26話 災厄
さらに3日後。
講義を受けつつ、ふと思う。
明日、ティア姉とフィアが帰ってくる。
一週間も離れるのは久しぶりなので、早く二人の顔が見たいな、って思う。
二人が帰ってきたら、おいしいものを作ろうかな?
ちょっと豪華な食材を使って、ちょっと豪華なご飯を作って。
ココアとミレイも誘って、みんなで楽しい時間を過ごしたい。
……そんなことを考えていたんだけど、平和な時間は唐突に終わりを告げた。
ゴォッ!!!
「きゃあ!?」
「な、なんだ今の音は……?」
「訓練場の方から聞こえてきたけど、誰かが魔法に失敗した……とか?」
一気にクラス内が騒がしくなる。
講義を行っていた先生は静かにと落ち着かせようとするものの、それは難しい。
ガッ!!!
「「「うあああっ!?」」」
地震が起きたかのように、今度は校舎が揺れた。
でも、地震じゃない。
激しい揺れだけど、それは一瞬のこと。
そんな地震はありえない。
「な、なんだ、いったい……?」
「リアン、怪我はしていない?」
「俺は大丈夫。二人は?」
「あたしは問題ないな」
「私も」
「そっか、よかった」
とはいえ、安心することはできない。
なにか異常なことが起きているのは確かだ。
「おいっ、今すぐ生徒達を避難させろ!」
他の教師が駆け込んできて、慌てた様子でそう言う。
「なんですか、いきなり? それよりも今の音と衝撃は……」
「魔物が現れたんだ!」
「は?」
「訓練場からいきなり魔物が現れたんだよ。だから、早く生徒達を避難させろ」
「わ、わかりましたっ」
ここに来て、大変なことが起きていると理解したらしく、慌てて頷いていた。
訓練場から魔物?
厳重に守られている王都に魔物が侵入できるわけがない。
他者が手引きをするか、あるいは……
「まさか」
とある可能性が思い浮かんだ。
外れてほしい。
杞憂であってほしい。
でも、もしもそれが正しいとしたら最悪の事態だ。
そして、悠長に避難をしている場合じゃない。
「くっ!」
「あっ、リアン!?」
「どこに行くの!? ちょっと!」
ココアとミレイの慌てたような声が飛んできた。
でも、今は説明する時間も惜しい。
俺の予想が正しいか懸念なのか、すぐにでも確かめないと!
「あ、おい!? 君達、待て!」
教師の制止も無視して訓練場に急いだ。
そこで見たものは……
「やっぱりだ」
訓練場にあるダンジョンは、先の奈落事件で現在は閉鎖されていた。
しかし、壁は破壊されて、ダンジョンから無数の魔物があふれだしている。
「やっと追いついた! リアン、どうしたんだ? いきなり走り出して……って、これは!?」
「ダンジョンから魔物が……? うそ、ありえないわ。閉鎖されていて……それに、こんなことが起きないように厳重に管理されているはずなのに」
後からやってきたココアとミレイも、ダンジョンからあふれる魔物を見て唖然とした。
「外れてほしかったけど……ダメか」
「リアンはなにが起きているか知っているの?」
「予想だけど、たぶん、スタンピードの卵が起きているんだと思う」
「にゃ? スタンピードの卵?」
「それ……本当に?」
ココアは小首を傾げて、ミレイは顔を青ざめさせた。
「どういうことだ?」
「なにかしらのトラブルで魔物が異常発生するのがスタンピード。その前兆をスタンピードの卵、っていうんだ」
「え? ちょっとまってくれ。前兆なのにあれだけの魔物が?」
「スタンピードが発生したら、街を埋め尽くすほどの魔物が発生するみたいだから……たぶん、まだ卵の段階だと思う」
「これで……」
事の深刻さを理解した様子で、ココアの顔も青くなる。
「このまま放置したら……どうなるんだ?」
「王都は広いから、さすがに壊滅することはないと思うけど……なにも対処しなかったら、学園とその周辺は廃墟になると思う」
「……っ……」
「国が抱える騎士団と、他にも冒険者がいるから、そんな最悪の事態は避けられると思うけど……でも、ここが戦場になったら学校は……」
甚大な被害を受けてしまう。
最悪、再起不能で廃校になってしまう可能性も。
そんなことになれば、冒険者になる道が大きく遠のいてしまう。
なによりも、ここで過ごしてわかったのだけど、学校はみんなの夢が集まるところだ。
ココアは夢を持っている。
ミレイは夢を持っている。
他の生徒も夢を持ち、それぞれの目的を叶えるために、日々、努力を重ねている。
学校はそんな人達が集まり、キラキラと輝くような場所で……
絶対になくしたらいけないところなんだ。
だから……
「ココアとミレイは先生の言うことに従って、ここから逃げて」
「……リアンはどうするつもりなんだ?」
「ダンジョンに突入する」
「なっ……」
「スタンピードも卵も、核になる問題があるはずなんだ。そしてそれは、大抵、強大な魔物の出現で調和が崩れたことで起きる。だから……」
「その魔物を倒せばスタンピードは収束する?」
「うん。ティア姉とフィアに聞いたことだから、間違いないと思う」
「なら、私達三人で……」
「危険だから。二人は避難して」
「「……」」
なぜかココアとミレイがジト目になる。
ぐいっと詰め寄ってきて、
「あいた!?」
頭をはたかれてしまう。
「な、なんで……?」
「リアン、お前はバカか!」
「そうね、バカね」
「えっと……」
「こういう時は協力するのが普通だろう? 危険危険って言うけど、それはリアンも同じなんだ。どうしてあたし達の心配ができて、自分の心配ができないんだ」
「自分を軽視するところはあなたの悪いところよ。奈落に落ちた時もそう。自分を犠牲にしようとして……そんなことをされても、まったく嬉しくないわ」
「ココア……ミレイ……」
そして、二人は口を揃えて言う。
「「一人でがんばろうとしないで、友達を頼りにして」」
「……っ……」
その言葉は俺の胸を撃ち抜いた。
俺は……
二人のことを信じていなかったのかもしれない。
友達と言いつつ、でも、頼ることはしないで。
なんでもかんでも自分で片付けようとして。
それは対等な関係じゃない。
友達とは言えない気がする。
「……ごめん」
「ん、わかればいいんだ」
「反省しているみたいだから、これ以上はなにも言わないわ。ただ、次の台詞は期待してもいいのよね?」
二人はじっとこちらを見てきた。
彼女達の想いに、期待に応えないといけない。
「ココア、ミレイ……スタンピードの卵を止めるために、学校を守るために、俺と一緒にダンジョンに突入してほしい」
「うむ、任された!」
「私に任せておきなさい」
二人はにっこりと笑うのだった。




