18話 トラブルは唐突に
若干、ジェイルストームさんの心が不安定だけど、でも攻略は順調に進んでいた。
現在、五層。
1時間ほどでここまで来ることができた。
「最下層ってまだなのかな?」
「さあ? ゴール地点がわからないのも試験の一つ、っていうことで教えてもらってないから、わからないわ。ただ、五層まで1時間っていうことは、せいぜいが十層じゃない?」
「なんで?」
「それ以上の階層になると、攻略に時間がかかりすぎるでしょう? 泊まりになっちゃうから、さすがにそれはないわよ」
「なるほど。そこまで考えられるなんて、ジェイルストームさんはすごいね」
「……なんで」
なぜか微妙な顔をされてしまう。
「どうして、私のことをすごいなんて言うのよ……」
「え? だって、俺はそこまで考えられなかったし」
「あんたの方がよっぽどすごいじゃない!」
「ジェイルストームさん?」
彼女は泣きそうな顔になる。
「私は自信を持っていたの。首席で入学して、首席で卒業して……そして一流の冒険者になる。そうするだけの自信があった。それだけの訓練を積んできた……つもりだった。でも、あんたがいた」
「俺?」
「あんたは、私が必死で習得したものを軽々とやってのけた。それだけじゃなくて、さらにその上をいってみせた。私は……なにをしていたの? 今までの私の努力はなんだったの? 私のこれまでは……意味ないじゃない」
「そんなことは……」
「わかってるわよ、これがただの八つ当たりっていうことくらい」
ジェイルストームさんは俺から視線を逸らす。
唇を噛む。
「でも……どうしたらいいかわからないの」
「……」
「あんたのことが嫌いなわけじゃない。むしろライバルのような感じで、それと……」
「待って」
とても大事な話をしているということは理解しているけど、止めた。
嫌な予感がする。
死神と相対したかのような危機感。
「な、なによ……?」
「上手く言えないけど、違和感があるんだ。ここ。すぐに移動しよう」
「でも……きゃっ!?」
突然、ジェイルストームさんの足場が消えた。
落とし穴!?
でも、すぐに反応しなかったのに……
そうか、声か!
大声に反応して起動する落とし穴なんだ。
「掴まって!」
急いで駆け寄り手を伸ばすけど、
「……あっ……」
あと一歩のところで届かなくて、ジェイルストームさんは穴の中に消えてしまう。
「くそっ!」
見捨ててたまるものか。
慌てて俺も落とし穴に飛び込んだ。
「なんだ、これ……?」
落とし穴の先は巨大な空間に繋がっていた。
ダンジョンの数倍も広い場所を落ちていく。
どこまでも落ちていく。
「ジェイルストームさん!!!」
「……」
少し先を落ちる彼女に呼びかけるものの反応がない。
気絶しているみたいだ。
「来たれガルーダ、翠の疾風!」
後ろに風魔法を放ち加速した。
あと少し。
ほんのちょっとでジェイルストームさんに手が……
「届いた!」
彼女を掴み、抱き寄せた。
そこで終わりが見えてきた。
急速に地面が迫る。
「来たれタイタン、金剛の盾! 来たれガルーダ、翠の疾風!」
ジェイルストームさんをしっかりと抱えて、魔法の盾を展開した。
それから、今度は前に風魔法を放ち、落下の勢いを殺す。
そして……
俺達は地面に落ちた。
――――――――――
「……んぅ?」
ゆっくりとジェイルストームさんの目が開いた。
「起きた?」
「……あんた……」
「大丈夫? 痛いところはない?」
「ん……大丈夫。特に怪我は、ひゃあ!?」
ジェイルストームさんは慌てて起き上がる。
「どうしたの? やっぱり怪我を……」
「そうじゃないわよ! あんた、なにしてくれているのよ!?」
「膝枕だよ」
「なにしてくれているの!?」
「ジェイルストームさんが気絶していたから、寝かせていたんだよ。でも、地面に直接寝かせるのはどうかな、って思って」
「だからって……うううぅ、もうっ、もうっ!」
照れているのかな?
「意外と可愛いところがあるんだね」
「なっ!?」
しまった。
ついつい口に出してしまった。
「ぐぐぐっ……ぎ、むううう……!」
「えっと……大丈夫?」
「だ、大丈夫よ! こんなことくらいで、この私が動揺するわけないでしょ? 平気よ、平気! へっちゃらちゃらよ!」
だいぶ動揺しているみたいだ。
これ以上は掘り下げないでおこう。
「ところで……ここ、どこかな?」
相当な高さを落ちてきたらしく天井が見えない。
周囲は巨大な空間が広がっていて……しかし、明るい。
その原因は地面を流れる溶岩だ。
離れているから間違えて……ということはなさそうだけど、ここまで熱気が伝わってくる。
「これは……まずいわね。まさか実在するなんて……」
「ジェイルストームさんは、ここを知っているの?」
「話で聞いただけよ。実際に来たことはないの。ここは……ダンジョンの深層を超えたさらに先にある、『奈落』よ」




