22話 溶ける心
「……ん……」
「リアン君!」
「リア兄!」
目を開けると、まず最初にティア姉とフィアの顔が飛び込んできた。
その奥にココアとミレイがいる。
「ここは……?」
「安心して、学校の保健室だよ。リアン君、グランドドラゴンとの戦いでありったけの力を使っちゃったから倒れたんだよ。覚えてない?」
「安心してください。リア兄ががんばってくれたおかげで、誰も怪我をしていません。奈落に落ちたのに犠牲者ゼロという快挙を成し遂げました」
「そっか……」
俺、また守られたのか。
「あ、そうだ! 急いで先生を呼んでこないと!」
「目を覚ましたのなら、容態を診てもらわないといけませんからね。いきましょう、姉さん」
姉妹は忙しく部屋を出て行った。
「えっと……」
ミレイがなにか言いたそうにするけど、しかし言葉が出てこない。
そんな彼女の肩を、ぽんぽんとココアが叩いた。
それから背中を押す。
「あっ、ちょ……!?」
「ほら、がんばれ」
「……あんた……」
「こういう時は素直になった方がいいぞ?」
「……ありがとう」
「あと、あたしのことはココアって呼んでほしいな」
「私もミレイでいいわ」
「うん、ミレイ。それじゃあ、私も席を外しておくね」
ミレイと二人きりになる。
なんだろう?
なにか話があるみたいだけど……
「……ごめんなさい。それと、ありがとう」
ミレイが頭を下げた。
「えっと……どうして謝るの?」
「だって私、最初、酷い態度を取っていた。七光りとか不正をしたとか……」
「……あー」
「え、なにその反応? もしかして忘れていたの?」
「まあ……うん。特に気にしていなかったから」
「え、じゃあなんで決闘を受けたの?」
「えっと……ああ、そうそう。ティア姉とフィアの名誉に関わるかも、って思ったから」
「あんた、どこまでもお人好しなのね。でも、だからこそ私は勝てなくて……そして、憧れたのかも」
「憧れ?」
ミレイは小さく頷いた。
その顔には優しい笑みが浮かんでいる。
「決闘で負けたというか、最初から勝負すらなっていなかったんだけど……それで私、ものすごく悔しくて。でも同時に、リアンに憧れを抱いたの。あぁ、なんて強い人なんだろう。この人は私が憧れる冒険者みたいだ、って」
「それは……」
「うん。リアンは英雄みたいだった」
そっと抱きしめられる。
「ありがとう、私を助けてくれて。ありがとう、私のことを友達と言ってくれて」
「そんなことは……大したことはしていない。俺は、俺のしたいようにしただけだから」
「そういうことを自然にできるのが英雄なのかもね」
「そんな大それたものじゃないよ」
「いいえ、あなたは英雄よ」
同じ言葉を繰り返して。
少し離れて、ミレイは俺の鼻を指先で押す。
「リアンは私の英雄なの」
「それは……」
「ふふ、否定できないでしょ? 私の気持ちも否定することになるからね」
「ずるい」
「女はずるいものよ。でも……」
微笑み、そっと手を差し出してきた。
「今は、英雄よりも友達でいさせてね?」
「もちろん」
その手を取り、強く握り返した。
――――――――――
私は、名門ジェイルストーム家の長女だ。
弟が一人いるものの、歳が離れているため、家を継ぐのは私になる。
なるはずだったのだけど……
私は冒険者という職業に憧れた。
憧れてしまった。
きっかけは本だ。
英雄譚を読んで心踊り、自分もこうなりたいと憧れを抱いた。
ただ……
リアンには語っていないけど、もう一つ、理由がある。
昔、弟が病気になった。
死病と呼ばれているほど酷いもので、どうすることもできず、死を待つだけだった。
そんな時、冒険者が万病に効くエリクサーを取ってきてくれたのだ。
おかげで弟は回復して、今まで以上に健康になった。
彼らを見て思ったのだ。
私も、彼らのような冒険者になりたい。
誰かを助けることができる、本当の意味で力ある人になりたい……と。
当然、両親には反対された。
当たり前だ。
私は家を継がないといけない。
でも、それだけじゃなくて、冒険者という時に危険な職業を選ぶことに両親は強く反対していた。
これはわがままだ。
それは理解している。
でも、私はわがままを押し通すことにした。
両親には申しわけないと思っている。
弟も、跡継ぎを強引に任せることになってしまい、やはり申しわけないと思っている。
だけど、もう夢を抑えることはできないのだ。
そして、私は冒険者学校の門を叩いて……
そこで本物の英雄に出会った。
類まれなる力を持ち。
高潔な精神を持ち。
それこそ物語に出てくる英雄のようだった。
「ありがとう、私の英雄さん」
この出会いに感謝を。
そして、親しくなれた運命に感謝を。
彼の隣を歩いていけることを願いつつ、そのための努力を重ねていこう。
そして、立派な冒険者になろう。
夢は叶うのだから。




