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鏡の取り付け

 美しい装飾の鏡達が、元の場所に戻されていく。

 一番大きな姿見は、そう確か中央階段の踊り場に設置されていたはずである。厳重に梱包されていても、一目でそれとわかる、四人がかりで運ばれてくる鏡。


「あっ…」


 一枚一枚梱包が剥がされていく度に、幼い頃から見知ったそれに懐かしさを覚えるよりも、こんなに大変な思いをして私を迎え入れてくれたのだという申し訳なさのようなものが胸に一気に押し寄せてきた。


「懐かしいだろう?幼い頃、君はあの鏡の前を行ったり来たりして…ミレーネ?」

「良いの?戻して…」

「うん?」

「ジェニーが目覚めたら、また外さなければならないのじゃあないの?」

「まあな」


(まあなって…)


 使用人たちが「よっこらせ」と掛け声を合わせながら、最後の大鏡を戻した。


(ああ…スノウレスト邸だ)


 パズルの最後の1ピースがはまったように、幼い頃のさまざまな思い出が脳裏を駆け巡っていく。

 そこには確かにジェニーの姿もあった。そうだ、あんなにも三人で遊んだではないか。

 思い出の中のジェニーはなんとも愛らしい姿で、私たちの中心にいたように思う。


「さあ、こちらへ」


 記憶の中を彷徨っていた私をぐいと引っ張ったカルロスは、大鏡の前に現実を映し出した。声にならぬ小さな絶叫と、硬直した体。けれどそれは、後ろから耳元で囁くカルロスの柔らかい声で一気に溶け出した。


「ご覧。大丈夫だから」


 そこには、まだシワが残るものの、白髪頭の私が幾分か若返っているように見える。


「…すごい、本当だわ。もう駄目だと思ったけれど、みんなのおかげね」

「駄目なんかじゃなかっただろう?君はちゃんと元に戻る」

「そう、かしら…」

「ほら。ローラに身支度を整えてもらってきたら良い」

「でも…」

「でも、なんだ?氷菓子を食べたらすぐに帰れば良いんだ。そうだろう?」

「それは、そうかもしれないけれど、そうじゃなくて…その…さっきはごめんなさい。怒ったりして」


 カルロスは言葉を失って、斜に私を見つめる。きらきらと揺らめく瞳がなんと美しいのだろう、などと思っていると、ローラがぷんと怒って言った。


「カルロス様はデリカシーがなさすぎるんですよ!」

「そんなつもりはなかったんだが…難しいな。その、僕が悪かった。だから一緒に行ってくれないか?」


 私が「でも…」と俯くと、がっしり両肩を掴まれた。


「僕は君と行きたいんだ」


 そんなに氷菓子を食べたいなんて、と思う。そうか、そういう場所は単身男性が乗り込むには勇気がいるのかもしれない。

 そこまで言われたら仕方がないと諦めて、ローラに連れられてドレスを選ぶことになった。


「…私、正直まだ外に出るのが怖いわ」

「お気持ちはわかりますが、私の目から見ても、ミレーネ様は日に日に気分が落ち込んでいるように見えます」

「え…」

「カルロス様は不器用ですが、ミレーネ様を傷つけるつもりなど微塵もないのです。もしかしたら、気分転換をすればミレーネ様の心が元気になるかもと思ったのかもしれません」

「そうね、カルロスは優しいもの」


(きっとそうなのだろう)


 私が思い悩んでいることは、ジェニーが目覚めた後のことを考えると恐ろしいから、なんて口が裂けても言えなかった。


(私は最低だ)


 無意識にジェニーは目覚めないと思っていることも、目覚めたらカルロスはジェニーと添い遂げるつもりなのだろうと思って馬鹿みたいに傷ついていることも。

 二人の邪魔をしているのは私自身じゃないか。


(ジェニーの遺体が手に入ったのだから、私などさっさと追い出せば良いものを)


 それでも尚、行き場のない私を置いてくれているのは、間違いなくカルロスの優しさだ。けれど今はそれが私を苦しめてもいる。


(その優しさが、今はまるで枷のよう)


 早くここを出なければ。


 私の決意を知ることのないローラは、薄いピンクのドレスを選び、それに合う装飾品を選ぶと、手際よくメイクとヘアアレンジを済ませてしまった。


「さあ、できましたよ」

「え…」


 シミやシワはうまく隠されていて、落ち窪んだ目元を活かして顔立ちをはっきりさせたメイクだ。

 小さな帽子がポイントになっていて、白髪頭があまり目立たないようになっている。


「とっても美しいです、ミレーネ様」

「素敵だわ、ありがとう」


 部屋の扉を開くと、カルロスの待つ広間へとゆっくり進んだ。

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