甘く冷たい、ひとくち
カラン、と鳴る軽やかなドアベルに私の気持ちが一気に高まった。
(素敵なお店…)
店の装飾や調度品などは全て丸みを帯びていて、明らかに女性客を狙っていることがわかる。
客層を見ればそれはやはり女性ばかりだし、夫婦やカップルで来ているのだろう男性たちが頼んでいるのは氷菓子などではなく、一様にアイスコーヒーである。
ウェイトレスの案内で奥にある窓辺の席へと案内されたが、店内の視線はカルロスに注がれ、それから私とカルロスを見比べては「どういう関係だろう」と潜められた声が聞こえてきた。
「君は奥に座ると良い」
「あ…」
肩を抱かれて着席を促されたので、女性客たちからは「歳の離れたカップルね」という言葉が飛んできて、血が逆流するような感覚になった次の瞬間だった。
「でも、すごくお似合いだわ」
「私もあんな風に上品な歳の取り方をしたいものね」
「本当に…」
私はキョトンとして身体が固まった。カルロスは瞳を伏せて微笑む。
「だから言っただろう。気にする必要はないと。君は確実に戻りつつあると」
「本当、ね。…まあでも、私の方が貴方よりも二歳年下なのに、かなり年上に見られるのは癪だけれど」
「む、二歳じゃない一歳半の間違いだろう。サバを読むんじゃない」
「あら!そんなに厳密にならなくても良いじゃないの。年が二年違いなのは確かだもの」
「それがサバを読んでいるというんだ。半年が一年分になるなんて大雑把すぎるだろう」
「なっ…!本当に貴方って」
ウェイトレスの女性が、オロオロしながら「お客様、ご注文を…」と言ったので、私たちは顔を見合わせてから下を向いた。
「…ええっと、おすすめはありますか?初めて来たので…」
「それでしたら、薄く砕いた氷の上にクリームと果物を乗せたものがおすすめでございます」
「で、ではそれをひとつ…」
さらさらと伝票にペンを走らせてから「ドリンクのメニューは…」と言いながらメニュー表をカルロスに手渡そうとしたが、彼はそれを受け取らず
「カフェオレソースがかかった氷菓子にクリームが乗った、これを頂こうか」
ウェイトレスは「え、」と俄かに困惑してから、真っ赤な顔で「かしこまりました」と頭を下げ小走りで厨房に戻って行った。
店内の女性たちから「まあ!」と黄色い声が湧き起こる。
「?なんなんだ。なにかおかしいか?」
「それはだって、男性の方がそもそも珍しいお店で氷菓子を頼むからよ」
「氷菓子の店に来てるんだから、氷菓子を頼むだろ」
「よく見て、周りの男性達はみんなアイスコーヒーを飲んでいるじゃない」
「なんだ。僕だって甘いものが食べたいと言っただろう。腹立たしいな」
「違うわ、そうじゃなくて、その、なんて言うのかしら。多分、貴方がなんだか可愛いからよ」
「……なんだそれは…思い切り意味がわからない上に、心外だ…」
運ばれてきた氷菓子は、儚げな美しさでキラキラと光っている。
「わあ…」
と声を上げると、カルロスが「ミレーネの方も美味そうだな」と言った。
「だめよ。これは絶対にあげないんだから」
「しょうがないやつだな。僕のも一口やろう」
「だめったらだめよ」
「ほら一口」
差し出されたスプーンを思わず頬張る。コーヒーの豊かな香りと、まったりとしたクリームが口の中で蕩けていった。
「美味しい。とっても美味しいわ、これ」
「じゃあ君のももらうからな」
「あっ!ちょっと、酷いわ!!私まだ食べてないのにっ!最初の一口の罪は重いわよ!」
私たちのやりとりにウェイトレスが肩を振るわせている。
「ふふふ。仲がよろしいんですね」
などと言われてしまったので、気まずさから二人で黙々と食べ進めた。
「…流石に冷えるな」
「暑くなってきたとはいえ、まだ本格的な夏ではないものね」
カルロスが立ち上がって窓を開けた。ぬるい風が吹き抜けてカーテンに風が孕む。
その瞬間「あ…」と言って、なぜか彼だけ時が止まったように硬直した。
「?」
「…いや」
ふんわりとカーテンが戻っていく。
カルロスは口元を押さえて、なんだかすごく疲れたように頭を抱えてから、喉が上下した。
「…カーテン越しに、懐かしい君を見た」
「そう」
まだ半分くらい残っている氷菓子も忘れて目頭を押さえている。
「ねえ、カルロス。どうしてそんなに悲しそうなの?」
「なんでだろうな」
(ほらそうやって、また私の心を揺さぶる)
私は契約結婚という名目である以上、カルロスとは適度な距離感でいたいのに。
貴方はジェニーを愛しているのに。そのジェニーは死んでしまったというのに。
なぜだか私に拘っているように見える。
この人は何がしたいのだろう。
(ああそうか、ジェニーが目覚めると信じきっているんだ)
だから夫婦であることをジェニーにもっと見せつけなければならないのか。
あんなにも美しく盛り付けられていた氷菓子は、クリームと混ざり合いながら溶けていく。あまり綺麗とは言えない。
それはまるで表現しがたい私の気持ちを象徴しているようだった。
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