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とまどい

 頭がガンガンする。瞼に日差しが刺さるような、頭痛。


(お酒は飲めないけれど、こんなに酷い頭痛は初めてよ。一口、無理やり飲まされたのは覚えているけれど…)


 むくりと起き上がると、なんだか体のあちこちが痛い。


(やだ、悪酔いしたのかしら)


 する、とベッドのシーツを撫でる。とても懐かしい匂いがした。


「なに、これ…」


 私を囲むように置かれた花々。その一つをとってみれば、それは花冠のようだった。


「花冠…これ、全部…?」


 よく見れば、もう枯れてしまってしばらく経ったものから、瑞々しく咲き誇っているものもあった。


「なんなのよ、これは…」


 はっと気がつく。

 そこは間違いなく、生家である私の部屋である。


(まさか…私、酔っ払って生家に来てしまったの!?それとも、悪酔いして旦那様に嫌われて帰ってきたの!?)


 色んな思考がぐるぐるして頭を抱えた。


「あれ?」


 以前立ち寄ってから一ヶ月と経っていないはずなのに、実家であるドトレスト侯爵邸は、埃だらけだ。

 それだけじゃない、窓の玻璃は割れ、カーテンは破れて、どう見ても廃墟のようになってしまっている。おまけに人の気配もなかった。


(嫁いだ娘の部屋だけ風化…なんてこと、ないわよね)


 まさか強盗でも押し入ったのかと思うと怖くて動けなくなる。それでもなんとか戻らなくてはという気持ちが優って、恐る恐るベッドから降り、屋敷の中を歩き回った。


「お父様!!お母様!!」


 父の書斎も、母の衣装部屋も、何もかもがまるで幽霊屋敷のようになってしまっている。


(とにかく、一旦外へ)


 思って螺旋階段を降りようとした時だった。


「きゃあ!!!」


 階段の板が崩れて何段か転げ落ちた。

 鋭い痛みが走る。なぜだか全然力が入らなくて、起き上がることすら困難だ。


(これは…夢なんかじゃない)


「お父様!?お母様!!?どちらにいらっしゃるの!!?誰でも良いから返事をして!!」


 自分の声だけが反響している。全てが美しかった屋敷が朽ちて、その役割を終えたように静まり返っている。その静寂がぞわぞわと恐怖となって足元から這い上がった。

 私は慌てて屋敷を出て、旦那様の元へと走った。


(一体これは…どういうことなの!?旦那様!)


 いくつもの角を曲る。すぐに息が上がって、その度に何度も呼吸を整えた。

 走っていく私を見て、道行く人達が驚いたように振り返ると、怪訝な顔をして去っていく。


(おかしい。いくら飲み過ぎたからって、こんなにすぐ息が上がるなんて…)


 目の前には見慣れたシャルマン伯爵邸が見えた。なぜか以前より幾分か煌びやかに見える。

 それはきっと実家の有り様を見たせいで…。


 がしゃん、と格子状の門扉に手をかけた。ぴったりと締まっている門扉はびくともしない。


(どうしましょう、施錠されているわ)


 がしゃがしゃと揺すりながら人目も憚らず叫ぶ。


「開けて…開けてください!誰か…」


 ふと目に入る。庭園で綺麗なブロンズの天使みたいな女性が私の大事な薔薇の花を愛でていたのだ。

 新しく雇った侍女だろうか。いや、どう見ても貴族女性である。


(あれは、誰だろう)


 私がじっとブロンズの女性を見ていると、バタバタと足音が聞こえてきた。その足音の正体は、この屋敷の使用人達である。


「ここで何をしている!」


 突然の圧に驚いて、私は一瞬怯んでしまいそうになったが、実家の有様より怖いものなどなかった。


「何を言っているのかしら?昨日まで仕えていた人の顔まで忘れてしまったの?」


 私の毅然とした態度に、互いに顔を見合わせると「旦那様や奥様とお約束をされている方でしょうか?」などと言った。


「おかしなことを!私はミレーネ・シャルマン!あなた方の言う、その奥様とやらだわ!!」

「ミレーネ……様…」


 誰かが目を剥いて私を指差し、ぶるぶると震えて口を戦慄かせた。


「い、いや、まさか…」「でも本当に…」「うっ…うわ、うわあああああ!!!」


 彼らは私の存在を認めると、明らかに狼狽してオドオドとし始めた。中には叫び出す者もいて、腰を抜かす者もいた。

 執事長であるロイが生唾を飲み込みながらも、門扉越しに私と対峙して言った。


「まさか…本当にミレーネ、様ですか?」

「どういう趣向なのかしら。それは冗談?とにかく開けて頂戴」

「貴方が本当にミレーネ様だというのならば、ここにいる私どもの名前を言えるはず」


 試すような目ではない。もっと真剣な、そう、猫に歯向かう鼠のような、覚悟を持った強い眼差しだ。

 私はすっと指を指す。


「ロイ、貴方はいつだって聡明だわ。この奇妙な出来事を理解できるはずよ」

「っっっ!!!」

「…右からフォイス、レナ、ジョー、双子のルドルフ、ランドルフ兄弟、フィーネにアイリスだわ」


 誰かが「ひっ」と声を漏らした。「ああ、本当に…」「そんなわけはない!あれは悪魔だ!!」「そうだそうだ!」

 怯えたいくつもの瞳が私を見ている。


「話が違うわ。何を試しているのかわからないけれど、私は意味がわからないわ。早く中に入れてちょうだい」


 執事長のロイは、私と使用人達に挟まれる格好になり、判じかねている様子だった。真に私がミレーネであると分かってしまった以上、無碍にもできないのだろうが、こちらにしてみれば昨日まで紅茶を注いでくれた人が、私を私でないと言う方が得心がいかない。


「ええっと…いえ、あの…そ、それは…」

「旦那様がお怒りなの?謝りますからと…」

「い、いえ…そういう訳では…」

「ならどうして!私の実家が大変なことになっているのです!早く開けて…」


 使用人達が恐る恐る振り返る。そこには、旦那様の姿があった。


「旦那さ…」


 ぞっとする。なんて冷たい目をしているのだろう。


「…ミレーネだと?ふざけたことを。侮辱しているのか?」

「だ、旦那様!聞いて下さい!私の実家の屋敷が強盗に押し入られて…」


 旦那様は使用人達を見渡すと、呆れたような顔で言った。


「死んだ人間が生き返るわけがないだろう」

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