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2.バー

 客のいないバーのカウンターで、男はバーボンのロックを煽る。

 このバーは街外れという立地のせいか、普段から客はほとんど見かけない。

 店内は小綺麗だが、椅子やカウンターはやや年季が入っている。

 このバーは静かに飲みながら同時に男の用事も済ますことができるため、仕事の後にいつも訪れていた。

 ツケを払おうと思い立ち懐を探るが、手のひらの上に取り出してみても数枚の銀貨しか残されていない。

 男は舌打ちしながら銀貨を懐に仕舞い直した。


「相変わらず到着が早いな」


 愛想よく笑う青年が男の隣へ許可なく勝手に腰かけた。

 アクアブルーの長めのショート、愛嬌のある薄桃の瞳が可愛らしくその肌は白い陶器のように美しい。

 レースの付いた白のシャツと黒のパンツが良く似合う、品のある上流階級らしい見眼麗しさだ。

 

「御託はいい。ブツを。回収したものを寄越せ」

「その右頬の傷といい、可愛げのないおっさんだな。どうぞ」


 青年はマスターにシャンパンを注文してから、男の方へスッと金色の何かを滑らせる。

 男は無言でそれを手の中に収めてから摘み上げて確認する。


「確かに。ヤツのネクタイピンだ。で、探し物は見つかったのか?」

「いや、これもハズレ。ピンについている宝石は求めているものじゃなかった」


 隣で笑っている青年の正体を知っているのも、今のところ男だけだ。

 彼こそ賞金首の怪盗だと言うのに、簡単な変装も誰一人見抜けない。

 彼は男と協力関係を築いて以来、何故か男の前では変装を解いた素顔を晒していた。

 男も深入りはせず、ただ受け入れている。

 

 男は青年を一瞥するだけで沈黙し、カウンターの上にネクタイピンと自分が使用した銃弾を置いた。

 今回は死体が仕事の報酬に繋がる訳ではなく、誰が決定打を与えターゲットを間違いなく仕留めたのかが重要になる案件だった。

 マスターが無言で証拠品を回収し、札束を男の前へ置く。

 マスターはバーのマスター兼、バウンティーハンターへ仕事を斡旋する人物でもある。

 男も無言で札束を回収し、懐へしまい込んだ。


「手練れのバウンティーハンター、クーゲルさんはいつもお金に困ってるな」


 クーゲルと呼ばれた男は、忌々しげに青年を睨む。彼は楽しそうに笑って、シャンパングラスを手にしながらクーゲルを見つめてくる。

 クーゲルは青年の視線を受け止め、つまらなそうな表情でグラスの底にわずかに残ったバーボンを舐めた。

 

 マスターは自分の仕事を終えたとばかりにカウンターから席を外し、扉を開いてカウンター裏へと消えていく。

 バウンティーハンターは客から直接頼み事をされる時もあるため、部外者はそっと退散するのが暗黙のルールだ。


「誰かさんのせいでな。怪盗を生け捕りにする大口を紹介してくれると助かるが」

「それはできない相談だ。けど、別の仕事なら紹介できるかもしれないな」

「決めたのか、次のターゲット」


 クーゲルがカウンターの上から煙草の箱を拾い上げ一本口へ咥えると、隣の青年がツタの絵柄がほどこされた上品な銀のライターを胸ポケットから取り出して火を付けた。

 青年の流れるような作業は、二人の関係が複雑且つ親密であるかもしれない雰囲気を感じさせる。

 

「勿論。今度中央美術館で展示会が開かれるだろう? そこで今回特別展示品として、希少な宝石が展示される」

「で、お前はそれを盗み出すつもりか」


 クーゲルは煙を吐き出し、視線を流して青年へ問う。青年は不敵に笑い、身体を乗り出してクーゲルの咥えた煙草を白く細い指先で摘まんで取り去る。


「あんたも損はしないはずだ。今回も共闘といこうじゃないか」


 額を突き合わせるくらいの近距離でも、クーゲルの表情は一切変わらない。

 ただ、奪い取られた煙草に対して名残惜し気な視線を送るだけだ。

 

「展示会の主催者に賞金がかかってたな。それで、お前は何役を買って出るつもりだ。ロウ?」

「何役って、それは勿論。(おとり)さ」


 ロウと呼ばれた青年は微笑してクーゲルから身体を離すと、クーゲルの煙草を勝手にガラスの灰皿へ押し付けすり潰す。

 青年は以前ロートゥスと名乗ったのだが、クーゲルが呼びづらいと言って勝手にロウと呼んでいた。

 舌打ちするクーゲルに対し、ロウは上機嫌なのか唇が綺麗な弧を描く。


「自分一人でやれと言いたいところだが。こちらとしても攪乱(かくらん)はありがたい」

「僕は宝石。あんたは賞金首。ついでに僕のフォローもしてくれると助かる」

「注文が多い。金は俺の総取り。お前は目的のブツのみだ」

「オッケー。商談成立」


 ロウはカウンターの上にクーゲルのツケと今日の代金分を含む札を置くと、優雅な動作で席を立つ。

 クーゲルがもう一度煙草を取り出したところで、クーゲルの耳元にサラリと柔らかいものが触れた。


「明日、荷物の搬入が終了するはずだ。敢えて予告状でも送り付ければ、あの目立ちたがりの金持ちは自ら美術館に足を運ぶはず。予告時間に会おう」


 ロウの髪と声がクーゲルの耳元を(くすぐ)るが、クーゲルは一言ああと返事をするのみだ。

 ロウも気にした風もなく、言いたいことだけ告げるとヒラリと手を振って店を出て行った。

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