Sequence46:一年生はレースを終える
一位のジャンから数分の遅れで、ようやくウィリアムもゴールへと辿り着く。
慣れない砂浜に足を取られながらのランニングは異常なほどに体力を消費し、正直に言えば下を向いて膝に手をつくどころか、そのまま地面に倒れ込んでしまいたいほどの疲労が身体に蓄積している。
しかし、その誘惑をぐっと忍耐力で堪えて、ウィリアムは前を向く。両手を頭の後ろで組み、体勢を出来る限り正しながら大きく息を吸い込んで呼吸を正していく。
疲れた時ほど、それを表に出さないこと。相手に弱みを見せれば、付け込む隙を与えることになる。
それが、クラブ・チームのコーチから学んだ絶対的な教えだった。
実際、下を向いてしまえば肺に酸素を取り込み辛くなるし、反撃の機会を伺うために周囲の状況を把握することも出来なくなってしまう。
辛い状況で楽な選択をしてしまえば、次はより辛い状況へ陥ってしまう悪循環が生まれる。それを断ち切るためには、辛い時ほど努力を怠らないようにする必要がある。
その教えが身体の髄まで叩き込まれているウィリアムは、ルーティンの姿勢で回復を試みながら周囲の状況を把握していく。
ウィリアムの周囲で同じように身体を休めている者の数は、ウィリアムが見たところ概ねスタートした時の半分ほど。つまり、自分は中団ほどでゴールしたらしい。
先にゴールした面々の様子を見ると、まずマリンブルーの生徒は殆どが既にゴールをしていたようだった。彼らマリンブルーの生徒たちは概ね全員が既に息が整い始めているように見受けられる。ウィリアムが往路を走っている際、先行して折り返してくる面々とすれ違った時も先頭集団を形成しているのはほぼマリンブルー生徒だったため、恐らくはあのままゴールしたのだろう。
流石に地元で何度も繰り返している慣れた練習だけあって彼らに利があった以上、必然の結果ではある。
そして、先んじてゴールしたマリンブルーの生徒たちと較べればまだ息が上がった状態であるものの、完走者集団の中にはちらほら他校生もいる。
例えば、キングスフィールドの生徒で言うとグレイ兄弟はウィリアムより先にゴールしていたらしい。彼らは二人で協力しながら疲労を取るためのストレッチを行っているのがウィリアムの目に留まった。
純粋な走力で言えば、二人は確かにウィリアムより遥かに上なので、これもまた必然の結果だと言えるだろう。
そのように眺めている内にもどんどんと生徒たちはゴールへ駆け込んできて、概ね大半の生徒が完走をした時、状況を確認しているウィリアムに、一人の生徒が近付いてくる。
「よっ、お疲れさん。」
「お疲れ様です。」
そうやってウィリアムに声を掛けてきた相手は、まさに先んじてゴールしていたマリンブルーではない生徒の一人である、レッドブレイズのアレンだった。
ウィリアムは、アレンがジャンに食らい付く形でほぼ横並び状態で折り返してきて、復路を走っている姿をすれ違いざまに見ている。恐らく、一着でゴールをしたのは、その二人の内、どちらかだろう。
ただ、後続集団にいたウィリアムは、どちらが先にゴールをしたのかまでは目にすることまでは出来ていない。
元々このトレーニングがレース形式で行われたのは、この後に行う練習試合の順番を決めるための勝負という目的からだった。
それ故に、彼らのどちらが先着したのかは、非常に重要な事柄である。
意を決してウィリアムは、アレンにレースの結果を訊ねた。
「さっき、ジャンさんと先頭争いをしているのを見ました。結局どうなったんです?」
「いやあ、負けた負けた。俺は何とか二着に入ったけど、地の利がどうこうではなく、勝負を逸った俺の負けだったなあ。」
そう述べたアレンの口振りには、しかし悔しがるというよりも、何処か吹っ切れたような雰囲気が見てとれた。
「なるほど。では、マリンブルー、レッドブレイズ、キングスフィールド、という着順になるということですね。」
「まあ、そうなるね。」
ウィリアムの言葉に、アレンは頷く。
「分かりました。じゃあ、まずはマリンブルーとレッドブレイズの練習試合から、ということに」
「あ、それなんだけどさ。」
結果を受けて一番手での試合を諦めようとするウィリアムの言葉を、アレンが遮るように口を開く。
「さっき、もうジャンには言ったんだけどさ。キングスフィールドさえ良ければ、ウチ、やっぱり試合は後にしようと思うんだよね。」
「え? いいんですか?」
アレンの口から出てきたのは、トレーニング前とは正反対の言葉。
「いやあ、さっきも言った通り、何度も先輩から注意された勝負を逸る癖を、今回もやってしまったもんだからさ。流石に反省したよね。一応、ジャンからは既に許しを貰っていて、あとはそっちさえ良ければウチはまず見に回ろうと思うんだよ。」
先程までとは一転した姿勢。しかし、そこに動揺などは感じられず、寧ろ一層に自信を持った態度すら感じられる。
「どう? いいかな?」
「え、ええ。まあ……」
「よっしゃ、ありがとう! じゃあ、ウチらは身体を冷やさないように準備しながら待ってるから、また後でな!」
「は、はい……宜しく、お願いします。」
そう言って去っていくアレンの姿を見送るウィリアム。
そんなウィリアムに、今度はジャンが近付いてくる。
「いやあ、もしかしたら、余計なことをしてしまったかもしれないですね。」
唐突にそう言ったジャン。
しかし、ウィリアムには、彼が何を言いたいのか、即座に理解が出来た。
「いえ、良いんじゃないでしょうか。どうせなら、同世代のライバルは強いほうが良いでしょう。実際、別世界では、敵に塩を送る、という言葉があるらしいですよ。」
「なるほど。それは良い言葉だ。」
その返答に、ウィリアムは、ジャンもまた本心から申し訳ないとは思っていないことを確信する。
そして、それは即ち、この短い時間でも、ジャンもまたより油断ならない相手になっていることを意味していた。
だが、それでこそやり甲斐があるというものだ。
そう感じるウィリアムの心は、走り切ったばかりの身体と同じくらいに、熱を持つのだった。




