5話 旅立ちの日
半年後。
「よし、準備はこれでいいな」
動きやすい軽鎧。
右の腰に長剣、左の腰に小物を入れるポーチ。
両足首に短剣を忍ばせて、最後に大きな荷物袋を背負う。
旅の準備は完璧だ。
「いよいよこの時がやってきたのね……」
「うぅ、しばらくリア兄に会えなくなるなんて……」
「冒険者学校に入学しても、休日はあるみたいだから、その時にたくさん話をしようよ」
この半年、ティア姉とフィアにみっちり鍛えてもらった。
でも、それだけで冒険者にはなれないらしい。
冒険者を育成するための学校に通い、無事にそこを卒業すること。
そこで晴れて冒険者になれるのだ。
「……まさか、あの地獄のフルコースの特訓を半年で終わらせちゃうなんて。あれ、Aランクの冒険者でも裸足で逃げ出すようなコースだったのに。さすがに予想外だったわ」
「……おかげで予定が狂いましたね。本来なら私達も一緒するはずだったのに、リア兄があまりにも早く特訓を終わらせてしまうから、調整できませんでした」
「どうしたの、二人共?」
「「なにも?」」
なんでもないようには見えないけど……まあ、いいか。
二人は家族だけど、それ以前に女の子だ。
隠しておきたいことの一つや二つ、あるだろう。
「リアン君、財布は忘れていない? ハンカチは? ティッシュは?」
「学校は王都にありますが、道は覚えていますか? いざという時は、ちゃんと周囲の人に聞いてくださいね?」
「二人は心配性だなあ。大丈夫、王都に行くくらい、なんてことないから」
「ならいいんだけど……」
「それじゃあ……そろそろ行くね」
こうして二人と話していると、いつまでも旅立つことができない。
正直、俺も、ティア姉とフィアと離れるのは寂しい。
でも、男なのでいい加減独り立ちしないと。
寂しさは後ろに置いていこう。
そして、希望を前に歩いていく。
「じゃあ、行ってきます!」
「「いってらっしゃい」」
大事な家族に見送られながら、俺は初めての旅に出た。
――――――――――
ティアハートとフィアムーンは、リアンの背中が見えなくなるまでずっと手を振り、見送る。
「……行っちゃったわね」
「……行っちゃいましたね」
二人だけになって、ぽつりと寂しそうに言う。
これからしばらく、リアンが家に帰ってくることはない。
リアンは、ティアハートとフィアムーンの地獄のような特訓を半年で終わらせてしまうという快挙を成し遂げたものの……
冒険者学校は一年通わないといけないため、力技で期間を短縮させることはできない。
「これから一年、リアン君に会えない……」
「言わないでください。あ、その事実を認識したら死んでしまいそうになりました……」
姉妹はどんよりと曇った表情になる。
ティアハートとフィアムーンにとって、リアンは生きる糧と言っても過言ではない。
彼の笑顔があるから生きていくことができる。
優しく笑いかけてもらえるから、明日もがんばろうと思える。
それがなくなるとしたら?
最悪だ。
死んでしまうのと同じ。
世界から色が消えてしまう。
「やっぱり私、リアン君がいない生活なんて無理かも」
「奇遇ですね。私も同じ結論に至りました」
「でも、どうしようか? 今抱えている依頼、無理すればリアン君の入学までに解決できると思うけど……」
「その後に、ならこれもお願い、と追加の依頼が来ることは目に見えていますね」
「それを回避するためには……」
「もう、とにかくがんばるしかないですね」
「さすがに大変だけど、でも、リアン君と一緒に過ごすため!」
「そのためなら、私達はなんでもできます!」
「仮に邪魔するような者がいれば……」
「ぶち倒します」
姉妹はニヤリと笑う。
それはとても悪い笑みだった。
――――――――――
家を出て一週間。
旅は順調だ。
現在地と地図を照らし合わせてみたら、あと3日くらいで王都につく計算になった。
ちなみに徒歩。
馬車は使っていない。
「冒険者はサバイバル技術が必須よ」
「私達が教えたけど、でも、実践はまだですからね。旅の途中でサバイバルの感覚を身に着けてください」
なんてことをティア姉とフィアに言われ、徒歩で旅をしているというわけだ。
徒歩は疲れるけど、でも、行けない距離ではない。
現に、ティア姉は王都と家を走って行き来している。
さすがに俺はティア姉のような力はないから、1日で往復するのは不可能だ。
でも、10日もあればなんとかなるだろう。
「よし、今日はここで野営をするか」
日が暮れてきた。
早く王都に行きたいけど、でも無理をしてはいけない。
焦りや油断が事故を招くからね。
荷物袋を下ろして、野営の準備を始める。
獲物を狩り、火を起こして、簡単な食事を作る。
「うーん、味気ないな。きちんとした設備できちんとした料理が作りたい」
家でティア姉とフィアに料理を作っていた頃が懐かしい。
って、ホームシック?
冒険者になるんだから、しっかりしないと。
「って、なんだ?」
ふと、妙な気配がした。
刺すような敵意。
でも、どこか弱々しい。
ややあって、茂みが揺れて……女の子が姿を見せた。
亜麻色の髪の毛。
陶器のような白い肌。
そして、頭の上でぴょこぴょこと動く猫耳と、おしりの辺りでふりふりと揺れる猫尻尾。
獣人の女の子だ。
歳は俺と同じ15くらいかな?
あちらこちら怪我をしてて、とても弱っている様子だ。
ただ、ここを離れようとせず、こちらを警戒しつつ、じっと焼いた肉を見つめている。
「もしかして、これが食べたいの?」
「……じゅるり」
女の子はよだれで返事をした。
「肉、肉……お肉!」
「えっと……」
「怪我したくないなら、よこせ」
「うーん、怪我はしたくないな」
「なら……」
「交換条件、っていうのはどうかな?」
「交換条件? なんだ?」
「ちょっとの間でいいから、俺がなにをしてもじっとしていること。あ、もちろん危害を加えるつもりはないよ」
「……わかったよ」
とても弱っている様子なので、女の子としても戦わずに食料を手に入れられるのなら願ったり叶ったりなのだろう。
素直に頷いて、地面に腰を下ろした。
そんな彼女に近づいて、そっと手をかざす。
「来たれフェアリー、治癒の光」
「これは……」
温かい光がふわりと広がり、女の子を優しく包み込む。
みるみるうちに怪我が治る。
よし、成功だ。
フィアに色々な魔法を習っていたんだけど、他人に治癒魔法を使うのは初めてなんだよね。
ティア姉もフィアも怪我をすることがないから、練習ができなかったんだ。
「怪我が治った……」
「はい、どうぞ」
「肉……いいの?」
「いいよ」
「はぐはぐはぐっ!」
頷いた瞬間、女の子は肉を取り、思い切り食べ始めた。
よほどお腹が空いていたらしく、あっという間に食べてしまう。
「ふぁあああああ、うまい、おいしい、最高! やっぱりお肉は素晴らしいな! お肉があれば全てが解決する! つまり、お肉最強だ!」
「そんなに好きなの?」
「超、めっちゃくちゃ、はちゃめちゃに、素敵に最高に、大好きだっ!!!」
とんでもない食いしん坊さんだったらしい。
ただ、一つでは足りないらしく、女の子のお腹がキュルルルと鳴いた。
「あぅ」
「待ってて、すぐに追加を焼くから」
「まだくれるのか?」
「お腹空いているんだよね? なら、あげるよ」
「おぉ! お前、いいヤツだな!」
女の子はキラキラ笑顔に。
うん。
やっぱり女の子は笑顔が一番似合う。
「あたしは、ココア・アールグレイ。あなたは?」
「俺は、リアン・シュバルツァーだよ。よろしくね」
「うん、よろしく! お肉大臣に任命してやろう」
「それはいいや」
「そうか? とにかく、よろしくな!」
女の子と笑顔で握手を交わして、
「おっ、やっと見つけた」
新しい声が乱入してきた。
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