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Sequence50(改):初心者は励まし合う

 王立キングスフィールド高等学院デュアルフット部の一年生たちは、同じくマリンブルー高等学院デュアルフット部の一年生との練習試合において、堅固な防御からのカウンターを得意とするマリンブルー側の作戦によって初心者であるエリオット・パルマ・マリアリースが守るAロングを崩され、大きなリードを許す展開となっていた。

 この流れに対し、キングスフィールドの一年生であるサフィアス・メルツィア・ノーリッジは、筆頭選手のウィリアムにタイムを申請する。


 逆サイドからサフィアスがAロングまで駆け寄ると、エリオットは真っ青な顔で立ち尽くしていた。

 その姿は、まるで街中で迷子になっている子どものように泣き出しそうな顔に見える。


「エリオットさん。」


 サフィアスが声を掛ける。


 しかし、エリオットは反応しない。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 ただ、口に手を当てながら小さく呟くエリオット。


「大丈夫ですか、エリオットさん。」


「あ、え!?」


 サフィアスが先程よりも大きな声で、相手の肩を叩きながら呼ぶことで、ようやくエリオットは自分の近くまで仲間が駆け寄ってきていたのを理解する。


「ど、どうしたんですか、サフィアス。こっちは僕の守るAロングで、サフィアスさんのBロングは反対ですよ。」


「……そんなことは分かっていますよ。」


 サフィアスに対して普段なら絶対に言わないだろう台詞を吐くエリオットの様子からも、彼があまりに混乱しているのであろうことはひしひしと伝わってくる。


「……あ、ああ。そうか、そうですよね。」


 しかし、少し間を置いて、何かに納得したような表情で呟くエリオット。


「どうしました?」


「いえ、僕、交代なんですよね。そりゃ、当然だなって。だって、明らかにミスを連続して、相手も僕を狙いに来るだろうことは明白ですし、このままじゃあ負けてしまうから……」


 喋る度にどんどんと声の小さくなっていくエリオット。


「それに元々、僕みたいな運動をこれまで全くやってきたことのないような人間が、いきなりこんな試合なんて出ても、経験者の皆は勿論、貴方のように堂々と出来る訳が──」


「それ以上を口にするのは止めておきなさい。」


 しかし、サフィアスが遮るような形で言葉を発する。


「落ち着きなさい、エリオット。まず、周囲を落ち着いて見渡して。」


「しゅ、周囲?」


「ええ、じゃあ、まずはフィールドの外から。」


 そう言いながらサフィアスが目線で促す先、エリオットに見えたのは、身体を冷まさないための外套をまだ着込んだままのグレイ兄弟の姿。


「良いですか、まず一つ目の間違いを正しましょう。私は交代を告げに来たのではありません。」


「そ、そうなんです、ね。」


 グレイ兄弟が交替の準備をしていない姿をみても、まだ困惑しているエリオット。

 そんな彼に、続けてサフィアスが今度は自陣の味方たちへと視線を促した。


「次に、経験者の皆さん方は、このメンバーでの勝ちをまだ諦めていません。彼らが試合前に私たちに言った台詞は、嘘じゃあないんですよ。」


 ウィリアム、アレクシウス、ダンデリオンの三人は輪を作って何やら作戦会議をしているようだった。

 その目は真剣そのもので、この試合を決して捨て試合だと思っている訳ではないことは誰の目にも明白だった。


「更に、試合相手のほうにも目を配ってみましょう。どうです、どう見えますか。」


「え、っと」


 そう言われ、エリオットは敵陣で同じように集合しているマリンブルーのメンバーたちを見やる。


「あの中に、テズニア先輩よりも強そうな人間がいますか?」


「それは……いないです。」


「そうでしょう。私たちは、あの化物みたいな先輩と、これまでに何度も練習を重ねてきています。その経験と比べれば、今回の試合相手なんて全然マシだと思いませんか。」


 サフィアスの言葉は、事実を正確に述べていく。

 それだけにエリオットも反論することが難しい。


「それに、よく見て下さい。彼らも同じ一年、確かに試合は向こうの有利に運んでいる状況ではありますが、だからといって彼らだって緊張などと無関係という訳ではない。」


 そう言われたエリオットがマリンブルー高等学院のメンバーを確認すると、確かに、筆頭選手であるジャン・ジャック・ピエリネリラの言葉を真剣な目つきで聞いている。


「彼らだって、貴方と同じようにミスを恐れる普通の人間だ。それを必要以上に恐れて見失ってはいけない。」


 確かに、サフィアスの言う通りではある。

 だが、サフィアスは、先程のミスが脳裏に残っているために、それが上手く頭に入って来ない。


「凄いなあ、サフィアスさんは。僕なんかとは大違いで、冷静に周囲を観察して状況把握して。」


 エリオットは、サフィアスと目を合わせることが出来ないまま、その口からは思ってもいないような皮肉めいた言葉を吐いてしまう。


 すると、サフィアスは、少し間を置くと、先程までと少し違う声のトーンでエリオットに喋りかけた。


「……私が先程のシークエンスで、何を考えたか、分かりますか?」


「い、いいえ?」


「私のほうに狙いが向けられなくて良かった、ですよ。恥ずかしいことにね。」


「え」


「本音を言えば、本当にそう思いました。ですが、私が狙われなかったのは、貴方が第1シークエンスで遅れた分を取り戻そうと考えてポジショニングを変えたのと違って、ただひたすら事前に教えられていたセオリー通りのポジショニングから足が動かなかったからに過ぎなかった。」


 そう言われて、エリオットはようやく、自分の肩に置かれたサフィアスの手が震えていることに初めて気付く。


「だから、貴方はそんなに自分を卑下する必要なんてないんですよ。」


 そう言うサフィアスの目を、エリオットは今度こそ正面から真っ直ぐに見つめる。


「正直、同じ未経験者のはずの貴方が取った行動を私は凄いと思いました。勇気を貰ったとさえ言ってもいい。だから──」


 そこで一旦、言葉を区切ったサフィアスが、再び口を開く。


「だから、試合終了まで諦めないで、一緒に頑張ってくれませんか、()()()。私も、貴方に負けないよう頑張りますから。」


 そう言って、肩に置いていた手を、今度は差し出してくるサフィアス。


 それを見て、エリオットは改めて自分の考え違いに思い至っていた。


 誰だって、仮に経験者だとしても、高等学院で最初の練習試合に出場して緊張しない訳がない。それが自分たちのような未経験者なら尚更。


 そもそも、弱気な自分を変えようと思って入部したのに、これじゃあずっと変わらないままだ。


 なら、自分がいまやるべきことは一つしかないじゃあないか。


 そうして、エリオットは自分の目の前に差し出された手に向かって力強く握手する。


「すいません、お手間をお掛けしました。()()()。僕らも、ウィリアムくんたちのところに戻りましょう。まだタイム・アウトの時間が残っている内に、次の作戦を聞いておかなきゃいけませんもんね。」


 その言葉に、サフィアスははにかんだ笑顔で応えた。


「ええ。私、こう見えて負けるのって嫌いなんですよ。」


 未経験者の二人は、試合の中で今度こそ本当に覚悟を決めたのだった。

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