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君の生まれ年のシャンパン(ジェニファー視点)

「くそっ!!あの野郎…!!舐めた真似をしやがって!!」


 帰宅してから、旦那様はすごく荒れていた。

 それはそうだ。ミレーネお姉様が実は生きていて、いや、正確には死に戻って、カルロス・スノウレストと結婚したと言うのだから。


 私は酒を煽って管を巻いている旦那様から逃げるように庭の薔薇園へと急いだ。

 月明かりの下、美しいバラが芳しい香りを放っている。花びらをひとなでしてから鼻を寄せた。


(酔っ払いは苦手だ)


 いつまでもこうしていたい。ミレーネお姉様もここでこうしていたのだろうか。いや、こうしていたはずだ。


「旦那様…」

「ジェニー、またここにいたのか。どうしていつもここに来たがるんだ。…全く、気味が悪い」

「気味が悪い?薔薇を愛でることが?」

「…あの日々の亡霊を見ているようだ」

「?もう、酔っ払い過ぎですわ」


 旦那様は強引に私の腰を引いた。お酒くさい唇は私の唇を喰んだ。ふわんと香るブランデーに当てられてしまう。


(あの老婆が、ミレーネお姉様…)


 夜露に濡れた芝生に押し倒されて、弄る手にドレスがどんどん緩んでいく。


(確かに面影がある。幼い頃会ったきりだけれど…)


「……」

「旦那様?」


 私がつまらないのか、興が覚めたのか、立ち上がって解れたタイをぞんざいにポケットへとしまった。


「何か気にさわりましたか?」


 私の問いかけに、パッと顔を上げて芝生に転がる私を抱き上げた。


「すまないね、ジェニファー。今日は色んなことがありすぎた」

「仕方がないですわ」

「今度は自棄酒なんかじゃなく、君と二人で酒を交わしたいな」

「私、でも、お酒は…」

「たまには良いだろう?少しくらいなら。とっておきのシャンパンがあるんだ」

「シャンパン、ですか」

「君の生まれ年の製造なんだ。君のための、特別なシャンパンさ」


 自棄酒の割にはしっかりした足取りで私をダイニングまで連れて行くと、テーブルの上に私を腰掛けさせた。


(楠の一枚板のテーブル…どこかで見た気がする)


「…夜露に髪が濡れている。美しいな。…とても名残惜しいけれど私が拭いてあげよう」

「自分で致しますのに」

「私にやらせて欲しいのさ」


 タオルがかけられて拭き取ってくれる手つきが慣れている。

 私を覗き込んで、ゆっくりと確かめるような口付けをされた。


 旦那様は赤子でも抱くかのようにシャンパンのボトルを持って来て「ご覧」と言った。

 そこには、1113年製造とある。


「……」

「さあ、二人で一緒に飲もう。せっかくだから」


 グラスに注がれるシャンパンからフルーティーな香りがした。

 それを私に手渡すと、「乾杯」と言ってグラスを合わせた。


「…私、お酒が弱くて」

「一口で良いから」


 そう言う旦那様は口をつけないまま、私が飲むのを待っているらしかった。


「…どうしたんだい?せっかく…」

「……」

「分かった、ミレーネのことだろう?…あれはもう死んでいるんだ。きっと金で雇った全然別の老婆を連れて来たに決まっている。私を担いでシャルマン家を失墜させようと言う、スノウレスト卿のつまらん魂胆だろう。それに、本当にミレーネだとして…今更戻って来たって君がいるんだ。私は君を誰よりも愛しているのだからね」

「旦那様…」

「だから安心して良い」


 眉根を寄せて困ったように覗き込まれ、ぐいとグラスを煽った。


「そう、それで良い」

「旦那様?」


 せっかく飲んだと言うのに、旦那様は自分のグラスを一枚板のテーブルに置いた。


「君はミレーネ・ドトレストを知っているかい?」

「いいえ。私は幼い頃から隣国に身を寄せていたので…」

「ああ、そういえばそうだったね」

「ですので、全く存じ上げません」


 にっこりと張り付いた笑顔が崩れることはない。

 ぐわん、と酔いが回った感じがする。


「やっぱり口移しはいけなかったな。私も暫く吐き下しで酷い目にあったのだから」

「だん、な、さま…」


 倒れ込む私を抱き寄せて、鼻歌混じりどこかに運んでいる。


(私は1115年生まれだわ)


 最期に思ったのはそんなことだった。


 それから私がどうなったのかは、死んでしまったので分からない。

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