29話 決着の時
「ガァアアアアアッ!!!」
ケルベロスが吠えて暴れ回る。
丸太のような手足に押し潰されそうになったり、巨大な尻尾に薙ぎ払われそうになってしまう。
攻撃は通じない。
逆に相手の攻撃は脅威で、一発でも喰らえばアウト。
厄介すぎる。
「うわわわ!?」
「ココア!」
ココアが攻撃を受けそうになって、慌ててミレイが引き上げていた。
間一髪。
なんとか避けることに成功する。
「リアン、ちょっとまずいぞ! こんな攻撃が続いたら、さすがに……」
「突破口を見つけられないのも辛いわね。このままじゃジリ貧よ」
「……いや、突破口はある」
実のところ、ケルベロスの弱点は見つけていた。
ただ、そこを攻撃するのは難しい。
隙を作らないといけないんだけど、二人を危険に晒すわけには……
「それ、どんな案? 教えて」
「リアンの案なら信じられるな! あたしにできることはなんでもやるぞ」
「ココア……ミレイ……」
二人の言葉が胸に染みる。
そして、気づいた。
二人を危険に晒したらいけないとか、そういう考えはダメだよな。
ダンジョンに突入する前に、二人から信頼してほしいと言われているんだ。
俺、それと真逆のことをしてて……
はぁ、ダメダメだ。
冒険者学校に来て少しは成長したと思っていたけど、やっぱりまだまだだ。
でも。
今からでもやり直すことはできる。
「ごめん、二人共」
「うん? どうしたんだ、いきなり」
「まあ、私はなんとなくわかるけどね」
「うっ、ごめん……」
「いいわ、気にしていないから。それよりも……」
ミレイがケルベロスを睨む。
「あいつに一発、でかいのをぶちかましてやりましょう」
「ああ、そうだな。あたしもがんばるぞ!」
「うん、そうだね。頼りにしているよ、ココア、ミレイ」
「「もちろん!!」」
二人と一緒ならなんでもできる。
どんな困難も乗り越えることができる。
そんなことを思い……
そして、それが正しいことを証明しよう。
「ココア! ミレイ! ヤツの注意を引いて!」
「了解だ!」
「任せて!」
ココアとミレイが迷うことなく前に出た。
俺を信頼してくれている。
感謝すると共に、絶対に期待に応えないと、と強く思う。
「うわっ、こいつやっぱり硬い! 亀みたいだな」
「無駄口を叩いている暇があるなら攻撃して!」
「しているから! あたし、思い切り攻撃しているぞ! ほら、忍術」
「アピールしないでいいから、もっと殺傷力高そうな攻撃をしてちょうだい!」
「殺傷力とか、ミレイは物騒だな……」
「あなたが言わせたようなものでしょう!」
なんだかんだ、二人は余裕があるみたいだ。
決定的なダメージを与えることはできないものの、しかし、こちらも攻撃を食らうことがない。
でも、それでいい。
そうやってケルベロスをかき回してくれるだけでいい。
やがて、いつか隙が……
「見えた!」
ケルベロスが大きく口を開けた。
強大な魔力の流れを感じる。
ドラゴンのようにブレスを放つつもりなのだろう。
狭いダンジョン内でブレスを放たれれば終わり。
避けることはできず、全滅してしまう。
でも俺は、この展開を待っていた。
「ココア、ミレイ、後退!」
「「ラジャー!!」」
ココアとミレイが後ろに跳んで……
代わりに俺が前に出た。
加速。
加速。
加速。
ひたすらに前へ向かい、ケルベロスに突撃する。
目の前に来てもその勢いを殺すことはない。
そのまま、ブレスを放とうとするケルベロスの口に飛び込み、剣を突き刺した。
「グギャアアアアアッ!?」
外がダメなら中を攻撃すればいい。
その狙いは正しく、そしてうまくいった。
確かなダメージを受けて、ケルベロスは痛みにのたうち回る。
「悪いけど」
ケルベロスの口の中に、今度は右手を突き入れた。
「ちょ!? リアン、それは……」
「無茶しようとしてない!?」
「来たれイフリート、紅の火炎竜!」
「「あああああっ、やらかしたぁ!?」
敵の中で魔法を唱える。
ゼロ距離ならぬマイナス距離だ。
ケルベロスの体内で業火が生成されて……
しかし、どこにも行き場がない。
結果、ボンッ! という音と共に内部で炸裂した。
その衝撃で俺は吹き飛ばされてしまう。
ただ……
「……ァ……」
ケルベロスはひとたまりもなく、口から煙を吐きながら倒れた。
ピクピクと痙攣して、ややあって絶命する。
「ふぅ、なんとかなった」
「ふぅ、じゃなーーーい!!!」
「あんた、とんでもない無茶をするわね!?」
鬼のような形相で二人が詰め寄ってきた。
「敵の体内で直接魔法を炸裂させるとか、無茶がすぎるわよ!? 自爆とほぼほぼ変わらない行為よ! あんなことをしたら……ああほらっ、腕がめちゃくちゃに……」
「そもそも敵の口に飛び込むとか、それも無茶だ! タイミングを間違えたら、そのままぱくりと食べられて終わりなんだぞ!?」
「えっと……でも、似たようなことをしたことがあるから、うまくいくかなって」
「「あるの!?」」
ティア姉とフィアの特訓で、ワニ型の魔物の口にそっと手を入れて、度胸を養い恐怖を克服する、というものがあった。
だからなのか、特に恐怖はなかった。
「学校がなくなることと……あと、ココアとミレイが怪我する方が怖いから」
「「……あ……」」
「だから、無茶でもやる必要があったんだ。もしも時間が巻き戻ったとしても、俺は同じことをすると思うよ」
「……もう、そんなことを言われたらなにも言えないじゃない」
「リアンはずるいぞ。本当にずるい……もう、もうもうもうっ!」
拗ねられてしまう。
ど、どうすれば……?
「いっ」
ズキンと右腕が痛む。
見ると、肉が焼けて酷いことになっていた。
道理で痛むわけだ。
ティア姉とフィアの特訓で痛みに対する耐性訓練を積んだものの、それでも我慢するのが辛い。
「あっ、す、すぐに治療するからな! がんばれ、リアン!」
「私、ポーションを持っているわ!」
二人があたふたとしつつも治療をしてくれて、どこか温かい気持ちになる。
こうして二人を守ることができた。
学校も守ることができた。
最善の結果を掴むことができたんじゃないだろうか?
「ココア、ミレイ」
「「?」」
不思議そうにする二人に、無事な左手を掲げてみせた。
俺の意図を理解した二人は、小さく笑い、
「「いぇーい!」」
勝利のハイタッチを交わすのだった。




