Sequence43:秀才(たち)は諦めない
キングスフィールド、マリンブルー、レッドブレイズの三校共同で行われることとなった合同練習中、皆の目的である模擬戦の順番を賭けて開催された砂浜でのロード・ワークは、折り返し地点に至って、ほぼ誰もが予想していなかった意外な状況を形成していた。
その光景を最前線で目にしていたのは、三番手以降を走っていたマリンブルーの選手たちである。
当初、先頭を直走ろうとするジャンの真後ろに付くことには成功したにせよ、この砂浜で求められる特殊な走りに慣れていないレッドブレイズのアレンは、段々と引き離されて行くだろうとマリンブルーの部員たちは予想していた。
事実、ジャンがギアを一つ上げた際は、アレンを一旦は引き離しそうになっていたのを後ろにいた部員たち皆が目にしている。
だが、その直後、読んで字の如く瞬時にアレンは体勢を整えると、まるで吸い込まれるかのようにして再びジャンの真後ろにピッタリと喰らい付いていったのだ。
それは、後ろにいたマリンブルーの部員たちからすると、信じられないような光景だった。
単にアレンの足が速いだけではない。単純な走力であれば、寧ろマリンブルーの部員内にもジャンより上のメンバーは幾らでも存在する。
しかし、そんな彼らよりもジャンが先頭に立って走ることの出来る理由は、彼がマリンブルーの先輩たちが培ってきた技術的蓄積の上に成立している洗練された走りを部内で最も忠実に受け継いでいる秀才だったからに他ならない。
走りだけではない。あらゆる部門において、ジャンは部の一年生内で最も真面目に先輩たちの技術を継承しようとしてきた選手だった。その姿勢こそが、基本的には気弱な性格である彼が一年生代表となることを周囲に認めさせたのだ。
そんなジャンに対して、砂浜での走りに慣れていないはずのアレンが同じように走れている不可思議。
その理由は、後ろを走っているマリンブルーの面々にもある点を見れば確かに明らかではあった。
それは足跡である。
ジャンとアレンが走った後の足跡は、一人分のものしかない。
つまり、アレンは、ジャンが走った足跡を、リアルタイムで忠実にトレースしているのだ。
そうすることで、アレンは先頭を行くジャンが柔らかな砂を踏み固めたことによって出来た道を走り、尚且つその走法を自身の内にインストールしていっている。
文字に起こせば単純な理由ではあるが、常識的に考えて、そんな芸当があり得ないほどの神業であることはマリンブルー部員たち皆の目に明らかだった。
普通、そんな足跡に合わせて自分の走り方を即席でアジャストなんて出来る訳もない。
しかし、それを可能にする圧倒的な走りの天才。
そして、その天才性が、更なる驚愕の光景を生み出すのをマリンブルーの面々は目にする。
その出来事は、折り返し地点のカーブにおいて起きた。
先頭で走るジャンは、浜辺の端に置かれたフラッグの最内を突くような最短コースで回ろうとする。通常であれば、そのまま彼が先頭で折り返して直線へと駆け込むはずであった。
しかし、その真後ろに付けたアレンは、これまで前を行くジャンを強い浜風の防御壁にしながら温存をしていた脚を爆発させるかのようにして、ジャンと重なるようなスレスレながらも若干の外を回って彼を追い抜いて行ったのだ。
脚を溜めていたとはいえ、最内を駆け抜けていくジャンに対して外から追い抜くというのは、技術面で同等に立った上で、圧倒的に走力差がなければ出来はしない。
つまり、既にアレンは往路の中で、ジャンと同じ程度までならばマリンブルーの先輩たちが長年に渡って蓄積してきた技術を習得してしまったという事実を示していた。
その上で、アレンがジャンを持ち前の圧倒的な走力差で敵を捲っていく光景を見た瞬間、マリンブルーの一年生たちは皆、日光を遮るもののない浜辺であるにも関わらず、全身に寒気を覚える。
──だが、彼らが気落ちをすることはなかった。
何故なら、彼らが見たものは、アレンの圧倒的な天才性だけではなかったから。
彼らが見たもの──それは、自身が追い抜かれた状況にもかかわらず、その相手をしっかりと見据えて走り続けるジャンの顔。
そこには、彼が日頃から前を行く先輩たちを見る目線と同じ光を宿し、その上でこれまでチームメンバーたちですら見たこともなかったような高揚感が溢れていた。
ジャンは、自分たちの中からマリンブルーの一年代表に選ばれた男は、決してまだ諦めてなどいない。
そのことが、仲間たちを奮い立たせる。
そして、彼らもまた、視線を落とすことなく、前を向いて走り続けた。
先頭を行く二人に追いつこうとするかのように。




