庭の薔薇
そろっと覗き込む、シャルマン邸の、木の上からの鳥瞰図。
(私が大切に育てていた薔薇、今日も綺麗に咲いている)
薔薇がよく見える所にベンチを置いて、そこから眺めるのが好きだった。どうやらそのベンチは撤去されている。その少しの変化が十ヶ月の時の流れを表しているようで、なんとも言えない気持ちになる。
「大丈夫か?」
「平気よ。なるほど、ここからならよく見えるわね」
「木登りが得意で助かったよ」
「そういえば、二人でよく登った楠は切られてしまったそうよ。もう老木だったのですって」
「そうだったのか、脆くなっていたのだな。怪我をしなかったのは幸いか」
「でも、思い出が無くなってしまうのは寂しいわね」
「君…」
「あっ、誰か来たわ」
そこに現れたのは、ジェニファー・ルーベンス、いや今はジェニファー・シャルマンか。
彼女は私が大切にしていた薔薇の花の香りを嗅ぎ、満足そうに笑っている。その笑みがどういう感情なのか、私にはわからない。
暫くすると旦那様が現れてジェニファーの腰を引いた。触れ合う唇を見ていられず、思わず俯く。
「ミレーネ、やっぱり帰ろう」
「平気。平気だから」
幼かったジェニファーは、美しい女性に成長した。細い指には、二人の婚姻の証が輝いている。
旦那様がその手を取って口付けを落とすと、心を溶かすような甘い言葉を吐いた。
「ジェニファー、美しい君にこそこの薔薇は相応しいのかもしれないな。僕の人生もまた君に出会うためにあるのだろう」
「…もう、ロシュア様ったら。この薔薇、何だか他のものと違う気がして…気になって仕方がないと言うか。何と言う品種なのですか?」
旦那様はあからさまにムスッとした。それはそうだろう。あの薔薇はドトレスト家から移植されたもの。私が嫁いだ時に、シャルマン邸に持ってきたものなのだから。
「ロシュア様?」
「君は知らなくて良い。そうだ、今度は薔薇ではなく違う花を植えようか。薔薇なら裏庭にも咲いているのだし、少々飽きた」
「そんな!せっかく綺麗に咲いているのに、あんまりですわ」
旦那様は「もう良い」と言って去って行ってしまった。旦那様にとって、私はもう過去の存在なのだ。いつまでも死んだ妻の思い出が庭にあるのは良い気持ちがしないのだろう。
(…だからと言って…抜いてしまおうだなんて)
「ミレーネ、今日はもう帰らないか?」
「大丈夫だってば!」
「嘘つけ」
カルロスは木から飛び降りると、再度私に降りるよう促した。
こうなるともう、私は降りるしかないだろう。
飛び降りた私をふんわり抱き上げると、
「帰ろう。ルイドスが君も食べられるようなおやつを作ると言って張り切っていた」
「そういえば、まだルイドスに会えていないわ。お礼を言わなくちゃ」
「そうしてやってくれ、きっと喜ぶ」
「私だってわかるかしら?」
「わかるとも。ウチはどうやら君のファンが多いらしくてね」
「なにそれ」
私を抱きながら歩いていたカルロスが、私を覗き込んだ。
ふっと笑みが溢れている。
「久しぶりに君が笑った顔を見た」
「だって、カルロスが変なことを言うのだもの」
「ああ」
ぎゅうと抱きしめられる。まるで、十年も離れ離れになっていた恋人にそうするように。
「カ、カルロス!みんな見てるわ!?」
「構うもんか」
「もう!もし噂になったら…」
「だから、僕は構わないって。言ってるだろ、ミレーネが笑っていれば僕はそれで良いんだ」
この時の私は、カルロスの言葉の真意が分からずに困惑するばかりだった。
後から気がついたけれど、私がひどく落ち込まないようにする為の彼なりの気遣いだったのだ。
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