16話 どうして?
「うぅ……むかつくむかつくむかつく」
夜。
寮の部屋に戻ったミレイ・ジェイルストームは、ベッドに座り布団をかぶり、ぶつぶつとつぶやいていた。
決闘に負けた。
実際に戦ったのではなくて、それよりも前に心が折れてしまった。
「なんなのよ、あいつ……!」
今まで生きてきた十五年の年月を経て、ミレイは力を手に入れた。
でも、リアンはさらにその上を行く。
剣聖と賢者の七光りではない。
彼は確かな力を持っていた。
「岩を砕く私の拳は、物心ついた時からずっと訓練をして、ようやく手に入れたもの。分身は、血反吐を吐くような思いで習得したわ。どれもこれも一朝一夕で手に入れることはできない。できないのに、あいつは……!!!」
すでに習得していた。
しかも、ミレイを遥かに上回る練度で。
ミレイは岩を割ることはできても、粉々に砕くことはできない。
ミレイは残像で分身を見せることはできても、複数の自分を現界させてコントロールすることはできない。
いったい、どんな訓練をしたらあんなことができるようになるのだろう?
もしかしたら、自分もあんな風になれるだろうか?
「って、違うし!」
素直じゃないミレイはリアンを認めることができない。
浮かんできそうになる憧れを否定して、打ち消す。
「うぅううう……むかつく! むかつく!」
結局、胸の内にある複雑な感情を消化できず、枕をぼすぼすと叩くことになる。。
「まだ拗ねているの?」
相部屋の女子が呆れた様子で声をかけてきた。
「だって……!」
「シュバルツァー君、すごかったじゃない。こう言うのもなんだけど、ミレイよりも」
「うぐっ」
「私達、まだまだこれからなんだから。ちゃんと相手を認めて、それで、吸収できるところは吸収して学んだ方がいいんじゃない?」
「……そう簡単に気持ちを切り替えることができたら苦労しないわよ」
「やれやれ、うちのお姫様はとことん不器用ね。でも、そんなあなたにプレゼントをあげる」
「プレゼント?」
――――――――――
「やれやれ、今年の新入生はとんでもないねえ」
学長室で書類作業を行うライズは、ペンから手を離して昼の決闘を思い返した。
「本当ですよ、まったく」
「私達の知らないところで、あのような決闘が行われていたなんて」
接客用のソファーに座り、書類仕事を手伝っていた同僚二人が呆れた様子で言う。
「ミレイ・ジェイルストーム。大きな領地を持つ貴族でありながら冒険者を志すという異端児ですが、その実力は確かなもの」
「なにしろ、入学試験で全ての教官からA判定をもらいましたからね」
「オールA判定など、学校始まって以来の快挙ですからね。とんでもない新人が現れたと、教師一同、驚いたものですが……」
「まさか、彼女を上回る逸材が現れるとは」
「リアン・シュバルツァー……ねえ」
ライズも含めて、教師陣はとても複雑な表情を浮かべた。
例えるなら、裏路地の小さな店に入ったら、分厚い極上のステーキが出てきたかのような。
あまりにも意外な展開に脳の処理が追いついていない。
「ライズ学長を打ち倒すほどの実力者。しかも、ぜんぜん本気を出していない様子。それなのに赤子の手をひねるように……あ、いや。失礼しました」
「いやいや、おじさん、気にしてないから。事実だからね」
「できればなにかの間違いであってほしかったのですけどね。あれだけの実力を持ちながら、なぜ、ウチに入学したのか意味がわかりません」
「んー……力はあるけど、冒険者としての知識を持ってないとか?」
「どうでしょうね。あの剣聖と賢者の兄弟なら、全てが完璧に仕上がっていると思いますが」
「そうだとしたら、教えられることはなにもありませんなあ……教師の面目丸つぶれですよ」
「むしろ、私達が教わることになるかもしれませんね」
その光景を想像して、教師陣は暗い顔になる。
元冒険者。
現在は教師。
それでもプライドはある。
年下の、しかも新米に追い抜かれるだけではなくて、教えを請う。
それはあまりに酷い光景だ。
「でも」
ライズは笑う。
「彼は、色々な意味で利用価値があるからね。今は、そちらに期待しようか」
――――――――――
夜。
すでに明かりを消して寝ていたのだけど……
「……なんだ?」
部屋の外に気配を感じた。
ココア?
でも、この部屋にまっすぐ向かってきている。
「……にゃー……」
扉が開いて、パジャマ姿のココアが現れた。
うつらうつらとした様子で、若干、左右に揺れている。
そのままこちらにやってきて……
「むふぅ」
俺がいるにも関わらず、ベッドに飛び込んできた。
そのまま、すやすやと寝息を立ててしまう。
「……え、どうして?」
「にゃふー」
ココアは答えない。
すやすやと気持ちよさそうに寝ている。
トイレで起きたけど、寝ぼけて部屋を間違えて俺のところに?
「こ、これはまずいよね……」
不可抗力とはいえ、一緒に寝るわけにはいかない。
そっとベッドを出ようとして、
「にゃん」
「うっ……」
がしっと捕まえられてしまう。
獲物と勘違いされている?
「起こすのはかわいそうだけど、仕方ないか。起きて、ココア」
「にゃむ……」
「起きて」
「むふー……」
声をかけて、肩を揺らしてみるけどぜんぜん起きない。
困った。
本当にどうしよう?
……結局、そのまま逃げ出すことはできず、ココアを起こすこともできず、ずっと一緒に過ごすことに。
当然、そんな状況で眠れるはずもなく、俺は寝不足に。
ちなみに、翌朝、起きたココアは尻尾をぶわっとさせて飛び上がっていた。
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