Sequence52(改):幼馴染は自慢し合う
エリオットがアレクシウスと絆を結んだのを横目に見ながら、ウィリアムは甚く感心していた。
「いや、凄いですね。」
「何がだい?」
ふと零れた独り言に、シークエンス間の作戦会議に近くまで寄ってきていたダンデリオンが訊ねる。
「サフィアス殿ですよ。」
「ふむ、その心は?」
「エリオットが一皮剥けたのは、確かに本人の力もありますが、やはり最初のきっかけになったのは彼のことをしっかりと見ていたサフィアス殿が声を掛けてくれたからだと思います。同じ初心者として、彼に相応しい指摘をしっかりと見極めるというのは、そう簡単に出来ることじゃあありませんから。」
「ははは、なるほどね。まあ、そうだろう。サフィは昔から本当に周囲をよく見ているんだ。恥ずかし気なく、自慢の幼馴染なんだよ。」
そう言ってダンデリオンは同意を示す。
「まあ、それを言えば、君の幼馴染だってそうだろう?」
そして、エリオットと共にこちらへ近付いてくるアレクシウスを見ながらそう笑う。
「ええ、それはもう。」
そんなダンデリオンの質問に、ウィリアムも笑顔で返答した。
「何の話してんだ?」
そんな二人に対して、寄ってきたアレクシウスが問い掛ける。同時に、サフィアスもポジショニングをしていたロング・レーンからこちらに駆け寄ってきていた。
流石に二人の前でいまの会話内容を知られるのは、如何に自慢の幼馴染と言えど、恥ずかしさがある。
「何でもないさ。それより、次のシークエンスのことについて考えようか。」
アレクシウスの質問に、ダンデリオンが僅かに苦笑しながら話題を変えた。
それと同時に、既にウィリアムは現状分析に思考のモードを切り替えていく。
「第3シークエンスにおいて僕らは、防御面で言えばエリオットが期待以上の活躍をしてくれたお陰で、何とか相手の得点を抑えることが出来たと言えます。とは言え、攻撃面で攻めあぐねているのは拭い難い事実です。こちらも、あちらと同様に、最低限の得点基準となるセンター・ラインまでしか踏み込めず、セット・ラインには絡めていません。」
「そうだな。何処かで相手のディフェンス・ラインを切り崩す必要があると思う。」
ウィリアムの言葉に対して、アレクシウスを筆頭に全員が同意する。
やはり問題になっているのは、ウィリアムが事前に予想していた通り、魔術スキルの豊富さの基盤である戦術面における柔軟性と、その徹底力だった。
例えば、先程のシークエンスにて使用された魔術スキルである障壁は、煙幕と違って、一時的にとはいえ設置されたレーン内の侵攻を完全に遮断してしまうものである。
確かに防御の面では非常に強力であるものの、同時に自分たちの攻め手も一つ消してしまうことから、攻守を同時に行うデュアルフットでは、ある時期まで殆ど使用されることがなかった非流行魔術スキルだった。
それをかつて決定的に変えたのが、マリンブルー高等学院デュアルフット部である。
堅固な守備を誇るマリンブルー高等学校は、これまでは見向きもされてこなかった障壁の魔術を取り入れた圧殺の陣形によって守りながら攻め込むという、既存の攻守一体とは異なるプレイ・スタイルを拡張したのだ。
ウィリアムにとって、尊敬すると同時に恐怖を感じるのは、このマリンブルー高等学院の革新的戦術を可能にしたゲーム理解度の卓越した高さと思考力であった。
基本的には、スポーツで選択される戦略は順当な流行を中心に回ることになる。その中で次第に競技が画一化されていくのも、正直に言えばある程度は致し方のないことであるのは間違いない。
しかし、時として、そんな競技に大きな変化を齎す存在が現れる。
所謂、ゲーム・チェンジャー。
それは場合によって個人であったり、或いはチーム全体であったりするが、どちらにせよ、そのような革新を可能にするのは紛うことなき才能の存在と、何よりも、それを受け入れる度量の問題である。
人間はどうしても固定観念に囚われてしまいがちな存在だ。誰だって新しいことを試みる際には躊躇を覚える。それは決しておかしなことではない。自然な反応である。
だからこそ長い期間、障壁はデュアルフットにおいて殆ど見向きされない魔術となっていた。
そもそも障壁自体は一般的な魔術であり、決して珍しいものではなく、価値が高い訳でもない。
では、そうした障壁も含んだ多彩な魔術を運用するマリンブルー高等学院というスタイルのイメージが果たして何処で可能になっているかと言えば、それは間違いなく彼らが既存の価値観に囚われず、どんな非流行の戦術であろうとも取り入れられないかを研究し続けたことは勿論ながら、それを運用するための研鑽も徹底的に続けてきた点だとウィリアムは考えている。
元々、マリンブルー高等学院デュアルフット部は守備に定評があることで知られているチームであったことは確かだ。しかし、実際に記録を調べてみると、障壁を使い始める前の彼らは、実はいまほど守備に特化したチームとまでは言い難かった。記録上の数字から見ても、彼らは障壁の運用を開始して以降に、守備成功率を更に上げていっていたのだ。
最初、それは障壁を作戦に取り入れて5レーンで戦わなくなったメリットが現れたのだとウィリアムも考えた。しかし、去年、初めて彼らの試合を生で目にした際、ウィリアムは自分の考えを大きく改めねばならないと感じた。
何故なら、明らかに彼らの守備は他に類を見ないほど磨き上げられていたからだ。彼らは、自分たちのスタイルに障壁がフィットするから取り入れたのではない。そうではなく、デュアルフットにおける未だ開拓されていない部分を研究した結果として障壁を見出したからこそ、そこに自分たちのほうをフィットさせたのだ。それまで以上に徹底した守備練習によって。
自分を変えることは極めて難しい。だが、マリンブルー高等学院には、それを可能にするだけの度量が間違いなくあったのだ。
そんな相手に勝つためには、自分たちも変化を起こさねばならない。
実は、魔術の豊富な対戦相手との経験を得る以外にも、ウィリアムが今回の合同練習相手としてマリンブルー高等学院に狙いを定めた理由がそこにあった。
そうでなければ、絶対王者になるだろうと期待されていた去年のキングスフィールド高等学院デュアルフット部の二年生たちがバラバラのチームに移籍するという大きな変動期において、何の傷跡も残すことなど出来ないだろうから。
そして、そうした変化に必要な変数は、得てして外部から持ち込まれる可能性は否定が出来ない。
だからこそ、ウィリアムからの期待は、未経験者組や未だ経験の浅いダンデリオンに向けられており、この試合のスタメンに抜擢したのだった。
勿論、正直に言って酷な期待だとは理解している。起きなければ起きないで、仕方のないレベル。
ただ、ウィリアムの目からは、これまでの練習で一人、そんな期待に応えるかもしれない兆候を見せている選手が一人いたのだ。その可能性に、賭けたかった。
そんな気持ちが表に出ていたのだろう。
ウィリアムの目線がある人物へと向かう。
すると、その目線に応えるかのように、その人物がウィリアムに問い掛ける。
「言わずとも分かる。何処かで殻を打ち破る必要がある、それをいま期待されてるのは僕なんだろう?」
「……本音を言えば、そうです。」
酷な要求だとはウィリアム自身も理解をしている。理解をしている上で尚、ウィリアムは自身の意見を率直に伝えた。
「正直な言葉をありがとう。それなら、頑張らなきゃね。さあ、そろそろ次のシークエンスが始まるよ。それぞれポジションに戻ろうじゃあないか。」
そう言ったダンデリオンの声で、皆が再びフィールドに散って行く。
その中で、一人、誰にも聞こえないほど小さな声でダンデリオンは呟いた。
「自慢の幼馴染が頑張っているというのに、僕が負ける訳にはいかないよね。」
その眼光に宿るのは、幼い頃から多くの人々に囲まれながらも、彼の腹心であるサフィアスらを除けばその大半が知ることのなかった負けず嫌いな気質。
それは、一人のデュアルフット選手が、密かにその才能をいま開花させようとしている瞬間だった──。




