ジェニファーの墓荒らし
夜風が温い。季節は少しずつ夏に向かって巡っていた。
「やめてちょうだい、自分で歩けるから!」
「馬鹿を言え。馬車では音が大きいし目立つから歩かざるを得ないんだ。良いから甘えろ」
「あま…なんでカルロスに甘えるのよ!?」
ずいと覗き込まれて、鼻が触れそうになった。
「僕は君の旦那様だろう?」
「な、な…っ!」
「わかったら大人しくしていろ」
最近のカルロスはなんだかおかしいのだ。
(これはきっと練習だわ、想い人に上手に接するための)
とんでもない勘違いをしそうになるではないか。良い加減にして欲しい。
当の本人がなんだか満足げなのも思い切り意味がわからない。おまけに…
「…カルロス様、シャルマン邸の警備配置図です。今一度ご確認ください」
「門扉を越えれば、特段問題なさそうだ。墓は屋敷の裏手だからな。気付かれないよう速やかに作業するぞ」
カルロスはどうやらジェニファーの墓荒らしなんてことを本気でやろうとしているらしいのだ。
もしバレたら、不法侵入に加えて器物破損、窃盗の罪が追加されて、最悪領地を返還するくらいの罰にはなるだろう。
それでも遂行しようと言うのには、やはり訳がありそうだった。
「ねえ、本当にジェニーの遺体を盗むつもりなの!?」
「当然だ」
「私が生き返ったからと言って、ジェニーまで生き返るとは限らないのよ!?どうしてそこまで…」
私はそこでハッとした。
カルロスは言ったのだ「僕は今傷心中なのだ」と。
ならばまさか、カルロスの想い人というのは他ならぬジェニファーなのではないだろうか。
私が死んだ後、ジェニーは敢えてロシュアを選んだと聞いた。もしかしたら、私が知らなかっただけでカルロスは以前からジェニーにアプローチしていたのではないだろうか。
遠慮がちではあるけれど、なぜか私の物を欲しがるジェニー。
自分の結婚相手に選んだのは、私の元夫だった。
(それも私が死んだ後に)
その選択がジェニーらしいと思えてしまった自分を殴りたくなる。
カルロスの腕の中で酷い目眩を覚えた。
(ああ、そうか。カルロスはそれに気がついて…)
だから私と契約結婚したのだ。たとえ私がシワだらけだからと前に出ることを嫌悪しても、結婚したことを見せびらかすのだ。
ジェニーは私が生き返ってカルロスと結婚したことを知ったら…。当然そんなことを想像しただろう。
(それでも、私はカルロスに、スノウレスト家に世話になっていることに変わりはない)
死に戻り、行き場のない私を置いてくれているのだ。
穢らわしいと思わず身体を洗ってくれるローラ達も、壊れ物のように大事に腕に抱いてくれるカルロスも、そこに悪意はないのだ。
私は彼らの人生に、ほんの少しでも恩返しができればそれで良いではないか。
(私、生き返って、なんでも惜しいと思うようになっていないかしら。決して強欲になってはいけないわ)
ジェニファーだって、兄弟姉妹のいない私にとって、本当に妹のように思っていた。貴方がいて、どんなに心豊かになったことか。
それに、私の物を欲しがったと言っても、強引に奪われたことなどない。
ロシュアのことだって、私が鬼籍に入ったのだから、ジェニーがロシュアと結婚してもなんの問題もないことなのだ。
(迷惑をかけることになるにも関わらず、私が無駄に生き返ってしまっただけ)
つまり、私が異分子なのである。
カルロスの気持ちもよくわかる。幼馴染が生き返ったのだ。想い人だって生き返るはずと一縷の望みを賭けたっておかしいことではない。葬儀中のあの余裕のある態度は、まさにその奇跡が隣に座っていたからに他ならない。
もし、本当にジェニーが生き返るようなことがあったとして、カルロスと結ばれたのなら、私はその時旅に出ようと決めた。
「なんだ、にこにこして」
「なんでもないわ」
「…これから墓を暴くんだからな。気を引き締めろ」
ちくり、
なぜだか胸に痛みが走った。私はそれに気が付かないフリをする。
時刻は午前2時を回った。
カルロスとまだ若い使用人のキースが目を合わせて頷き合った。
キースは壁の僅かな窪みを足がかりに、ほいほい登ると音もなく向こう側に降り立った。
ヒュン、と縄梯子が掛けられたので、カルロスとスコップを持った数名の使用人が登っては向こうに降りて行った。
「ミレーネ様はそちらでローラ達とお待ちください。外の見張りをお願いします」
キースの声がした。
私は壁にそっと触れてみる。
(大丈夫かしら…)
暫くすると、サクッサクッと土を掘る音が聞こえてきた。
「ミレーネ様、こちらへ。折りたたみの椅子をお持ちしましたので座ってお待ちください」
「…こうしていたいの」
「ですが…」
「お気遣いありがとう。でも、明らかに足手纏いの私をここに連れて来たのには、きっとカルロスなりに理由があるはずだわ。だから…」
「…分かりました。ですが、どうか無理はなさらず」
きっと中では、汗だくになって土を掘り起こしているはず。
(カルロス、どんなことを父から聞かされていたか分からないけれど、生き返るなんてこと本当に信じているの?)
と考えて苦笑する。そう考えている私自身が死の淵から舞い戻った張本人なのだから。
ふっと苦笑した時、庭園の方からこちらに向かって、話し声が聞こえてきた。警備だろうか。
「…でさー……」「ははは……それは…」
声は少しずつ大きくなっている。やはりこちらに向かっているらしかった。
私は壁を叩いた。石造りの壁を叩いても、音が吸収されるだけである。
「カルロス!警備がこちらに来るわ」
「遺体を回収して、土を被せ終わったところだ。手向けられた花を戻さなければ」
「早く!」
警備の足音がどんどんこちらに近づいてくる。
「こないだ行った酒場に可愛い子がいただろ?」「いたか?」「いたよ」「あーそういえばお前声かけてたなぁ」
まずい!見つかってしまう!!ぎゅっと拳を握って壁の上を見上げた。
「ん?おい、誰かいるのか!?」
(バレた!!!)
思った瞬間、上からカルロスとキース達が一斉に飛び降りてきた。
「カルロ…ッッ!!」
思い切り口を塞がれる。
全員が手で口を押さえた。
ホウ、ホウ、とフクロウが二つ鳴いた。
「…なんだ、気のせいか」「なんか聞こえた気がするけど…」「ああ、フクロウが鳴いてたな」「なんだ。さっさと戻ってポーカーの続きやるぞ」「くそ、お前勝ってるからって…」「わははは…」
足音が遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。
「っっっ…はーーーーー」
全員が盛大なため息をつく。
「良かった…」
「もう二度とこんなことはしたくないな。手袋をしていたとはいえ、手がマメだらけだ」
疲れた表情で笑った顔には泥がついていて、マメだらけだという手には、恐らくジェニファーを包んだ布がしっかりと抱かれていた。
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