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刀で物語れ!  作者: お一
5/14

  〃  -Ⅱ

「強盗にしては働き者だな、あんた」

 雨中とはいえ昼である。昨夜は自分を狙った強盗の首領の顔も、よく見えた。

 まだ若いようだが、頬に刀傷があり、眼光の鋭さは並々な人生で培われるものではなく、凄味があった。


「あの人の刀を狙ってか。耳も早いし、これを好機にと二つ分盗んでみるか?」

「なにが好機なもんかよ。この面を見な。お前らに比べれば、悪党の顔した悪党の方がよっぽど可愛らしいもんだ」

 苦々しく笑う男は、倒れた仲間を見ていた。

 右肩を斜めに斬られている。血の量を考えれば、もう絶命しているだろう。


 二人の仲間は首領の周りで刀を抜いているものの、腰が高い。逃げずに踏み止まっているのは首領の怒りを買うのが恐ろしいからなのだろう。

「人様の大事なものを掻っ攫おうとする悪党に、可愛げもくそもあるかよ」


「おい、説得力がねえぞ」

 状況も忘れて怒鳴った。

 構図だけを見れば、不幸にも女の身ながら名刀を差したがために分別のない無頼漢に襲われた女を颯爽と助けに来た剣客なのだが、その当人は死体の傍に屈んで柄を握った指を解いていた。


「まったくつくづく妙な奴らに出遭っちまったもんだ」

 また死体は固まっていないようだが、それでも死の直前まで握っていたものを外から解くのは簡単ではない。なんとか死体の手から刀を引き剥がしたが、首領はそれまで待ってやった。

 腰に両刀を帯びた男がわざわざ死体から刀を剥ぎ取るのも解せないが、それ以上にその熱心な手つきが他人事に思われなかった。


「高名な師匠が草葉の陰で泣いてるぜ。弟子が浮浪みたいに死体から剥ぐなんざ」

「死んだ奴はもう泣けねえよ。それより、女を相手に四人がかりとはあまりにも不逞な輩。見過ごせねえ。ここはこの斯波ヤクロウが相手になる」


「目ん玉ちゃんと二個ついてんのか! 強盗稼業で飯を食ってきた連中が、小袖姿の女一人に圧されてんのが見えねえのか!」

 確かに、気にはなる。


 三人が既に剣を抜いていて、一人はもう絶命している。女は差していた筈の傘を転がして抜き身を下げているが、返り血の一つもない。異様な光景だった。

 が、細かいことを考えるのは苦手である。物事の図式は単純であればあるほどいい。

「ええい、うるさい。言い訳無用だ、義によって助太刀する」


「助太刀なら、助けてもらいてえのはこっちの方だ」

 べ、と唾を吐いて刀の柄に手を掛けた。

「おいこいつ、脂が浮いてるぜ。もっとこまめに手入れさせとけよ」


「そいつは冥土で忠告してやってくれ」

 ぎらりと抜いた首領の刀は、身幅が厚く反りが浅い。裏稼業の男に相応しく野卑だが、逞しくもあった。何気ない構えで切っ先を向けているが、雨の中を揺るぎもしない様子は探るまでもなく手練れと知れた。


「クロウさんはそっちをお願いします」

 真剣な口調だが、一人で三人も相手取らせる気かと苦情を言おうとした時、背中にリンの背が触れた。

「私はこっちを止めます」

 顔だけを向けて見てみると、リンが腰の十手を抜いて女に対峙していた。


「え、なに? なんで? 助けに入ったのに?」

「あれに敵も味方もありませんよ。抜いてしまったら後は動くものがなくなるまで斬るだけです」

 刀が人を殺めるなど当たり前だろうとは思っていたが、そういう意味だったとは。


 見ると、どことなく白小袖の女は虚ろな表情をしていた。

「おいおい、どんな怪談だよ。いっそのことあの刀自体、狐か狸だったってことにならねえか?」


「過ぎるほどに凄い人が、度を越した情念を込めると魔力を帯びるということです。特に用途が特化した品だと、よりそうなりやすい。もうほとんど妖ですよ」

 とはいえ、意識を失っているわけでも操られているわけでもない。リンは後に語った。


「あれはね、人間の指向性を傾けているだけなんです。本来結びつかない感情や意思を、人を斬るという行為に直接結びつけているんです」

 ヤクロウなどには判らないが、どちらも止めねばならない。


「相談は済んだかい? 年端もいかない娘を斬るつもりはねえが、そっちにやられるのを止める義理もねえ。せいぜい気張るんだな。あんたが仏になったら守っちゃやれねえぜ」

「おめえ、役者にでもなったらどうだ。固定の客がつくだろうってくらい、いい悪役だ」

 半歩間合いを詰める。


「この面相じゃあな」

 二人の距離は三間(五メートル半)。互いの得物は二尺五寸(七十五センチメートル)前後。互いに正眼に構えれば、二歩で触れられる間合いだった。


「武運を」

「お互いにな」

 一瞬だけ背を預け合った二人が後ろに揺すり、励ますように背中で背中を叩いて踏み込んだ。


 ヤクロウ、武芸の修行で半生を送ったが、未だ人を斬ったことはない。対する刀傷の男は腰の引けた手下の二人を黙殺し、どっしりと構えた様子から、刃傷沙汰には慣れていそうだ。

(これじゃあ、俺の方が役者が足りねえや)

 苦笑して、刀を振りかぶる。


(こいつ、バカか?)

 思わず刀傷の男は訝しんだ。

 相手の呼吸を測らず、また、自分の呼吸を測らせないうちの打ち込みなどやぶれかぶれといって過言でない。窮した末ならいざ知らず、未だ一合も剣を合わせないうちからこの様とは、素人の狂乱ではないのかとさえ思った。


 だが、戦う時の心得だけは、師匠が真剣を以て嫌というほど叩き込んでくれた。

 刀で人を斬る時、それが反射でのことではなく目と手と心を以てする場合、思い切って踏み込まねばならない。


「物打ちで斬れ」

 というのが教えだった。そういう心構えでなければ、己の臆心が踏み込みを浅くして刀が届かない。

 そして刀を振り下ろす速度は腕の筋肉の発達で決まる。即ち、これまで何度棒振り稽古をしてきたか、である。


「っ!」

 早かった。とても素人のそれではない。電光のように落ちてくる白刃を辛くも頭上で受けたが、腕が痺れた。

 ぴしり、と刀傷の男の鍔が鳴った。打ち込みの強さで亀裂が入ったらしい。


(これでもまだ・・・・・・)

 浅いのか、とヤクロウは自分でも驚いた。気持ちとしては体をぶつけるほどに踏み込んだつもりだが、実際は二歩必要なところの一歩半であった。

 ただ、路上に溜まった水が踏み込んだ足で跳ね上がった。足先を濡らす程度の筈の水が胸の高さにまで跳ね上がった様子が、その強さを物語っていた。


(なるほど、こいつは・・・・・・!)

 と、刀傷の男は見直す思いで手首を返し、受け止めた刃を滑らせるようにして弾き、同時に、

「むん・・・・・・!」

 半歩踏み込むと同時に胴を薙いだ。


 勝ったと思った。というよりも、勝てなければおかしい。相手の刀を上へ弾いた直後の左胴への一撃である。防ぐ筈の刀は腕ごと頭の上にある筈だから、曲芸師でもなければ避けられる筈もない。きちんと、物打ちで斬れるほどに肉迫している。


 肉を斬り、骨を断つ鈍い音が雨音に混じる筈だった。が、その予想に反して聞こえてきたのは一瞬聴覚を失わしめるほどに鋭い金属音だった。

「なんて馬鹿力・・・・・・!」

 刀傷の男が跳び退いて刀を引く。


 ヤクロウの切っ先が降りていた。腕ごと跳ね上げられた刀を手首を返して真下に落とし、その刃で胴薙ぎを防いでいた。

 尋常な膂力ではない。半生を棒振りに捧げた筋骨があって初めて出来た芸当である。


「ちぃ・・・・・・!」

 が、何度もやれない。というよりも無理な角度で受け止める芯となった左腕の筋が痛んだ。一瞬わき腹まで駆け抜けた鋭い痛みに思わず顔をしかめた。

「おい、その刀を返しな」

 刀傷の男は、退いた間合いで剣を収めていた。


「うん?」

「退いてやるから返せと言ったんだ。そのうち役人が駆けつける。俺たちはここで引き上げるから、その刀を返しな。そいつの形見になったものだ」

 地に臥して、無残にも雨に打たれる死骸を見る。なんだか儚くなって、柄を向けて投げた。


「お人好しめ。そう素直に恩に着る阿呆が居るかよ」

 刀を受け取って苦笑した。確かに、適当に長引かせて役人と協力すればこちらの有利である。寧ろ恩に着せるのはこちらの筈だ。

「妙な縁だ。もう続かないことを祈るぜ」


「こいつは諦めるのか?」

 ぴん、と自分の腰の刀を指で弾く。

「ああ。もういい。あんたから奪うと寝覚めが悪そうだ。だがそっちの女のは意地でも盗る。死んだこいつのためにな」

 無駄に男ぶりのいいことを言って、手下の二人と背を向けて駆け去った。


 息を吐く。神経が尖っていて、雨の感触は勿論、触れる着物の感触さえ鬱陶しい。強盗が相手だから命を懸けた真剣勝負とは少し違うのだろうが、負ければ死ぬのには違いない。事実、あの胴薙ぎにやられていてもおかしくなかった。


 そのことを自覚すると、全身から汗がどっと噴いた。自分を濡らすのが雨なのか汗なのかももう判らない。額を滴る水が目に入ってから、我に返った。

「リン、そっちは・・・・・・」


 別に心配はしていない。要領の良さは自分などとは比べ物にならないし、あの齢と体躯に似合わず、リンの捕り方としての腕前はたいしたものなのだ。

 が、そこには女の白刃を十手で受け止めたまま、動けなくなっている姿があった。


「おいおい、リンで手こずるのかよ」

 これでは役人など、何人いても問題にならないだろう。

「そっち、終わり、ました・・・・・・?」

 女の細腕とはいえ、振り下ろされた白刃を受け止めるのも、押し切られずに踏ん張るのも体力を使うのだろう。搾り出すように言った。


「仕方ねえか」

 斬るか、と思った。当然だった。蕎麦屋で顔を見ただけの女と旅の道連れなら迷う理由すらない。リンが止められないのなら、自分が助太刀したところで捕縛は難しい。抑えている間に後ろから斬ってしまう方が手っ取り早い。

 鯉口を切ろうとして、躊躇した。


(果たしてこいつで・・・・・・)

 いや、もうこの際鞘ぐるみ引き抜いて頭を殴る方が手違いもない。そう思い直して背後に回ろうとした時、

「クロウさん!」

 声が掛かった瞬間、跳び退いた。狙いをこちらに変えたかと思ったが、逆だったらしい。


 十手で抑えていた筈の刀から急に力が抜けたらしく、絡め取った刀を弾いた。女は、膝をついていた。

「え、何事?」

「どうも、抜身が見えなくなって安心したみたいです。この人、根っからののんびりさんですね。普通、刀を抜いたらそのことで昂奮するものですが、襲ってくる人が居なくなったらもうそれで気が抜けたようです」


 リンの分析はよく判らなかったが、とにかくもう心配ないらしい。

 が、膝をついた女は違う意味で心配だった。顔に生気がなく、息も細い。このまま失神してしまいそうだった。

「憑かれてますね」

「まあどうやったか知らないけど、女の細腕でここまでやったら疲れるだろうけど」


「そっちじゃありませんよ」

 女をリンに任せて、ヤクロウは死体に歩み寄る。仰向けにして、傷口を見た。

 ぞっとした。思わず女に視線を向けた。


(これを、この人が・・・・・・?)

 疑わずにはいられないほど、見事な切り口だった。肩口から振り下ろされた刃が鎖骨と胸骨を断ち割って胸まで届いている。間違いなく一撃で絶命しただろう。


 その手腕だけでも疑いたくなるのに、相手は据え物ではないのだ。刀を抜いて襲い掛かってきたところを、打ち込まれるよりも早く斬った筈だ。そんな芸当、とても自分に出来るとは思えなかった。

「立てますか?」


 か細い息を吐く女の腰に、刀を返す。肩を貸してやりながらも、その手に未だ十手を握っているところを見ると、警戒は解いていないようだ。


「ありがとう、ございます・・・・・・」

 蚊の鳴くような声で手を取って立ち上がる。少しふらついてはいるものの、疲労が濃いというだけでどこか傷んだり病んでいる様子ではない。


「送ります。お住まいはこの辺りで?」

 手先というのは、要するに同心の手助けをするために雇われた市井の人間だが、この娘はその暮らしも長いらしく、賢い。一見親切心だが、この並々ならぬ女の居所を知っておくための提案であった。


「あ、はい・・・・・・どうも、何から何まで・・・・・・」

 雨音に紛れそうなほど小さく言った後、小腰を屈めた。

「本当にそろそろ役人が来る。面倒だし、行くなら行こう」


 捨てた傘を拾うが、三人ともこれほど濡れてしまっては意味がないだろう。そう思うと、肌に張り付いた女の小袖が体の線を浮き彫りにして、ひどく艶めかしい。思わず顔を反らして、さっさと歩きだした。

「初心ですねえ。これ幸いとたっぷり見てしまえばいいのに」

 リンが笑っているのが聞こえる。思いっきり舌打ちをしてみたが、効果はあるまい。


「あの・・・・・・そちらでは・・・・・・」

「こっちだそうですよ。囮は要らないのでさっさと戻ってください」

 顔を背けたまま戻ってきて、また追い越して行ってしまう。その様子がおかしかったのか、女はようやく笑ったようだった。


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