Sequence38:夢渡りは遠征する
ウィリアムたちが幾つかの宿場町を経由しながら何度も馬車を乗り継いで辿り着いたのは、大陸随一の港町として知られるアクアリス。大通りを激しく行き交う人々は皆、船から上げられたばかりなのだろう商品が並べられた店舗を覗き込み、そんな彼らを呼び込みが我先にと奪い合うかのように声を掛けている光景は、文字通り活気に満ち溢れていた。
「おお、こいつはすげえな。」
先程、露店で売られていた数々の軽食を懐に抱え込んだアレクシウスが驚嘆の声を上げている。
「アクアリスには何度か視察がてら父上に連れられてきたことがあったけれど、改めてこうして自分で訪れてみると、確かに驚かされるな。」
そう言ったのは、ダンデリオン。
「まあ、普段は公式の訪問なので庶民の生活空間に触れることは許されませんから、良い経験ですね。」
サフィアスも物珍しそうな目で周囲を見渡している。
「ちょ、ちょっとまた何処かへ行こうとしないでよ、二人とも!」
その横では、ふらっと何かに誘われでもするかの如く気ままにいなくなろうとする双子を必死で止めているエリオットの姿もある。
いま、こうしてウィリアムたち王立キングスフィールド高等学校デュアルフット部の一年生メンバーがこの港街を訪れたのは、ここが国立マリンブルー高等学校の所在地であり、彼らと初めての同学年による練習試合を行うためであった。
「それで、待ち合わせ相手が現れるまでどうせ暇だから改めて訊いておきたいんだけどよ。どうしてここなんだ?」
アレクシウスがウィリアムに問い掛ける。それは初めての練習試合相手にマリンブルーを選んだ理由を訊ねたものだった。
「確かに、それは気になるところだね。私たちは、典礼堂で直に会っていないから分からないけれども、ウィリアムには、他の三校からも誘われていた中で敢えてここを選んだ理由が何かしらあるんだろう?」
ダンデリオンたちも、皆がウィリアムに興味のある顔を向けている。
「ええ、勿論、一応はあります。」
そんな彼らに対して、ウィリアムはこれまで自分たちが重ねてきた練習の整理から説明を始めた。
「まず、最低限のフィジカル作りから始めた初心者組は別として、僕ら経験者組に課された練習は、あのテズニア先輩という稀代の攻撃的選手と徹底的に繰り返したシチュエーション・ゲーム。文字通り戦車のような先輩と練習したお陰で、僕たちの守備に関するレベルは格段に上がってきていると言って良いはずです。」
「ああ、初心者組も、少しずつ可能な範囲でチャレンジを数回ずつ許された訳だが……正直、あまり思い出したくはない部分もある……」
ウィリアムの言葉に補足を入れようとしたサフィアスが、彼にしては珍しく青い顔をしている。確かに初心者でテズニア先輩と対峙した経験は、なかなかトラウマものだったのだろう。
「はい。そして、次に行ったのが、マクシムさんたちキングスフィールド・デュアルフット・クラブとの練習試合。こちらも、日々の肉体労働で鍛えられたフィジカルと長年の経験で培われた技術力による固い守備力を経験させて貰いました。」
「まあ、やり辛かったよね、実際。」
「うん、最初の試合こそ調子良く優勢に試合を運べたけど、あの後、何度もやられたからね、結局。」
双子が賛同する。
「どちらも本当に得難い経験で今後の練習にも大変に役立つことは間違いない、のですが、ことデュアルフットに関しては、実はまだ僕たちには経験が不足していることがあります。」
「なるほど、それをここで今の内に埋めておきたい、ってことか。」
ウィリアムの言葉に対して、最初に納得の様子を示したのは、やはり付き合いの長いアレクシウス。
ダンデリオンとサフィアス、それに双子も、何となくウィリアムの意図を既に察したようだった。
「それで、その不足しているものって?」
最後に残ったエリオットが、改めてウィリアムに質問を投げ掛ける。
「それは、魔術に関する経験なんです。」
ウィリアムは説明を続ける。
「テズニア先輩はシチュエーション・ゲーム中、自身のフィジカル強化に特化した魔術運用をしていました。マクシムさんも基本的にそれと同じラインで、質実剛健な運用を行っていたと言えると思います。」
「クラブでは、高等学校に通っていない方々も多かったからね。使用が出来る魔術数に制限もあった。まあ、それであれだけやれるというのがデュアルフットの奥深いところではあるが。」
ダンデリオンが納得するように言う。
「はい。では、その魔術を、もっと自由自在に使いこなす人がいたら?」
ウィリアムの問いに、皆の間に一瞬の沈黙が落ちる。
「それがいま、国立マリンブルー高等学校で主将を務めているマイヤー・ウィン・ギヴリール選手です。恐らく、いまのデュアルフット高等部門で最も魔術運用に長けた、“魔法使い”の異名に最も近しいと言われる人物。その選手の下で育成された選手たちと試合経験を積むことは、間違いなく今後の糧となるはずです。」
「なるほどな。」
アレクシウスが納得したように頷く。
他の面々も、同じような様子でウィリアムの言葉を聞いていた。
その顔には、これから待ち受けているだろう強敵に対する期待と、緊張が滲んでいる。
そうした刺激こそ、ウィリアムが合同練習相手を選ぶ上で一番の目的としていたものだった。
ただ、そんなウィリアムにも、実はまだ知らない刺激が待ち受けている。
それは、今回の合同練習に参加するのが、実はキングスフィールドとマリンブルーの二校のみではないということ。
それは、現地に着いてからのサプライズとして、ウィリアムにも新たな刺激を与えるのだった。




