Sequence53(改):王子は思い出す
それは、ふと思い出された幼い日の記憶。
あの日、ダンデリオンは出席していたパーティー会場で、地方から王都を訪れたと言う初対面の貴族と出会い、彼から極めて精巧に作られた木彫りの玩具を渡された。
いまにして思えば、直接的に止めることの出来る両親らの目がたまたま私から離れて、護衛の騎士しかいないタイミングを狙い澄ましての行動だったのだろう。
ただ、当時の私にはまだそれを理解するような知識や経験はなく、手に入れた精巧な玩具を気に入って部屋まで持ち帰ると、ベッドからも見える位置のテーブルに他のお気に入り品と並べて寝たことを覚えている。
しかし、翌朝、私が目覚めると、その玩具は綺麗に影も形もなく何処かへと消え去っていたのだ。
部屋の管理をしてくれるメイドや、護衛の騎士に訊ねてみても、返ってくる言葉は一つだけ。
「私にはお答えすることが出来ません。」
そして、その後、日課の家庭教師による授業の時間になると、やはり消え去った玩具の行方を教えては貰えない代わりに、ある忠言を貰うことになる。
「殿下。殿下は高貴な身分であるが故に、それを狙って、様々な者たちが貴方に近寄ってくるでしょう。仮に優しい言葉を投げ掛けられたからと言って、簡単に信用してはなりませぬ。適切な距離感を他人との間で常に保つこと、努々お忘れなきよう。」
その言葉は、幼少期に自身の教育係を務めた家庭教師から最初に教え込まれたものだった。
適切な距離感。
確かに、彼の言う言葉の正しさは、すぐさま理解することになった。
第一王子である自分は、何処に行ってもすぐさま誰かが駆け寄ってきて、丁重に相手をして貰うことが出来た。大体の願いは、よほど無理なことでない限りは、聞き入れられたように思う。
だが、多くの場合、それは単なる親切心からではなかった。
数少ない例外は、殆ど家族同然に育って互いに気兼ねなく言い合うことが出来るようサフィアスくらいだろう。彼だけは、王子という立場に物怖じすることなく、それでいて突き放すこともなく、これまでの長い時間を共に過ごしてくれた。
しかし、大抵の場合、時に大人であったり、時に大人から命じられたその子息子女であったりの違いはあれど、彼らが何らかの利害を理由に擦り寄って来ざるを得ないのだと、きちんと判断が付くようになるまで、そう長い時間は掛からなかったのだ。
お陰様で、ダンデリオンは同年代と較べると、何かを他人に強請るようなことが極端に少ない子どもになった。自分が願うことによって、それを手柄にしようと争うものが現れるのを学んでしまったから。
しかし、それで寂しいと思ったことは、ない。
自分にはいわゆる普通の友達が一人もいないからといって。
それは、仕方のないこと。
自分には、常に他人との適切な距離を測って、あるべき振る舞いをする義務があるのだから、と。
特に無理もなく、ごく自然なことだと、ダンデリオンは納得していた。
そんな生活を送る内に、ダンデリオンは、彼らが被っている仮面と、その下に隠された真の表情を知覚することが出来るようになっていった。
常に周囲からの刺さるような緊迫感のある視線に晒されながらお互いの隙を探り合い、押すべき時には押し、引くべき時には引く。
それが、彼にとっての人間関係だった。
(ああ、そうだ。)
いつもと同じじゃあないかと、ダンデリオンは理解する。
その時、何かのピースが自分の中でピッタリと嵌った感覚があった。
「……ダンデ?」
横にいたサフィアスが、ダンデリオンが何かを掴んだらしい様子を敏感に察し、声を掛けてきた。
サフィアスの声で、ウィリアムもダンデリオンの変化に気付いたのだろう。彼に質問を投げ掛ける。
「やれますか?」
「多分……いや、頼む。やらせて欲しい。」
それに対して、王子ははっきりと肯定の言葉を放った。
「……分かりました。勝負の合図はこっちで出します。一発勝負、頼みました。」
ウィリアムは頷きながらそう言うと、ダンデリオンとサフィアスの守る側とは反対のサイドへと入念に指示を飛ばし始める。
いま、相手から狙われているのは、こちらのチームで非力なエリオットの守るレーンであった。
一応、第3シークエンス以降、想像を上回るエリオット自身の献身的努力と、アレクシウスの守備支援によって得点は最小限に抑えて一進一退の攻防を続けているものの、ここから再び切り崩され始めてしまえば、幾ら攻撃で賭けに出て勝ったとしても、意味がなくなってしまう。
だからこそ、なるべく早く流れを何処かで帰る必要性があった。
そのための布石を、チーム全体で撒いていく。
シークエンスの合間毎に、ウィリアムが何度も大きな声でエリオットとアレクシウスに指示を飛ばし、徐々にそちら側へポジションを寄せていた。
まるで、勝負所がそちら側にあるかのように。
実際、マリンブルーの選手たちは、惹き付けられるようにしてそちら側へと意識が集中する。
「プレイ!」
そして、最後のシークエンスを告げる審判の声が響いた、その時だった。
ウィリアムは、エリオットたちの側へ指示を出しながら、相手から死角になる身体の陰でノールックのビハインドパスを通す。
受け取ったのは勿論、ダンデリオン。
意識とは反対のサイドに対する急襲に慌てたマリンブルーの選手が、慌てて対応しようと前に出る。
「ッ、出るな!」
直感で嫌な気配を感じ取ったのか咄嗟にジャンが叫ぶも、前進してくるダンデリオンに対するタックル姿勢へ既に入ってしまった選手はいきなり止まることは出来ない。
飛びかかるマリンブルーの選手。
しかし、そこから起きた出来事は、傍から見ている者たちにとっては、まるで手品を見ているかのようだった。
突っ込んでくる選手に対し、ダンデリオンは絶妙なタイミングで相手と反対側の方向へステップを切りながら、彼我の相対的速度差を限りなく零に近付ける。
彼らの周囲だけ、まるで時が止まったかのような、そんな光景。
そして、ダンデリオンはタックルにきた選手に対して腕を伸ばしてハンド・オフの姿勢を取ると、そのまま相手が蹴り出したジャンプ力が最も伸び切って勢いを失うタイミングで、地面へと転がしてしまう。
所謂、後の先。
その光景は、まるで相手の選手が自然と頭を垂れたかのようにすら見えた。
そして、そのままダンデリオンがサフィアスと協力しながら相手のセット・ラインまでスパイクを持ち込む。
それが、この試合開始から初めて数的有利が作り出され、キングスフィールドが何とか相手の陣地まで攻め込み得点をもぎ取って同点まで追いついた瞬間だった。




