〃 -Ⅱ
リンがカンエモンの元へ戻ったのは、既に午の刻(午前十二時近く)を過ぎていた。顔色は変わりないようだが、なんとなく元気がない。
「どうした?」
利発なこの小娘も、年相応なところがある、とどちらかと言えば安堵したような気分で訊いてみた。リンは簡潔に、
「私は少し言い過ぎるみたいです。嫌われてしまいました」
ああ、とカンエモンは察した。この年頃ならば然もあろう。明敏な頭脳が故に、理屈の正しさにばかり気を取られて他人の心への配慮を忘れる。ありがちな失敗である。
「お連れの武士か。別れたのか?」
「いえ。まあ嫌われようがどうしようがついていきます」
健気な、と思ったが実際は心情ではない。極めて合理的な理由である。刀が欲しいのだから刀の所有者を見失うわけにはいかない。
「気を落とさんことだ。そうだ、なんなら儂が話そうか。大の男がなにを言われたにしても娘を突き放すなど情けない」
リンはにべもなく断った。迷惑なだけでなく不快でもあった。若輩だからと侮ることなく対等に見てくれるヤクロウの方が好きだった。
「もう寝ます。明日からのことはまた考えればいい」
「上分別だ。なあに、人と人とのことだ。揉めるくらい何度でもある」
この男は状況が好転しそうだから機嫌がいい。軽く嘆息して、部屋の隅の布団に丸まって眠った。
少し寝坊をして、遅い朝食を摂っている時に、騒ぎが耳に入った。
「まさか!」
箸を捨てて走り出し、河原の死体を見た。アヤメではなかったので幾らか救われた気分だった。カンエモンもほっとしたようだ。だが同時に、
「これを、あの者が?」
信じられない、と呟いた。リンはそれには構わずに、
「白い小袖の、刀を差した女の人はどこへ行きましたか?」
役人は迷惑そうな表情で、知らん、と答えた。縁者でないのなら迷惑なのだろう。犬を追うように追い払われた。堤防へ上がると、少し忙しい。
「・・・・・・アヤメさんを捕まえるようですね」
「なんと?」
「先に行きます。カンエモンさんは事情を話してお役人を止めてください。無駄に死体が増えるだけです」
「こ、これ・・・・・・!」
止める間もなく、リンは走り出してしまった。刀の由来とそれを取り戻そうとしていることを話せば、役人とて厄介を負いたくはないだろうから止まるだろう。
町を走り抜ける。先頭の役人を張り倒す勢いで訊くと、町外れの一本杉の原に行ったという。
(自分で、果たして止められるか・・・・・・)
自信はなかった。あの時、ヤクロウと背中合わせで受け止めた時は、反射に任せての奇跡だった気さえする。
しかし、放ってはおかれない。あの刀も、主目的でこそないが目当ての一口には違いない。覚悟を決めて野っ原へ出て、少し傾斜した地面を登った。
老杉が見える。枝葉を四方へ伸ばした大木が見下ろすようにそびえ立つ。その傍に、白い姿が見えた。
(・・・・・・っ!)
幽霊のように佇む女に、自分とは逆方向から近づく影がある。
緋色の袖なし羽織が見える。両手をだらりと下げたままの、気負いのない様子で歩み寄る。
「クロウさん」
リンは立ち止まった。手出しは邪魔であろう。ヤクロウが斬り倒されたら素早く捕縛出来るよう、十手を懐から取り出して右手に持ち、左手で腰に釣った縄を掴んだ。
その後ろに、カンエモンが追いついてきたようだ。




