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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある騎竜兵の最後

作者: 光井 雪平

「よくやった、お疲れ」


 俺はそう言い、俺の相棒、半身、戦友、親友、どんな言葉も似合う最高の存在である10何年の付き合いの騎竜のルミールを撫でる。ルミールはいつも通りの、俺が撫でている時にだす嬉しそうな声を上げている。


 どれだけ周りがひどい状況でも、このルミールを撫でているこの時は俺にとって至福の時だ。きっとルミールにとってもそうであろう。ここ三日、ろくな休みも取れずに戦場を駆けずり回っているルミールには疲れが見える。それに体も泥や返り血で汚くなっている。


「悪いな、だがもう少し頑張ってくれよ、ルミール」


 俺はゆっくりと撫でながら、もう何度目かわからない言葉をかける。昨日も散々そう言って、ルミールに休みがあげられていない。ゆっくりと体を洗ってやりたいのだが、それはできない。ルミールのきれいな黄色、金色ともいえるほどのきれいな体は汚れだらけだ。普段の姿を知っている人なら確実に惜しむほど。


 今は次の指示が出されるのを待っている時間、一緒に軽く食事と水をとるちょっとした時間。体を洗ってやれるほどの時間はない。そもそもルミールの体が洗えるような場所もなく、それができるような大量の水もない。


「カルロス少尉」


 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。俺はルミールをなでる手を惜しみながらやめ、「すぐ戻る」と告げ、俺を呼んだ人物のもとへと向かう。


「ライザー准将」


 俺はここら一帯の軍全体の指揮を行っているライザー准将の下につくと声をかける。


「こいつをアルテンハイム城、バッカス中将へ届けてくれ、急ぎだ」


 ライザー准将はそう言うと、俺に向かって、手紙をいれてあるはずの筒をなげてくる。俺は「了解です」とだけ、告げ、その場を去る。すぐに背中からライザー准将の怒号のような指示が聞こえる。戦場が逼迫している。内容をほぼ聞かなくとも、様子だけでそれがわかる。わかってしまう。


 ルミールの下に戻ると、ルミールは準備万端とでも言いたげな様子を見せていた。俺はそれを見て、ほんと最高なやつだ、と思いながら、すぐにルミールの背に乗る。


「行くぞ」


 俺がそう言って、ルミールの横腹をける。ルミールはすぐさま走り出す。


 アルテンハイム城、現在最前線となっている戦場から少し南にあるわが軍の戦略的重要拠点、ここを守るために今わが軍は戦っている。


 ルミールの足なら10分もかからずにつける。普段なら。今は疲れもある。だが、ここらに敵はいないはず。15分はかからないであろう。


 長く乗れるな。そう思うと最高だ。なぜならルミールの背に乗り、かけているこの時、ルミールを撫でているときと同じくらい素晴らしく最高な時間だからだ。風を着る感覚、騎竜兵のみがあじわえる最高の感覚。そして、どんな騎竜よりも、ルミールの背は格別だ。ほんとうに最高だ。


 願うのなら、ルミールの背で死にたいものだ。戦場でこんなことを思うのは、良くないかもしれないが、つい思ってしまう。いつものことだが。


 しかし、ライザー准将はなぜ、アルテンハイム城にこの手紙を送るように言ったのだろ

う。ここ二三日、ルミールとともに戦場を駆けずり回ったが、城へと行ったことはない。最前線の陣地を敵の攻撃をかいくぐるように、駆けずり回ったのだ。それが唐突に、城行き。


 しかも、ライザー少佐の陣地に訪れたとき、ちょうどよかった、とでもいえる感じに手紙を今から書くのでこいつを届けて欲しいと頼まれたのだ。ほんとうに急ぎの何か戦況を変えるような手紙なのかもしれない。わざわざアルテンハイム城防衛のすべての指揮を行っているバッカス中将を名指しするほどに。


 まあといってもそんなことを考える必要はない。俺の役目は届けること。


 どんな場所にも、迅速に。それが俺の役目。


 丘を越えるとアルテンハイム城が見える。あともう少し、と思った瞬間、その時、俺は愕然とする。

 

 アルテンハイム城から炎と煙が上がっていた。


 ルミールの足をつい止めてしまう。


「アルテンハイム城が攻撃されている?!」


 有り得ない、そう思ってしまう。なぜこのようなことが起こっているのか。敵は陣地で押しとどめているはずだ。アルテンハイム城が襲撃されるわけがない。


 わけがわからない。そもそもアルテンハイム城が攻撃されているならば、陣地にも情報がくるはずだ。なぜその情報が来ないのか、来ていないのか。


 俺がパニック状態になっていると、ルミールの甲高い声が聞こえる。その声は俺が危ないことを示すものであった。パニック状態の頭で、そのルミールの声にほぼ反射的に反応する。ルミールを走り出させる。その時、先ほど自分たちがいた場所に矢が飛んでいた。


 敵の攻撃だ。俺はルミールをさらに加速させる。「助かった」とルミールに声をかけて。


(考えるのは俺には必要ないことだ。やるべきことをなす)


 俺はすぐさま腰につけている筒に魔法で火をつけ、それを持ったまま腕を空に伸ばす。すぐさま筒から煙があがる。赤い煙が。

(緊急時の発煙筒。これでおそらく、前線の連中に伝わる)


 後方で、この煙があがる。これが見えれば、敵がこちらに展開していることが伝わるはずだ。それにおそらくだが、ライザー准将は予見していた。攻撃されることを。となればすぐにでも対応をとるはず。とれるかどうかは別として。


 俺が戻って伝えてもいい。だが、きっとこの手紙を届けること。これを優先したほうがいい。そのはずだ。そう俺の長年の勘が告げていた。


 ルミールを力いっぱい走らせる。矢は矢継ぎ早に飛んでくる。それをかわしながら、アルテンハイム城をまっすぐ目指す。


 アルテンハイム城の城門は開いていた。しかも、死体が転がっていた。ほとんどがわが軍のものであった。

 

 俺はルミールを突っ込ませる。アルテンハイム城内はわが軍の死体がほとんど転がっていた。俺はただまっすぐバッカス中将がいるであろう場所へと向かう。


 アルテンハイム城内をルミールでかける。こんなことになるとは思わなかった。しばらくして、戦闘音のようなものが聞こえる。音が聞こえるほうへと向かう。


 音のなる場所では、わが軍の兵士が黒衣の集団と戦っていた。なんだあの集団は?と思っていると、黒衣の集団の何人かがこちらを向く。俺はまずい、と思いながら、すぐさまルミールをさらに加速させ、黒衣の集団に突っ込ませる。


 黒衣の集団は突然の騎竜の突撃に動揺したようで、わが軍の兵士のところへと突破できた。よし、と思った瞬間、背中に痛みを覚える。矢が刺さったようであった。俺はルミールから転がり落ちる。


「大丈夫か」


 兵士の一人が俺に近づき声をかける。俺は体中から徐々に感覚を失っていく感覚を感じていた。おそらく、あの矢には毒があったのだろう。俺は近づいてきた兵士にライザー准将から預かった筒を渡す。


「ライザー准将からだ。バッカス中将に届けてくれ」


 俺は震えた声で言った。兵士は頷き、わかったと告げ、すぐさまその場を去る。素早い判断で、おそらく精鋭の兵士だろうとぼんやりと思う。兵士たちは戦っていた。俺に余裕を避けるような人物はいないようであった。徐々に視界がぼんやりとする。


 ぼんやりとする視界の中、近づいてくるルミールが見えた。ルミールは俺が怪我をしたときや、落ちた時に出す少し低いゴロゴロというような鳴き声を上げていた。俺を心配する鳴き声。


「ルミール」


 俺はルミールの名を呼び、ルミールの足をなでる。ルミールはいつもの嬉しそうな鳴き声を上げるが俺の様子を見て、すぐに悲しそうな瞳をして鳴き声を悲しそうなものに変える。どうやら俺が死んでしまうのをわかったようであった。


「ルミール、お前は最高の騎竜だ。最高のやつだ」


 俺は絞り出すように声を出す。


「最高の家族だった。ありがとな」


 ルミールが顔を近づけてくる。押し付けてくる。体からどんどんと力が抜けていく。ルミールをなででやりたいのに、一度地面に落ちた腕がもう上がらない。


「幸せにな。ルミー、、、、、ル」


 俺の視界が真っ暗になる。最後に見えたのはルミールで、最後に聞こえたのはルミールの鳴き声。ルミールの背では死ねなかったが十分だろう。


 惜しむらくは、いや、悔しいのはルミールを置いて死ぬことだ。こんなよくわからない状況の中に。


 だからこそ、願うのだ。ルミールの幸せを・・・


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)名も無き人が本物の主人公と言える主人公になったかのような演出というか作風そのもの。 [気になる点] (´・ω・)ルミール……これからどうなるのだろう…… [一言] ∀・)新着短編より…
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