6話 理由なんていらない
茂みが揺れて男性が姿を見せた。
歳は三十前後だろうか?
締まりのない表情に、そこそこに伸びた髭。
顔だけ見ると、どこにでもいるような普通の人だ。
でも、普通の人は全身に武器を忍ばせたりしない。
一見すると普通の服だけど、彼が動く度にわずかな金属音がする。
おそらく、服の下に武器を隠し持っているのだろう。
「あなたは?」
なんだか嫌な感じがして、反射的にココアを背中にかばい、静かに問いかける。
「俺はしがない冒険者さ。ちょっとした依頼を受けて、その嬢ちゃんを追いかけていたんだよ」
「ココアを……?」
知り合い、と目で問いかけると、ぶんぶんと顔を横に振られた。
ココアは、シャーと牙を出して男を睨む。
「こいつは敵だ。あたしの肉を奪おうとしただけじゃなくて、いきなり攻撃したきたんだ。それに、肉を奪おうとした」
肉の恨みは深いようだ。
なにはともあれ、敵か。
「実は、その嬢ちゃんは家出娘でね。連れ戻してほしい、っていう依頼を請けたのさ。なので、渡してくれないか?」
「断る」
「おいおい、即答かよ。なんだよ、俺、疑われているのか?」
「端的に言うと、そうですね」
「ま、警戒されるのも普通か。ほら、冒険者カードだ」
男が提示したカードは本物のように見えた。
ただ、例え男が本物の冒険者だとしても、ココアを渡すつもりはない。
「冒険者だとしても、そうじゃないとしても、彼女は渡さないよ」
「それは俺の邪魔をする、ってことでいいのかい?」
「うん、そうだね。邪魔をするよ。いきなり攻撃をしたとか言うし、信じられない」
「冒険者よりも、身元のわからない獣人を信じると?」
「俺にとって、ココアの方が何倍も信じられるよ。ココアはいい子だから」
「……リアン……」
ココアはちょっと頬を染めて、キラキラとした眼差しでこちらを見た。
「はあああ……ったく、面倒なことになったな」
男はがしがしと頭をかいて、
「……力付くで奪ってもいいんだぞ?」
凍えるような冷たい目をして、鋭い殺気を飛ばしてきた。
――――――――――
男は冒険者だ。
その言葉に嘘はない。
ただ、全てを語っていない。
男は冒険者ではあるが、冒険者としての活動はほぼほぼしていない。
代わりに色々な犯罪に手を染めていた。
強盗、傷害、誘拐……犯罪のオンパレードだ。
最近は人身売買に手を染めていた。
中でも獣人の少女はいい『商品』だ。
好事家の貴族に高値で売れる。
だから男はココアを襲い、誘拐しようとした。
リアンがいたため、適当に嘘をついてごまかそうとしたが、それは無理だった。
なぜか怪しまれてしまい、かばわれてしまう。
リアンが男の正体になんとなく気づいたのは理由があった。
姉妹の影響だ。
最強の冒険者として活動する姉妹と一緒にいると、自然と感覚が研ぎ澄まされていく。
悪意や殺気などを感じ取れるようになるのだ。
故に、リアンは男から漏れる悪意を見逃すことはなかった。
「今なら見逃してやる、そこをどけ」
男が殺気混じりにリアンを睨みつけるが、効果はない。
それも当然だ。
姉妹による地獄の特訓を潜り抜けてきた。
なによりも、訓練で姉妹と何度も戦ってきた。
彼女達に比べたら男の放つ殺気なんて子犬が吠えているようなものだ。
しかし、そんなリアンの態度が男を苛立たせる。
男はBランクの冒険者だ。
冒険者としての活動はほぼほぼしていないが、腕に自信がある。
この前、いつものように仕事をしようとしたところ、邪魔をしたCランクの冒険者をまとめて皆殺しにした。
ランク差があるとはいえ、複数を相手にしたら普通は勝てない。
しかし、男は圧倒してみせた。
それなのに、リアンはまったく怯まない。
苛立つ。
「あー、そっか。わかった。なら……」
男は地面を蹴る。
「死ねや」
袖に隠していた短剣を手に取り、リアンに突撃する。
その懐に入り込んで、喉を一突き……
しようとしたところで男の視界がぐるんと回転した。
「がっ!?」
背中に激しい衝撃。
気がつけば男は空を眺めていた。
「な、なにが……?」
「いきなり斬りかかってくるなんて危ないな」
そう言うリアンは男を見下ろして……
そして、その底の知れない瞳に、男はゾクリと背中を震わせた。
――――――――――
「てめえ……!」
男は諦めてくれない。
すぐに起き上がり、再び短剣を振る。
でも……
(なんだろう、これ?)
遅い。
とても遅い。
スローモーションのように、ハッキリと軌道を見ることができる。
ああ、そうか。
納得だ。
「ちょっと刃物をちらつかせれば逃げると思った?」
「……なに?」
「でも、残念。俺は冒険者を目指しているから、そんなことじゃ怯まないよ。つまらない脅しになんて屈しないからね」
「つ、つ……つまらないだと!? この俺の攻撃を、つまらないと、そう言ったのか、てめえ!」
なぜか男が激怒してしまう。
いや。
本当になぜだ?
「死ね!!!」
「うーん」
男は連続で突きを繰り出してきた。
でも、やっぱり遅い。
手加減をしてくれているのかな?
でも、悪党がそんなことをするわけがない。
ならこれは……
「そっか。あなたは『三下』っていうヤツなんだね」
「な、なにぃ!?」
「ティア姉とフィアが言っていたけど、黒い虫のようにどこにでも現れて、でも大した力は持っていない。そういうのが『三下』なんだよね? なら、その遅い攻撃も納得かな」
「こ……こ……」
「こ?」
「コロス!!!」
さらに激怒した。
なぜだ?
「いい、リアン君? 『三下』を相手にする時は手加減をしたらいけないよ。あいつらはどこにでも湧いて、しつこく絡んでくるからに。しっかりと上下関係を叩き込んでやらないと」
「下手に逆恨みをされても困りますからね。だからこそ、徹底的に、究極的に、圧倒的に相手を支配するんですよ。とにかく全力で、です」
そんな姉妹の言葉を思い出した。
よし、全力だな?
なら……
「死ねぇえええええ!!!」
「いけぇ!!!」
男の刃を避けて、カウンターの拳を叩き込む……
つもりが外れてしまった。
実戦は初めてなので足が滑ってしまったのだ。
拳が男の顔の横を突き抜けて……
ゴガァッ!!!
その先にある木々を衝撃波で薙ぎ倒してしまう。
ついでに地面も抉れて、枯れ草が燃え上がっていた。
「……」
男は呆然とした様子でピクリとも動かない。
「まいったな、外れたか。よし、もう一回……」
「ごめんなさいっ!!!」
――――――――――
男は必死の形相で逃げていった。
悪党なら逃してはいけないけど、でも、ココアを放ってはおけない。
俺はこの場に残ることにした。
「ふぅ……ちょっと緊張したな」
外の世界は物騒だなあ。
「ココア、大丈夫?」
「……すまない。巻き込んでしまった」
「謝る必要なんてないよ。むしろ、一緒にいることができてよかった。どうにか追い払うことができたからね」
「でも、あたしのせいで……」
「言わないで。本当に気にしていないから。それよりも俺は、ココアとこうして知り合いになれたことの方が嬉しいな」
「……リアン……」
「それよりも、怪我はあいつが?」
「うん。逃げ出したら追いかけてきて襲われて……うぅ」
よっぽど怖かったらしく涙目になっていた。
猫耳もしゅんと垂れている。
「大丈夫」
「……あ……」
いてもたってもいられなくて、気がつけばココアを抱きしめていた。
「俺、よくわからないし、大した力を持っていないけど、がんばるから。ココアの力になれるように、がんばるから」
「……どうしてそこまでしてくれるんだ? あたし達、出会ったばかりだろう?」
「そうだけど……」
ココアを助ける理由を考える。
でも、どれだけ考えても単純な答えしか出てこない。
「特に理由はないよ」
「え?」
「助けたいから助けた、それだけだよ」
「……」
ココアが目を丸くした。
驚いているみたいだけど、そんなにおかしなことを言ったかな?
ややあって、にっこりと笑う。
「そっか。リアンは良いヤツなんだな」
「そうかな?」
「そうだ。良いヤツだ、あたしは気に入ったぞ。うむ」
「ところで、ココアはどこに?」
「王都だ。あたしは冒険者になりたいんだ! だから、王都にある冒険者学校の入学試験を受けようと思って」
「え、ココアも?」
「も、っていうことは……リアンも?」
「うん。俺も入学試験を受けるために王都を目指しているんだ」
「わぁ、奇遇だな! あはは!」
ココアはテンションが上がり、俺の手を掴んで笑顔を振りまいて、
「あっ」
自分のやったことに気づいて、赤くなって慌てて手を離した。
「ご、ごめん」
「どうして謝るの?」
「そ、それは、えっと……それよりもすごい偶然だな! あたし達、同じ冒険者見習いだ」
「よかったら、一緒に王都に行かない?」
「え?」
「ほら、旅は道連れって言うじゃない? ここで別れるのもなんだから、一緒に行こうよ」
「いいの……?」
「もちろん」
「あ、いや。でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。あたしと一緒にいると、また狙われるかもしれない」
「気にしないよ」
「あたしが気にするんだ」
「でも、一緒にいけば、また肉が食べられるよ」
「うっ……」
「獲物を狩ったら、好きな肉料理を作ってあげるよ」
「本当か!?」
「こう見えて料理は得意なんだ」
「おぉ」
「ただ焼くだけじゃなくて、香草と一緒に焼くとおいしいよ。あと、ちょっと寝かせて、特製のタレをかけるのもいいね」
「じゅるり」
「外だと簡単なものしか作れないけど、それでも、単純に焼くよりはいいよ。おいしいお肉を作ってあげる」
「わーいっ、楽しみだなー!」
とてもちょろい子だった。
でも、この素直さが彼女の魅力なのだろう。
「だから、一緒に行こう?」
「ああ!」
ココアは太陽のような笑顔を見せた。
それから俺の手を取り、ぶんぶんと上下に振る。
「よろしくな!」
「うん、よろしくね」
こうして、新しい友達ができた。
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