19話 奈落
「おいおいおい、生徒二人が奈落に落ちたって、それ、マジで言っているのかい……? マジのマジ?」
ダンジョン内で生徒達を見守る教師からその連絡が入ったのは、昼過ぎのことだった。
奈落。
ダンジョンの最下層よりもさらに下にある、深層の中の深層だ。
人の生存に適していない環境で、危険な魔物が無数に跋扈している。
通常、奈落に繋がる道はない。
なにかしらの事故でのみ行くことができる。
ただ、そこは未踏破の地。
足を踏み入れた者の九割が死んでしまうという、最悪最凶の場所だ。
「なんで、ウチのダンジョンが奈落に繋がっているんだ?」
「わ、わかりません。しかし、私も確認しましたが、落とし穴の先は奈落としか思えず……最下層のさらに下に繋がっていたので」
「とにかく情報を集めろ。徹底的に、だ」
「は、はい!」
待機所が一気に慌ただしくなる。
そんな中、ライズは苦い顔をした。
「……もしかして、連中の仕業か?」
――――――――――
「「奈落に落ちたぁ!?」」
「しーっ」
最強姉妹の驚きの声。
ココアは慌てて静かにするようにお願いした。
「ちょ、えっ、えええぇ……? それ、本当なの?」
「学校内に奈落に繋がる道があるなんて、絶対にありえないことですが……」
「で、でもでも、先生達はそういう話をしていた……していました! すごく慌てていて、それに試験も中止になったから……」
「なるほど。もしかしたら、という可能性があるわけですね」
「……」
「姉さん? なにをしようとしているんですか?」
ティアハートは目をぐるぐるさせつつ剣を取る。
「もちろん、リアン君を助けにいくの!」
「ちょっ……落ち着いてください! いくら姉さんでも、無策で奈落に突撃したら酷い目に遭いますよ? リア兄のことは私も心配ですけど、まずはしっかりと救出計画を立てないと!」
「わかっているわ! でも、急がないとリアン君が危ないの! 奈落よ、奈落!? そんなところにいたら、リアン君がどんな酷い目に遭うか……それにリアン君はとても可愛いから、魔物に狙われるかもしれません。性的な意味で! なぜ? とても可愛いからです! 狙わずにはいられません!!!」
ティアハートは混乱していた。
「だから落ち着いてください。心配する気持ちはわかりますが、だからこそ、確実に救出作戦を成功させないといけません。万が一の失敗もないように、完璧な策を練る必要があります。具体的に言うと、おやつは銅貨五枚まで。バナナはおやつに含まれません」
フィアムーンも混乱していた。
とはいえ、それも仕方ないことだ。
二人はリアンを溺愛している。
愛している。
家族でなければ、今すぐに婚姻届を作成して結婚したいところだ。
いや、家族だろうと関係ない。
将来的に法を改変して、結婚するつもりだ。
それだけ溺愛するリアンが奈落に落ちた。
生存確率は絶望的。
いくら剣聖と賢者でも取り乱してしまう。
ただ……
「ティアハート様、フィアムーン様、どうか落ち着いてください」
ココアはとても冷静だった。
やたら丁寧な口調で、二人を『様』付けしているものの、それは調教の成果なので問題はない。
「リアンなら、きっと大丈夫だ……です」
「……どうしてそんなことが言えるのかな? リアン君が奈落に落ちたんだよ? 奈落を知っているの? あそこは私達でも苦戦するようなところなんだよ?」
「……軽はずみな発言はやめてくれませんか? きちんとものを考えて言ってほしいです。安易な励ましなんていりません。今必要なのは、どのように救出するかという知恵です」
「にゃあ……」
二人に睨みつけられて、ココアの尻尾がへたる。
恐ろしい。
でも、これだけは伝えておかないといけないと思い、言葉を紡ぐ。
「でも、やっぱり大丈夫」
「「あのね……」」
「だって、リアンだもの」
「「……」」
ココアは澄み切った表情で言い切り。
それを見て、姉妹は目を丸くして驚いた。
「リアンなら絶対に大丈夫だ! なにが起きても、奈落に落ちたとしても、きっといつものように笑いながら『大変な目に遭ったよ』なんて言うに違いない」
「あなた……」
「それは……」
「あたしは、リアンを信じている!」
今、この瞬間。
ココアは二人よりも強く、前を向いていた。
――――――――――
「……っていうわけよ」
「なるほど、それが奈落……か」
ジェイルストームさんの話を正しいなら、俺達はかなりまずい状況だ。
冒険者にすらなっていないのに、いきなり最高難易度のダンジョンにほうりこまれてしまった。
「ど、どうしよう……って、どうしようもないわね。私、ここで死ぬのね……」
「死なないよ」
「え?」
「ジェイルストームさんは俺が守る」
「……ふぇ……」
ジェイルストームさんはぽかんと口を開けて、ついでに顔を赤くするのだった。
「冒険者としてはまだまだで、もっともっと訓練を積まないといけない俺だけど……でも、女の子を守るくらいはしてみせる。この命に賭けても」
「……ふぁ……」
どんどんジェイルストームさんの顔が赤くなるけど、なんでだろう?




