ジェニファーの葬儀
ジェニファー・シャルマンの訃報が報されたのは、パーティから三日後のことだった。カルロスが言葉を選んで報告してきた時には、事実と内容が結び付かず、何度も聞き直してそれでやっとジェニファーが死んだということを理解した。
「…まさか!嘘でしょう?」
「それがどうやら本当らしい」
「そんな…」
それでも尚ジェニファーが死んだなんて半信半疑のまま、カルロスと連れ立って葬儀のためにシャルマン家を訪れた。
すっかり憔悴した様子のロシュアを横目に、花を手向ける。
「どうか安らかに…」
死者のために祈りを捧げるその間も、私への視線とひそひそ話す声が止むことはなかった。
(…葬儀の場まで…。本当に不謹慎だわ)
憤りに胸が焼けそうになったとき、隣に座るカルロスがぽつりと呟いた。
「…これで、君の死もロシュアの犯行説が濃厚になったのじゃないかな」
「カルロス、こんなところで滅多なことを言うものじゃないわ。貴方だってジェニーとは昨日今日の仲じゃないのよ?」
「…大丈夫だ。彼女はきっとマシュー殿の忠告をちゃんと聞いているはずだからな」
「父の?待ってカルロス、やっぱりなにか…」
思わず彼の肩に触れた時、教会の鐘が耳を劈いた。
まもなく納棺の時間である。
革靴とヒールの音が、雨のように疎なリズムを刻んで死者の魂を導いている気がした。
「さあ、僕たちも行こう」
手を取って立席を促されたが、シワだらけの手を見られるのが恥ずかしくて「自分で立てるわ」と変に強がってしまう。
節々が強張って上手に力が入らないけれど、ハンカチをぎゅうと握った。
(ジェニー、あなた本当に死んでしまったの?)
「ミレーネ」
カルロスはしゃがんで黒いベール越しに私の瞳を覗き込んだ。
「全て大丈夫だから、こちらへおいで」
「全て?」
半ば強引に立たされたけれど、頼もしい歩調に少しだけ胸のつかえが取れた気がする。
(何が大丈夫だというのだろう?ジェニーが死んで大丈夫なわけが…)
外は恐ろしいほど深い青空だった。吸い込まるというよりも
(…堕ちていきそうだわ)
私たちが地面にいて、空は天にあるのだから、そんな訳はないのだけれど、なぜだかそう思う。
ジェニファーの納棺を、手を組んで見守った。彼女の親戚たちは悲痛な顔をしているけれど、涙を見せることは遂になかった。
「死者の御霊が迷わず神のみもとに召されますよう、お祈り申し上げます」
棺に土がかけられていくのを見て分かってしまった。
(ああ、あれは私だ)
この抜けるような青空が怖いのも、ジェニーの死に実感が湧かないのも、本来こうなるべきは私だったからなのだ。
そう悟った瞬間、ぐにゃりと視界が歪む。ふっと力が抜け、意識が飛びそうになった私を、カルロスががっしりと掴んでくれた。
「っ…!大丈夫か?」
「ごめんなさい、やっぱり私…」
「良い。ここまで確認できれば問題ない」
「確認?それは一体どういうこと?さっきから意味深なことばかり…」
「後で分かるさ。さあ、体調が優れないみたいだから、先に退散するとしよう」
「でも、まだ葬儀の途中で…」
そう、葬儀の最中だというのに、ジェニーが今まさに土をかけられているというのに、カルロスはふっと笑った。
「後で分かる、良いな。君はジェニーにお別れする必要はない」
「何をするつもり…」
私たちが抜け出したのを、一体何人の人が知り得ただろう。いくら私を煙たく思う人がいても、暗い土の中に埋まっていく棺を見て、胸を痛めない者はいない。祈らずにはいられない。
「…花も手向けたし、やることはやった。形だけはな」
「ちょっと、カルロス!」
無理矢理馬車に押し込められて、早々に立ち去ることになったというのに、私の怒りは一つも伝わっていない。
「本当に帰る気!?あなた、正気なの!?」
「正気さ。良いか、君が死んだ後、ジェニーは敢えてあの男に接触しているんだぞ」
「それは…どういう…」
来るたびに、私の物を一つだけ欲しがった、幼い頃のジェニーの顔が浮かぶ。
『ミレーネお姉様、もう使わなくなったリボンを下さる?』
私が使っていたブラシで梳かして、私が使っていたリボンで結った髪。
『お姉様が着れなくなったドレスを頂けませんか?』
あっという間に私の身長を追い抜いたのに、私のドレスを何度も直して着ていたジェニー。
『もう履けなくなった靴が欲しいのです、お姉様』
足のサイズだけは私が抜かされることはなかったから、一番あげたのが靴だったかもしれない。
(ああ…)
ジェニーの顔が思い出せない。
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