3話 賢者の特訓
休憩を挟んで、一週間後。
次はフィアによる特訓が行われることになった。
彼女の転移魔法で溶岩が吹き荒れる火山地帯に移動する。
「暑いね……いや、熱い?」
「ここは、『煉獄』と呼ばれている危険地帯です」
「すごい名前の場所だね……」
「実際にすごい場所ですよ。『煉獄? 俺はそんなところに行きたくねえ、まだ死にたくないんだ!』って、大の大人が地名を聞いただけで逃げ出してしまいますからね」
「ごくり」
「今日はここで特訓をしますが……怖いですか? 怖いですよね? まあ、私も鬼ではありません。リア兄がどうしてもというのなら、特訓は止めにしましょう。ただし、その場合は冒険者になることも諦めて……」
「それで、ここでどんな特訓をするの?」
「え?」
「すごく怖い場所だけど、でも、冒険者になればこんなところに来ることがたくさんある、っていうことだよね? だからフィアは、今のうちに俺を煉獄に連れてきて慣らしておこう、って思ったんだよね?」
「えっと、いえ、その……」
「大丈夫。俺は、ちゃんとフィアの期待に応えてみせるから。がんばるよ!」
「私が期待しているのは、もっと別の方向なのですが……どうしてこうなった?」
なぜかフィアが頭を抱えていた。
その隣のティア姉も頭を抱えていた。
二人共、どうしたんだろう?
「……ちょっと危ないけど、ここで怖い目に遭ってもらうしかないんじゃない?」
「……そうですね。私達がいれば、どのような危険もリア兄に届けることはないですし」
「……煉獄の環境も怖いけど、ここに生息する魔物はもっと厄介だから。ちょっと試しにぶつけてみるのもありかもね」
「……いいですね。もちろん、怪我なんてしないように魔法はかけておきますよ」
「……それで、『こんな魔物がいるなんてどうしよう!? もうおしまいだ!』ってなったところで、さっそうと私達が駆けつける」
「……好感度、爆上がりですね」
「……そして、『これくらいできないようならダメ』と冒険者を諦めさせることもできる」
「……一石二鳥の作戦ですね。さすが姉さんです」
「……フィアもやるわね」
なにやら悪い顔をしているような?
夜、こっそり間食をする計画でも立てているのかな?
「おまたせしました、リア兄。では、特訓の内容を発表しますね」
「うん、お願い」
「特訓の内容は……この先にある、煉獄の『果て』にたどり着くことです」
「果て?」
「簡単に言うと、最北端のことですね。砂漠にオアシスがあるように、煉獄の最北端は綺麗な花畑になっているんですよ。そこに辿り着くことが課題です」
「……言葉だけ聞くと簡単そうだけど、そんなことはないんだよね?」
「ええ、もちろん。煉獄は凶悪な魔物があふれているだけではなくて、地形にも気をつけないといけません。気を抜いたら溶岩に飲み込まれた、なんてことになるかもしれません。それでも……」
「よし、がんばらないと!」
「……」
「あれ、どうしたの?」
「いえ、なんでも」
怖いもの知らず? なんて言葉が聞こえてきたけど、意味がわからない。
「と、とにかく、特訓を始めましょう」
「私達はゴールで待っているから、がんばってね」
「では、開始です!」
そして、フィアが主導で行う特訓が始められた。
――――――――――
「なるほど……これは確かに厳しいな」
煉獄の探索を始めて、1時間くらい経っただろうか?
ティア姉のように百メートルの長距離ジャンプはできないし、フィアのように転移魔法なんて使えないから、地道に歩いていくしかない。
でも、地面が凸凹で歩きづらい。
それに周囲で溶岩が吹き上がり、その熱波が常に押し寄せてくる。
じっとしているだけでも体力がごっそりと削られてしまう。
「水も限りがあるから、急いだ方がいいな」
途中、溶岩の川に行き当たってしまう。
困っていたのだけど、中に小さな岩があることに気づいて、それを足場にして飛び越えた。
その後、でかいトカゲに襲われた。
魔物だろうか?
最初は逃げたものの、数が多いせいで囲まれてしまう。
仕方ないので近くに落ちていた岩を叩きつけて、喉を踏み抜いて倒す。
まともな実戦はこれが初めてだったけど、意外といけるものだ。
「ふぅ、さすがに疲れるな。でも、まだまだいける。がんばろう!」
果てを目指して、俺はひたすらに足を動かしていく。
――――――――――
「「……」」
フィアムーンの魔法を使いリアンの様子を見ていた姉妹は唖然とした。
小さな岩を足場に溶岩の川を飛び越える?
正確に着地して、再び飛び上がる力が要求される。
そしてなによりも鋼の心臓のような度胸が必要なのだけど、リアンはあっさりと難所を乗り越えた。
途中、フレイムリザードの群れに襲われた時は、さすがの姉妹も慌てた。
Bランクに匹敵する個体だ。
ベテランの冒険者でも、フレイムリザードに遭遇したら逃げ出すしかないと言われている。
それが十以上。
世界で一番可愛いリアンの大ピンチ!
ティアハートとフィアムーンは慌てて飛び出そうとしたけど……
それよりも先に、リアンはあっさりとフレイムリザードを倒してしまった。
しかも、研ぎ澄まされた名剣などではなくて、そこらに落ちている岩で。
「「ありえない」」
姉妹の声がハモる。
フレイムリザードはBランクなのだ。
ベテラン冒険者でも苦戦する相手なのだ。
それを岩で倒すなんて無茶苦茶すぎる。
しかも、リアンはかすり傷一つ負っていない。
敵の攻撃を全て避けていた。
最小限の動きで、ミリ単位で完全に見切っていた。
圧勝だ。
いったいどういうこと???
ドラゴンを倒して。
魔族を倒して。
その戦いの時も動揺することなく、冷静さを保っていた二人だけど、今この時は思い切り混乱してしまっていた。
――――――――――
ここは足を止めたらいけない場所だ。
常に危険が隣り合わせ。
下手に立ち止まれば、そのまま……なんてこともありえる。
そう判断した俺は、ひたすらに前へ進んだ。
休憩は最低限。
でも、警戒は最大限。
そうやってゴールを目指して……
「ふぅ、やっとついた!」
3日ほどで煉獄の果てに辿り着くことができた。
フィアが言っていたように、そこはとても綺麗な花畑だった。
そんな場所に、花に負けないくらい綺麗な女の子が二人。
ティア姉とフィアだ。
なぜか二人は目を大きくして驚いている。
「ティア姉? フィア? どうしたの?」
「……え? あ、うん」
「……すごく早かったですね」
「がんばったからね」
「……がんばりでどうにかなるレベルじゃないんだけど」
「……リア兄ってバグってません?」
「……優しくて家事万能で運動も勉強もできて、とんでもないハイスペックな弟だなあ、とは思っていたけど、まさか戦闘もできるなんて」
「……わりと自覚してないみたいですよ。災害であるフェニックスを鳥と言って、凶悪なフレイムリザードをトカゲとか言ってのけましたからね」
「……おかしいね」
「……おかしいですね」
なにやら小声でよくわからないことを言う。
「それにしても、本当に綺麗な場所だね。今度、みんなでここにピクニックに来たいね」
「……煉獄にピクニックに行きたいっていうリアン君の感性」
「……なんかもう、なにもかも見なかったことにしたいですね」
「どうしたの、二人共?」
「「なにも」」
「ところで、今回の特訓は成功でいいんだよね?」
「「あ、はい」」
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