ダンジョン配信者の総合プロデュース事務所(ブラック)に所属していた一般スタッフでしたが、サービス残業をこなしまくってたらいつの間にかSランク相当の冒険者レベルに達していたみたいです。
「明日までに、ここの事務所のPR動画作ってこイ」
A4用紙の束を片手に事務所で待ち構えていたのは、うちの部署の上司こと、狂戦士のリザ課長(♀)だ。
リザ課長から乱雑に手渡された紙には、『力!✖️パワー!!✖️ストロング!!! で魅力的にアッピール』っていう文言が書かれていたものと、先方の事務所(ムキムキマッチョ亭)のホームページ(白黒印刷)。
一、二枚めくっただけでわかる、圧倒的地雷臭。
俗にいう、アットホームな空気感の押し売り集団に横文字言葉をご丁寧に並べただけの空っぽ理念。てか、単なる脳筋野郎の集まりじゃねぇか!
今どきこんなアホみたいな事務所に引っかかるやつはいないと思うが……物好きなやつもいるのかもしれないしなぁ。
まあ、一応話だけでも聞かないことには先に進めないので。
「明日というのは、えーと、いつ頃のことで」
「いちいち言わなきゃわかんねーのカ、おめーはヨォ。私が明日って言ったら明日までなんだよボケェ。とっとと作らんかイ」
「ひぃぃ」
おニューの革靴を机の上にどかんと乗せると、リザ課長はきょうも変わらず額に青筋を浮かべた。
やばいコレ。現在時刻は22:00。この時間に事務所から呼び出されたのである程度は覚悟していたが、限度ってものがあるだろ。
ちなみに、リザ課長の意味するところの明日はきょうの24:00まで。つまりは、あと2時間しかないってことだ。
どう考えても無理。動画を撮ったところで編集する時間もないし、ましてや、企画すらないこの状況でできるわけがない。そんでもって、先方のヒヤリングもしなきゃならねーし。
ここは先方に殴られる覚悟でもって断らないと。
「いや、どう考えても無理じゃ」
「無理っていうのは嘘吐きの言葉なんだよナァ」
リザ課長はニヤリと笑うと、壁にかけてあった剣を持ち上げる。
そんでもって、わざとらしく刀身を袖口で拭き始めた。
「この剣は私が冒険者やってたときに世話になった代物でヨォ。切れ味がすげーんだワ」
これまたわざとらしく舌を這わせて、恍惚の表情。眼帯の奥に隠れている瞳すら、ほころんでいる気がする。
うわー、怖えー。僕だって最近はそれなりに力がついてきたと思うけど、それ以上にこの人の威圧感はやばい。一生敵わない気がする。
それでも、言わなきゃいけないことはあるので、震えるハートと、燃え尽きそうなほどのヒートに燃料をくべる。
「わざわざ、そんなことで課長の大切な剣を錆びらせる必要はありません。それに……そんなことをしても納期は変わらないし」
「わかってるじゃねーカ」
「ただ、もっと早い段階で伝えてもらえたら問題なかったと言いますか……」
「私は1ヶ月以上前から伝えていたはずだガ?」
「いや、そんな報告は」
「私の質問には、Yes、か、はい、で答えロ。わかったカ?」
「……はい」
「それで、できるよナ?」
「……Yes, ボス」
「よし、そしたら、とっととダンジョンに潜って動画を撮ってこイ」
リザ課長の言われるがままに、僕は撮影機材を担ぐと、スタコラサッサとダンジョンへ向かった。
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「はぁ、どうすんだよ、これ」
とりあえずダンジョンの入り口手前に来たものの、何を撮ればいいのやら。
ムキムキマッチョたちがサイドチェストしてる集合写真を眺めてみたところで、アイデアのかけらも浮かない。なんなら、ストレスが余計に溜まってゲロ吐きそうだ。
これはもう、完全な手詰まりだった。
なけなしの気力を振り絞ってアイデア出しをしようにも、ダンジョンを取り囲む森から魔物どもの呻き声がひっきりなしに聞こえてくるせいで、全然集中できない。
考えても仕方ないので、ダンジョンに潜ってみることにする。こんな夜更けに潜るやつは中々いないだろうし、少しは集中できるかもしれない。
どうせ納期に間に合わねーけどな。ガハハハハハ。と、半ば自暴自棄になっていたところ、ダンジョン用に発動させた探知スキルに反応があった。
人影が一つ。しかし、動きがほとんどない。息はしているみたいだが、一応、様子を見に行く必要がありそうだ。
魔物との遭遇を最小限に減らすルートをたどり、ダンジョン内に設置されたセーフポイントに到着すると、一人の少女が体育座りで頭を伏せていた。
「あの、」
呼びかけてみるが、全くの無反応。どうしよう、下手に置いていくわけにもいかないし、そもそも俺の納期 がやばい。
思いっきり肩を揺さぶると、少女がガバッと起きた。
「ふええぇ、もう食べられませ……ふみゅう」
そうして再び眠りにつく少女。
セーフポイントとはいえダンジョン内で無防備に眠ると言う豪胆さに感心したものだが、そんなことを気にしている場合じゃない。
およそ10回くらい揺り起こしては再び寝るを繰り返し、ようやく少女が目を覚ました。
「……もう、なんで起こすんですか?」
「こんなところで寝てたら、魔物に襲われちゃうよ?」
「魔物? だってここは……って、ああああ」
少女は途端に顔を真っ青にしたかと思えば、見慣れた機材をセッティングし始めた。
「君、ダンジョン配信者なの?」
「そうなんです。わたし、毎日配信を欠かさずやるようにってボスに指示されてて」
「それで寝てたと……」
「うー、だってノルマがきついんですよぉ。毎日夜中に1時間も配信ですよ。そんなのできるわけないじゃないですか!」
「……いろいろ突っ込みたいことはあるけど……ちなみにどこか所属してたりするの?」
「はい! 最近できたムキムキマッチョ亭っていうところです!」
「ムキムキマッチョ亭……もしかして、ここの?」
事務所の情報が書かれた紙を少女に見せたら、パッと笑顔が咲いた。
「よくご存知ですね! 最近できたばっかりでほとんど活動してないですし。それに……いっつも視聴者数は1桁台ですし」
「……なんでまた君みたいな、その、可愛らしい女の子がそこに」
少女の顔がポッと赤くなる。
「わたし……夢だったんです。ダンジョン配信者になるの。みんなに勇気と希望をあたえられる。そういう人たちの姿をちっちゃい頃から夢見てて……でも、個人で活躍できるほどわたしは強くないから、いろんな事務所のオーディションを受けてみたんです。だけど、ほとんど落とされちゃって……唯一、ここだけが受かって……」
少女の目が憂いを帯びている。たぶん、数々の嫌な思いをしてきたのだろう。
「最初はすっごく嬉しかったんです……でも、ふたをあけてみたら、そんなに現実は甘くないんだなって思い知らされて……って、さっき会ったばっかりの人に言うのも変ですよね。ごめんなさい……えーと」
「僕はニノミヤっていうんだ、君は?」
「わたしは、アンジェリカって言います」
そう言うと、アンジェリカはニコッと笑った。
「ところで、ニノミヤさんはここで何をしにいらっしゃったんですか?」
「そうそう、ちょうど僕ムキムキマッチョ亭の件お仕事をいただいててね。君の事務所のPVを撮るっていう話なんだけど、何か聞いてない?」
「そういえばそんな話を聞いたような、聞いてないような」
「なるほどなー。うーん……そうだ!」
頭の中にピコっと天啓が浮かぶ。
「どうしたんですか?」
「君の事務所を、そいで、君をバズらせる方法」
「えー、そんな方法があるんですか!」
僕は胸にドーンとこぶしを当てる。
「まっかせなさい! これでも、数々のダンジョン配信者たちをバズりにバズらせてきた敏腕サポーターなのだよ」
おおーっと、アンジェリカは拍手。
そして僕は、アイテムボックスからホワイトボードとマジックペンを取り出して、「ムキムキマッチョ亭をバズらせるための究極卍最強卍戦略会議」と書き出す。
ついでに、簡易的な机と椅子も取り出して、アンジェリカに使ってもらうことにした。
「おっほん。いいかい? アンジェリカ君」
「はい、先生!」
この生徒、なかなかにノリがいいではないか。どこから取り出したのか、メモとペンを片手に目を輝かせていた。
「今のご時世。ギャップ萌えがマストなんだよ。ほら、今週の視聴者数ランキング上位陣は、軒並み、剣も持ちあげられないような可愛らしい女の子が『S級クラスの魔物』を倒してみたっていうタイトルにしてるだろ? でもな、普通はそんなことができないんだよ。否、できないものって皆んなが思い込んでいるからこそ。そこに付け入る隙があるってことだ。つまりは……って、聞いてる?」
「……スぴー」
ペンを片手に、寝息を立てるアンジェリカ。
話を聞いてもらわないことには困ってしまうので、揺さぶって起こしてあげる。
「……はっ、すみません……それで、わたしはどうすればいいのでしょうか、先生?」
「アンジェリカ君には、S級モンスターを討伐してもらいます」
「えっ……ええええええええ」
アンジェリカは飛び上がって、目をカッて開いた。
「むりむりむり、むりですよ!」
アンジェリカはポケットからうすっぺらいカードを取り出した。それは、Dランクと書かれた冒険者カードだった。
「わたしの冒険者ランクはDですよ? D! A, B, C, DのDですよ! いっちばん下の」
「ええ、そうですね」
「倒せるっていっても、上層のスライムとか、モフモフラビットくらいですし!」
「もちろん知っています」
「だからわたしには……」
「というわけで、君にはこれから最下層に潜ってフレイムゴーレムと戦ってもらいます」
「あばばばば」
アンジェリカは立ったまま、泡を吹いて白目を向き始めた。
「安心してください。僕は敏腕ですので」
半ば強引にアンジェリカの手を取ると、最下層へと、もとい、ボス部屋前のテレポーターを起動させた。
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「みんなー、こんにちはー。きょうも元気に配信を始めます!」
いつものようにアンジェリカに配信を開始させる。
タイトルは、[無謀?]ソロでフレイムゴーレムを蹂躙してみた。 #ムキムキマッチョ亭 #日常
もちろん、僕は後方腕組みおじ的ポジションだけど、自身にサイレントをかけてアンジェリカだけに見えるようにする。
ー ちょっ、ソロでS級討伐?
ー 最下層とか、トップギルドの連中しかいけないだろ
ー でも、どうみても最下層じゃね?
ー 嘘乙。俺も行ったことあるけどぜんぜんちゃうわ
ー てか、ムキムキマッチョ亭って何?
ー この間までスライム倒してた娘じゃん
ー スライムってマ?
ー アンジェたんprpr
いつになくざわつくコメント欄。なんなら、視聴者数は3桁ほどまで上昇している。本来ならもっと数字が伸びてもいいはずだが、視聴者も半信半疑なのだろう。
アンジェリカが僕の方を見て、涙を浮かべた。きっと、初めて視聴者数が3桁になったから感動したに違いない。
よせやい、照れるじゃないか。
とりあえず、「適当にコメントをひろって」とカンペを出す。
「ええと……みなさん驚かれているとおもうのですが、きょうは、フレイムゴーレムを討伐したいと思います!」
ー フレイムゴーレムきたー
ー 初めて見るわw
ー まじか、値千金やん
ー アンジェたんprpr
フレイムゴーレムが待ち受ける扉の前に立つと、アンジェリカの腕がぷるぷると震え始める。
ー あれ、なんか震えてね?
ー やっぱ無理じゃね?
ー ここまで来れる時点ですげーだろ
いまにも泣き出しそうなアンジェリカ。
僕は、「大丈夫、安心して」と言ってアンジェリカの背中をぽんぽんと叩いた。
「なに……これ」
途端に、アンジェリカの体が金色に光出す。
ー 急に光り始めて草
ー これって、身体強化魔法じゃね
ー 見たことねーぞ、こんな色
アンジェリカは、自分の手のひらを見つめると、ついで僕の顔を見て、うんと頷いた。
一呼吸入れると、アンジェリカはゆっくりとボス部屋の中に足を踏み入れた。
フレイムゴーレムと相対する。僕たちの身長のゆうに5倍はある体躯。
相変わらずでっかいなーと感心していたら、フレイムゴーレムが突進してきた。
条件反射的に、アンジェリカが前に拳を突き出す。
いつもならなんの変哲もない正拳突きだろう。 ただ、ニノミヤの身体強化魔法(カンスト済み)が加わったそれは……
音を、置き去りにした——
「えっと……倒し、ました?」
何が起こったかわからない、という感じで、首をかしげるアンジェリカ。
ー !?
ー 何が起こった?
ー (;゜д゜)(つд⊂)ゴシゴシ(;゜Д゜)…?!
それもそうだろう、配信カメラの押さえられる60Hzの周波数よりも速くて鋭い拳圧が、フレイムゴーレムを霧散させたのだ。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。
まぁ、だだっ広いボス地面に、剣戟ならぬ拳戟のクレーターができているのだから、素人目にもアンジェリカが倒したことはわかるだろうが、その規模が常識外すぎた。
一気に加速するコメント欄。指数関数的に増える視聴者。
そうして、昨日まで底辺ダンジョン配信者だったアンジェリカと、その事務所は、一躍時の人となった。
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「いやー、あの生配信のできはよかったナ。先方が大満足だと電話してきたヨ」
リザ課長が僕の背中をバシバシ叩きながら、 泡を飛ばした。
「それはよかったです」
「まぁ、私を傷物にした分はしっかり働いてもらわねーとナァ」
リザ課長は眼帯をいじる。
「あの時は……もちろんそのつもりですよ。それに、」
「ン?」
「課長のことは、これから先、何がなんでも守ります。この命に変えても」
リザ課長は顔を背ける。心なしか、頬が上気しているみたいだった。
「言うようになったじゃねえか青二才ガ。ったく、きょうくらいは付き合えヨ」
「うっす」
そうして僕は久々に定時に仕事を終えると、リザ課長と共に飲屋街へと消えた。
——幕間
ダンジョンから帰る間際。
「ニノミヤさんなら、ダンジョン配信で、いや、冒険者として名を馳せることだってできます。だから一緒に、」
「ごめん。招待はありがたいけど。僕には恩を返さなきゃならない人がいるんだ。それに、僕は君みたいに将来有望なダンジョン配信者をサポートする立場の方が、性に合ってると思う」
「わたしは有望なんかじゃ……」
「ううん。君は自分の力を過小評価しすぎだ」
アンジェリカのまめだらけの手を握る。
「君には、誰にも負けないくらい強い思いがある。僕はただ、それを引き出しただけだから」
「そう、ですか……私、頑張ります! そして、ニノミヤさんを超えて見せます!」
「うん、頑張ってね」
その決意は、のちに世界を救うこととなるS級冒険者を生み出すきっかけとなったのだが、それはまた別のお話。