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覚えていないのかい

 記憶の中の少女が、想い人に抱き寄せられている光景がアンバランスで胸が痛い。


「うう…」


 それだけではなく、温かな思い出は私が眠っている間に亡くなったと言う両親が、必ず優しい笑みを私に向けているのだ。


「っっっ…」


 私が死んだ理由、私が息を吹き返した訳、その間の出来事、全てがおかしい。

 私が過ごしやすいように整えられた寝具の上で、丸くなることしかできないもどかしさ。身体が怠いのは、思い出の旅ばかりが原因ではない。


(昨日、木に登っただけなのにこんなにも疲労するなんて)


 もしかすると、胸の痛みはそのせいなのかも知れない。十ヶ月間の空白は、私の心を、身体を、確実に蝕んでいた。


 コンコン、ノックが響く。

 それは侍女のローラであった。


「ミレーネ様、カルロス様がお会いしたいとのことなのですが…お通ししてもよろしいでしょうか?」

「…カルロスが?」

「やはり体調が優れないご様子、お断りして…」

「気を遣ってくれてありがとう。でも、聞きたいことが沢山あるの。通してくれる?」


 ぺこりとお辞儀をしてから、一度扉が閉まった。約束された次の来訪者までの一瞬の静寂に、気持ちがソワソワした。


(今日は食事を部屋まで運んでもらったから、カルロスと会っていないんだったわ…)


 変にこの時間を持て余して馬鹿みたいだ。幼馴染が来るだけだと言うのに。


(幼い頃の木登り遊びが、大人になってからは大冒険だったのだもの)


 冷静になって、それがなんだか気恥ずかしいのかもしれない。

 やがてノックが響いて、私は深く布団を頭から被った。


「失礼するよ…おや?」


 歩幅の大きい足音が聞こえる。

 また心臓が痛くなる。


「こら、ミレーネ!」

「きゃあ!!」


 バサっと布団を捲られて、思わず大声で叫んだ。


「ふざけて隠れたって……」

「ぶ、無礼だわ!幼馴染とはいえ女性の布団を捲り上げるなんて!」

「…ミレーネ、君…あれ?いや、一瞬確かに…」

「なによ!」


 カルロスは屈んで私を覗き込んだ。鼻が触れそうな距離。頬に手が滑った。


「カルロス?」

「今一瞬、君が元の美しい君に戻ったんだ、確かに」

「見間違いでしょう?少しずつ戻っているとはいえ、私はまだ老婆のようだわ。白髪頭に皺だらけの」

「…君は確実に元に戻っているよ。きちんと栄養を取れば。時間はかかるかもしれないが」


 深い緑の目は私を見つめて揺れていた。

 ちくり、


(あれ?)


 心臓の痛みの質が変わった気がする。

 ぎゅうと胸を抑えた。


「どうした?胸が痛むのか?」

「ごめんなさい、朝から痛くて寝室で食事を…」

「医者を呼んでこよう」


 立ち上がって、部屋の外に行こうとしたその腕を掴んだ。カルロスは驚いた表情で振り向く。


「医者を呼んでも…死に戻りの身体のことなどわからぬでしょう」

「けど…また君に何かあったら僕は…どうしたらいいんだ」

「死人が死ぬだけよ」

「ミレーネ、なんてことを言うんだ」

「…私はなんのために生き返ったのかしらね。あのまま目覚めず死んでいた方がマシだわ」


 カルロスは今にも泣きそうになりながら、私を起き上がらせると手を握って言った。


「そんなことを言わないでくれ…。昔馴染みが死ぬより辛いことは…ない」

「貴方にだって迷惑をかけているのは事実だわ」

「僕が迷惑だと思っていると言いたいのか、君を…!」

「世話になっていることに変わりはないでしょう?」


 額に手を当てて、しばらく何かを堪えていたが、やがて鼻を啜ると顔を上げて、また私を揺れる瞳で見つめた。


「…君の父君は、もともとロシュア殿との結婚に反対していたはずだ」


 項垂れるように頷いた。

 ロシュア様を紹介した時のお父様の顔は、忘れもしない。


「そうよ。家柄も申し分ないし、何より愛し合っての結婚だったのに。挨拶に来た旦那様がお帰りになってすぐ『絶対に駄目だ』と、そう仰った」


 なぜ父が反対していたことをカルロスが知っているのだろう?


「ミレーネ、君はいつからシャルマン伯爵と懇意に?」

「え?ええっと…」


 確かあれはメローデス夫人が開いたパーティ。そこで運命的な出会いを果たしたのだわ。

 急速に距離が縮まって、その日のうちに求婚されて、そしてそれをお受けした。


(あれ、でもなぜ急接近したのだったかしら)


 カルロスはため息をつく。戸惑い目線が泳ぐ私を諭すようだった。

 椅子を引いて腰をかけた彼は、「ぜんぜん覚えていないのかい」と聞いた。

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