9話 完敗
「ココア、今!」
「……」
「ココア?」
「……あっ!?」
二度、声をかけるとココアがぴくんと動いた。
ただ、すでに試験官は弾かれた剣を拾ってしまっている。
「ご、ごめん……まさか、最初の一撃でなんて……」
「いいよ、気にしないで」
「いやあ、惜しかったな」
試験官がニヤニヤと笑う。
「おじさん、ちょっと油断してたよ。微妙な受験生ばかりだと思っていたら、まともなのもいるんだな。でも、もう油断はしないぜえ?」
「うぅ……リアン、本当にごめん」
「大丈夫。もう一回、同じことをやればいいんだから」
「え? で、でも……」
「おいおい、おじさん、舐められてる? さすがに、もう奇襲は通用しないぞ?」
「通じるか通じないか、その剣で確かめてください」
「……言うね」
試験官が初めて剣をまともに構えた。
笑みが消えて闘気が放たされる。
俺も剣を構えた。
――――――――――
試験官は剣を構えて、リアンの動きに注視した。
(おそらく、この少年はスピード特化だ。高速移動と高速の斬撃で相手を翻弄して、隙を作る。そして、しっかりと相手を討つ。そんなタイプだろう)
そんな分析をした。
事実、さきほど剣を弾かれてしまったものの、『重さ』は感じなかった。
なら問題ない。
無様な姿を見せてしまったものの、リアンの手の内を暴くことができた。
スピードタイプだというのなら、それに合わせた動きをすればいい。
試験官はベテランの冒険者でもあるため、それこそ、風のように動く魔物と戦ったことがある。
なにも問題はない。
問題はないはずなのに……
「いきます」
「おう、こいこい」
「次は、ちょっとだけあげていきます」
「……なんだと?」
ふっと、リアンの姿が消えた。
いや、消えたのではない。
予備動作なしで超高速で動いたため、目が追いつかないのだ。
(バカな!? さっきのが本気じゃなくて、まだ上があるっていうのか!?)
試験官は動揺するものの、どうにかこうにか落ち着いて、リアンの気配を探る。
(落ち着け。見えないとしても、ここにいることは確か。幻じゃない。なら敵は……)
「ここだぁ!」
試験官はその場で反転して、後ろに向けて剣を振る。
そこにはリアンの姿があった。
ジャストタイミング。
試験官の剣はリオンを捉え……ない。
「もう一段階、あげますね」
「これでも本気じゃない!?」
再びリアンの姿が消えた。
次の瞬間、真横に気配を感じる。
しかし、反応はできず、足払いで転ばされてしまう。
「こ、このぉっ!!!」
すかさずココアが飛び込み、双剣を放つ。
目の前に迫る斬撃を見て、
(おいおい……今年は面白くなりそうだな)
試験官はニヤリと笑うのだった。
そして、彼を衝撃が襲う。
――――――――――
「や、やった……?」
試験官に一撃を入れたココアは呆然としていた。
自分の武器を見て、倒れている試験官を見て、それからこちらを見る。
みるみるうちに笑顔になって、
「やった、やった! やったぞ、リアン!!!」
「うわっ」
思い切り抱きつかれてしまう。
「あははは、本当にやってしまうなんて。すごいな、リアン! あたし達、やったんだ!」
「うん。でも、だいぶ手加減をしてもらっていたね」
「え?」
「え?」
ココアが驚いて、なぜか試験官も驚いていた。
「すごくゆっくり動いてもらっていたから、剣を弾きやすかったんだ」
「いや、俺は……」
「大人が本気で戦うわけないし、手加減をしてくれていたんだよ。でなければ、そんな大人げないことするわけないし」
「うぐっ」
「俺は、まだまだダメっていうレベルだから、普通にやっていたら勝てなかったと思う」
「そう、かな……? 普通に圧倒していたような……」
ココアは納得いかない顔をしていた。
なぜか、試験官も納得いかない顔をしていた。
「でもまあ、試験は合格だ! よしとしよう!」
「あ、うん。そうなんだけど、それは嬉しいんだけど……」
「どうしたんだ?」
「えっと……離れてくれると嬉しいかな。こうしていると、色々と……その」
「……にゃ!?」
ココアはみるみるうちに真っ赤になり、尻尾をピーンとさせつつ、飛び上がるようにして離れた。
「……えっち」
「俺のせいなの!?」
「あ、ううん。ごめん……あたしのせいだよね。嬉しくて、つい……」
「謝らなくていいよ。嬉しい、っていうことはわかるから」
「それにしても、やっぱりリアンは強いんだな。まるで動きが見えなかったよ」
「運が良かっただけじゃないかな?」
自分が強いという認識はない。
だって、ティア姉とフィアはもっともっと強い。
訓練を積む中、何度も模擬戦をしたけど、結局一度も勝てなかった。
俺はまだまだだ。
だからこそ冒険者学校に入学して、しっかりと学んでいきたい。
「やれやれ、まさかおじさんが負けるとは」
「次、お願いします」
「……どういうことだい?」
「俺はまだ一撃を入れてませんから」
「おじさんを殺す気かな? っていうか、そんなのいいから。少年も少女も合格だよ、合格」
「え、でも……」
「ここまでの力を見せておいて不合格とか、他にも試験を受けてもらうとか、そっちの方がありえないから。文句なしの合格だ」
「おぉ」
これでいいのかな? と思うところはあるけど……
でも、合格できたことは素直に嬉しい。
「「やった!」」
俺とココアは喜びのハイタッチを……
「ちょっと待った!」
ハイタッチをしようとしたところで、第三者の声が乱入した。
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