが…なんだ、その」
「見た通り、妻は老婆などではございません」
「〜〜〜っっっ!!ええい!はっきり申せ!」
「妻のミレーネ・スノウレストでございます。これは最近死の淵から舞い戻りましたので、元の美しい姿に戻るまで少々時間がかかるのでございます」
ざわざわとホールからどよめきが広がっていく。国王は、顔中の筋肉がピクピクと痙攣した。
「このっ!王である儂まで謀るつもりか!」
王の怒りを受けて、私は息を一つついてから、一際大きな声で言った。
「…お怒りごもっともでございます」
「っ!!」
「お久しぶりでございます。ミレーネ・ドトレスト…今はミレーネ・スノウレストでございます」
「っっっ!!」
「父母が鬼籍に入ったこと、スノウレスト家に嫁いだこと、ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。なにせ私も死んでおりました故」
「ぬっ!!!!き、貴様っっ!!!」
ふっと空気が変わる。かつかつと靴の音が真上から降りて来て、細い手が差し出された。
「父上、もうその辺にしていただけませんか。…ミレーネ殿、何の因果か、実に稀有な体験をされたのですね。僕は貴方を信じます」
「レイリュール王太子殿下……」
「…美しいドレスをお召しになっている。やはり貴方には青がよく似合う」
「え…」
しん、と再び静寂に包まれたホールに盛大なため息が響いて「もう良い、退がれ」と不機嫌な国王の声に、私たちはそそくさと階段を下った。
「やはり、私のことは国王陛下にまで噂が届いていたのね……カルロス?」
「…レイリュール王太子殿下。あの方には気をつけたほうがいい」
「何を突然。助けていただいたのよ?」
「あれは危険だ」
私たちはそんなことよりも、ロシュアの動向を探りたいのではないのか。
(王室とロシュアの癒着)
なるほど、と納得しかけたけれど、王太子一人を警戒してどうするのだ。
気がつけば挨拶の列は途切れ、ホールではダンスパーティが始まっていた。と同時に刺さる様な視線と密やかな声が聞こえて来た。
「ねえ、カルロス。私が死に戻りなどと言ったから……」
「…君、僕と踊ってくるか?」
「そんなことできる訳ないじゃない!」
「堂々としていれば良い。君は元に戻る。何も心配しなくて良い」
「っっっ!もう、ジェニーが目を覚ましたら二人で踊ったら良いじゃない!」
「おい、どこに行くんだよ」
「外の空気を吸いに行くのよ」
(自分の立場だって危うくなっているのじゃない!一体何を考えているのよ!)
美しい庭園の真ん中まで出て、深呼吸を繰り返していると「あ」と声をかけられた。
振り返るとそこにはレイリュール王太子殿下が生垣に背をもたれて座り込んでいた。
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