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氷菓子を食べに行こう

 それからカルロスは、連日マロニカ庭園の庭師が剪定したらしい花束を、ジェニファーが安置されている部屋に持って行っている。


(目覚めると、本気で思ってしまっているのだわ)


 私が死に戻ったのが悪い、と何度も自分を責めた。

 毎日ジェニファーの部屋に入って行くカルロスを見るたび、胸が痛む。


(私などではなく、ジェニーが生き返れば良かったのに)


 何度自分を責めたことだろう。二度目の人生にきっと意味などない。ならば二度目の生は、目覚めを待ち望む人がいるジェニーに与えられるべきだった。


(神様がいるとしたら、本当に見る目がないか酷く意地悪なのだわ)


「ミレーネ様?」

「ローラ…」

「どうされたのですか?なんだか体調が優れないようですが…」

「ううん。十分元気よ。夏が近づいてワクワクしているくらいなのだから」


 ローラは「そうですか」と言いつつも腑に落ちないという顔をしている。心配そうに見つめる瞳が急にきらきらと輝いて、ポンと手を鳴らす。


「そうだ、今巷で人気の氷菓子のお店があるのですが、カルロス様と行ってみてはいかがでしょう?」

「え?カルロスと?それはちょっと気が引けるわ」

「だってお二人はご夫婦なのですよ?何を仰っているのですか」


(夫婦…の自覚はない。戸籍上も他人だし)


 私が鬼籍に入ったままである以上、口約束で交わしただけの事実婚である。私たちはお互いの利益のために、お互いを利用する、そういう間柄だ。


(私が死ぬことなどなかったら、ただの幼馴染として一緒に氷菓子を食べに出かける未来もあったかしら)


 いや、そんな未来もきっと訪れなかっただろう。旦那様(あのおとこ)が許しそうにない、と思い至って自嘲の笑みを浮かべる。これは私が死に戻ったからこそ与えられた、あるはずのない未来なのだ。


「それに…カルロスとお出かけしたら、誰がジェニーに花を持って行くの?」

「それならば私が持って行っても良いわけですし」


(そうじゃない、そうじゃないわ、ローラ)


 カルロスにとって想い人と過ごすかけがえの無い大切な時間なのだ。それを流行りの店に行きたいからと、無理に連れ出して良いわけがないじゃないか。


(確かに、カルロスとは最近生活がすれ違っているけれど…)


 どうやら随分と多忙を極めているらしい。それに加えてジェニーが生き返ることを信じて毎日祈るような気持ちで過ごしているのだから、心労が嵩まないわけがないのだ。

 ふう、とため息をつくと後ろから低い声がした。


「気分転換に良さそうじゃないか。どうして僕がついて行ったらいけないんだ?」

「カルロス!い、いつから話を聞いて…」

「氷菓子の店があるなんて声が聞こえたら耳を傾けないわけがない」

「…どうしてそんなに楽しそうなのよ」

「夏になりきっていないというのに、この頃暑いからな。冷たいものが恋しくなっている」


 どんなに悲壮な顔をして過ごしているのかと思っていたのに、随分と元気そうである。


(ジェニーが生き返ると信じて疑わないのだわ…私のせいで)


 私はここのところ、死に戻った理由よりも、息を吹き返した意味を考えるようになった。

 鬱々として自分を責めるばかり。そんなとき、夏に近づく日差しは私を変に慰めず、季節が巡ることに意味などないと教えてくれている。

 そう、意味なんてないのだ。私が死に戻ったことに意味なんてない。そうであって欲しい。じゃなきゃおかしいじゃないか。そう思い至って、ずっとモヤモヤとしていたものが、やっと腑に落ちたのだ。


「…なんで険しい顔をするんだよ。暫く見ない間に、随分と元に戻ってきたなと思ったのに」

「戻って…きてる?私が?」

「ああ、そうか…鏡を外したきりなのだったか。そろそろ戻しても良いかもしれないな」

「ちょっと、まだ心の準備が…」

「鏡を取り付けたら自分の顔を見てみると良い!」

「…そんな…期待、してしまうわ…」

「ローラ!!そういうわけで、鏡の取り付けが終わったらミレーネを思いっきり着飾ってやってくれないか」

「カルロス?一体なにを…」

「行くぞ、氷菓子を食べに!」

「なら一人で行ったら良いじゃない」

「それじゃあつまらんだろうが。君も甘いものが好きだろう?そろそろそういうのも食べられるのじゃないか?」

「甘いものは…好きだけど…」

「自分がどう見られているのか怖いんだろ。言っておくが、人間なんてもんは意外と他人のことなんて興味ないぞ。つまり君が気にするほど周りは君のことを見てないってことだ」


 そのど正論は、私には強すぎて、込み上げてくる感情を抑えることができなかった。


「何よ!馬鹿!私の気持ちも知らないくせにっ…」

「ミレーネ?」

「っっっ!契約結婚だというのに、わざわざ連れ出して…ジェニーの遺体はここにあるのよ!?それなのに一緒に出かけることに何の意味があるというの!?大馬鹿だわ!!」


 馬鹿なのは私の方だというのに、カルロスは捨てられた子犬のような目で、その長身を屈ませた。


(なんでそんな目で見るのよ…)


 堪らず駆け出す私を、ローラが慌てて追いかけてきた。


「ミレーネ様、カルロス様に決して悪意は…」

「分かっているわ!分かっているから…辛いのよ…」


 すぐに息が切れた私の背中を、ローラが優しくさすってくれた。

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