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刀で物語れ!  作者: お一
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止まない雨の下で-Ⅰ

 雨中を奇妙な男が走っていた。

 笠も蓑もなく、羽織も袴もぐっしょりと水を吸って重く、わら草履が水を跳ね上げるとそのまま足を取られそうになる。腰に大刀と脇差を提げていながら、抜身の刀を右手に駆けていた。


 雨脚は強い。陽も暮れてきた。既に百メートル先を見るのも難しく、額から滴り落ちた雨粒で目が潰れそうだった。

「おわっ!」

 転びそうになって、橋に差し掛かったところだと気がついた。


 造りのしっかりした板橋の欄干に縋るように立って、息を吐く。そろそろ撒いただろうかと振り返った時、三人の男が取り囲んだ。

「さて、そろそろ諦めたか?」


 雨除けの蓑を被った男たちが一斉に抜き連れて、切っ先を向けてくる。

「こっちは、酒も煙草も止めたくなるくらい走ったってのに、平気で追いつくなよ。傷つくぜ」

「こっちは蓑も笠もあるんでな。まあ、雨の備えの悪いそっちの不明だよ」


「よく言うぜ。弁償しろよ、そこそこいい笠だったんだ」

「おい、確かめようがないと思って大嘘こくんじゃねえ。あんなもん、明らかに国境の土産物屋で急ごしらえに調達した安物だろうが」


 へ、と鼻で笑い飛ばしながら抜身の真剣を構える。

 とはいえ、息も切れているうえに三人が相手では勝ち目がない。どうするかと考えた時、雨音に混じって川の音が聞こえているのに気がついた。


(・・・・・・浅いかどうかだな。まああんまり高くはなさそうだ)

 川に飛び込んで下流へ逃げたいところだが、背中を見せればすぐに斬りかかるだろう。それまでをどう凌ぐかが問題である。

 思い切って剣先を横へ流し、左籠手を空けてみた。反応して踏み込もうとするのを、頭目らしい男が止めた。


「安い誘いだ、乗るんじゃねえ。じりじり行ってやんな。そのうち観念するさ」

 読まれている。すっと剣先を戻した。

「なあよく考えろ。こっちは死体から剥ぎ取ったいいんだ。刀のために命を張るこたぁねえだろ。腰のものを鞘ぐるみ渡してくれれば、盗賊稼業の男っぷりで手を引こうじゃねえか」


「こんな鈍らのなにがいいのか、ちょっとま起こりから説明してくれよ」

「三味を引いちゃいけねえ。あんたも判ってるから抜かないんだろう? それと、息を整えようってのも無駄な算段だ。あんた、頭はよくなさそうだし、下手の考えなんとやらさ」

 ゆっくりと囲みが閉じていく。退がってみるが、背中が欄干に当たった。


「旅人でも死人が出ちゃ役人がうるせえ。さっさと渡すのが利口だぜ」

「けっ、こんな鈍らに思い入れもくそもねえが、お前らみたいな強盗風情に物を呉れてやったなんて師匠が聞いたら、草葉の陰で哭く・・・・・・いや、飛び掛かって怒鳴られちまうわ」

「そら、口が割れた。やっぱりそいつは斯波ノブテルの佩刀だな」


「こんなもんがそんなわけもねえだろ、介錯も出来かねる鈍らだよ」

 目の前に白刃が迫る。もしも窮地を脱するとすれば、その白刃を振りかぶった瞬間だろう。が、斬りかかっても突きに入っても、その体の崩れに残りの二人が殺到するだろう。


(ふむ、こりゃ相当まずいね)

 たかが強盗風情と侮ったものの、よくよく考えると盤上遊戯で言うところの積みに近い。どうしたものかと二つの切っ先を見つめていたところ、


「んぐっ!?」

 頭目らしい男が呻いた。同時に、金属が板橋に転がる音がして、コロコロと回っている。

 そう思った時には既に中空に身を躍らせ、川に逃げていた。その直前に、手にした白刃を反応しかけた一人に投げつけるおまけもつけて。


「銅銭?」

 足元のそれを拾い上げたのは、この暗闇ではもう追えないと察したからだ。

 事実下の川は成人男性の腰まではある深さだから、流れに身を任せて下流に逃げられると追いようがない。

 それよりも、まったく別の方向からこの銅銭が飛んできたということが大事である。


(仲間が居たのか。そういえば、樹間に消えた影があった気がする)

 しかし、だとしたらなんという大胆さだろう。意識があの男一人に集中していたのだから助太刀の好機など山ほどあったろうに、最低限の労力で最大の戦果である。余程場馴れした仲間が居たらしい。


「どうします・・・・・・」

 不安げな顔で、手下が訊いた。


「どうもこうもあるか。とっとと退くぞ」

 夜の雨中とはいえ、灯りを手にして橋上で騒げば誰かが不審に思うだろう。役人にでも通報される前に撤退するべきだった。


(仲間の方がえげつねえな。的確に目の上を狙ってこんなもんを投げやがって)

 抜け目なくそれを懐に入れる。一枚ではうどんも食えないが、捨て置くのも憎らしい。大魚を逃した立場の筈だが、なんとはなしに清々しい気分なのが、頭目自身も不思議だった。


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