Sequence33:夢渡りは因縁を付けられる
イザークと別れて門を潜り、整えられた中庭を通って建物内に入ると、そこに広がっていたのは身が引き締まるようにすら感じる静謐な空気を湛えた空間だった。決して派手ではないものの隅々まで細工の凝られた内装は荘厳で、知識がないウィリアムにも容易に理解が出来るほど、この場所が宗教的儀式などで普段使用されるものであることを雄弁に語っていた。
「えーっと。ところで、ここは何処なんでしょうか。」
「ああ、そういえば、特に何も教えず連れて来てしまったか。ここは王都典礼堂だよ。」
ウィリアムの問いに、先を歩むジョルジオは慣れたように廊下を進みながら答える。
ジョルジオ曰く、王都典礼堂とは、王都で催される式典などを類を一手に引き受けるための場所であり、デュアルフット高等学院部門大会の総会もこれまで伝統的にこの王都典礼堂で行われてきたらしい。それ故、高等学院生のデュアルフッターにとって、毎年の始まりはこの典礼堂から始まるのだと言っても間違いないような場所なのだという。
「ということは、ここも高等学院デュアルフッターにとっては聖地の一つって訳ですね。」
そう言うと、歩きながらウィリアムは感慨深そうに周囲を眺めた。
自分がいるのが何処か知ったことで、稀有な体験をしている実感がいきなり湧いてきたのかもしれない。
「しかし、意外だな。ウィリアムは、デュアルフットのことなら何でも知っているように思っていたが、こういう部分は流石に知らんのか。」
「ええ、まあ。僕が興味あるのは殆ど競技のことばかりでしたから。あと、こう言うのもなんですが、部長にスカウトされる前は、夢渡りである自分が高等学院に通うなんて思ってもみなかったので。そこでどんなイベントがあるのかとか、あんまり調べようと思ったことがなかったんですよね。」
「まあ、それもそうか。」
「ええ、だから、いまこうやって話を聞いて、何だかまだ夢でも見ているんじゃないか、という気も正直します。」
「まあ、まだ仕方ないだろうな。世間じゃあ未だに夢渡りの扱いは腫れ物だ。」
そう言ったジョルジオの顔は、一瞬だけだが、いつも以上に鋭い気迫を放っているようにウィリアムの目には見えた。
それは、まるで何か自身の敵を見据えているような雰囲気を感じさせる。
その気迫に圧されて僅かながらウィリアムが言葉に詰まってしまったその時、廊下の向こうからウィリアムたちと同じように二人連れが歩いてきた。
彼らは法衣を着ていることから、教会関係者であることがウィリアムにも分かる。
「……ウィリアム、俺の後ろへ。」
瞬間、そっとウィリアムだけに聞こえるように、ジョルジオが促した。
向こうから歩いてきた二人の内、前にいた中年の男性が立ち止まると、ジョルジオに声を掛ける。
「おや、その制服は王立キングスフィールド高等学院の。」
「はい、王立キングスフィールド高等学院デュアルフット部で部長を務めております、ジョルジオ・アルク・ロードスタと申します。そちらは、循環教徒の司教様であらせられますね。」
「なんと、覚えておいて下さったとは。お久しぶりに御座います。」
この時、一緒にいたウィリアムは分からなかったが、例えば紛いなりにも同伴者がアレクシウスなどの貴族であったら相手の対応に驚いたかもしれない。
通常、こうした挨拶において、仮に既知であろうと、一方が改めて名乗れば、同じ様に名乗り返すのがこの世界における貴族の一般的な礼儀作法であった。
しかし、いま行われたやり取りでは、ジョルジオが自ら名乗ったのに対して、相手側は名乗らずに済ませようとしている。
それは、明確な敵意の表明に近い。
「どうも、伝統ある王立キングスフィールド高等学院が夢渡りの人間なんぞを特待生に迎えたなどという噂をお聞きしましてな。私共のことなど蔑ろにして覚えていらっしゃらないのではないかと心配をしていたのですが、杞憂だったようですなあ。」
そして実際、続けられた司教の嫌味ったらしい言葉からは、先程から放たれている敵対心の理由がウィリアムであることは誰の目にも明らかだった。
しかし、この時、ここまで言われても、ウィリアムの意識を掴んで離さなかったのは、司教ではなく、その後ろにいるもう一人の若者だった。着ている法衣から彼の役職は司祭であることが分かる。
若者は、ウィリアムたちよりも幾分年上そうな見た目をしており、表向きは司教のように敵対心が露わな態度を取ることもしていない。
寧ろ、その表情は一見、ニコニコと友好的に微笑んでいるように見えなくもなかった。
だが、ウィリアムの危機感は、自分の目の前にいる男から何か得体の知れなさを感じ取っている。
若者は、一貫してウィリアムに対して無視を決め込んでいる司教と違い、ずっとその視線をジョルジオの後ろにいるウィリアムに向けている。
それは、あからさまな態度で接してくる司教などは比べ物にならない程に大きな音で警鐘を鳴らすべきものだと、ウィリアムの全身が主張していた。
「ははは。流石、司教様ともなれば、ご冗談までお上手になるのですね。我々は決して、循環教徒を見下してなどおりませんよ。」
そうして身構えているウィリアムの目前で、庇うようにしたジョルジオが司教の嫌みにも負けず丁寧な返答を試みる。
空気は緊迫感に張り詰めており、両者は互いにそのまま無言の状態で数秒が立つ。
その時、偶然にもウィリアムたちの後ろから、また別の誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。
「……ふん。まあ、いいでしょう。夢渡りを飼うなど、くれぐれも酔狂は程々になさりますよう。それでは、我々はこれで失礼。さあ、行くぞ。」
この場での追及はこれ以上不可能だと悟ったのか、司教は捨て台詞を吐きながら建物の外へと去っていった。
その後ろ、若者は司教と違い、二人に向かって丁寧に一礼をしてから司教と共に歩いていく。しかし、それでもウィリアムは、司教よりも若者のほうが最後まで遥かに危機感を刺激される相手だと直感が知らせていた。
「……すまない、ウィリアム。」
そして、彼らが完全にその場を去ってから、ジョルジオが放ったのはそんな唐突な謝罪の言葉だった。
「え、え?」
突然のことに、ウィリアムは理解が追い付かない。
「今後もお前にはいまのような敵意が向けられることはまだまだ多くあるだろう。時には、いまのように俺が庇えず、お前が矢面に立たせなければならない事態もあるやもしれん。いつか、スカウトを受けなければ良かったと思う日だってある可能性も否定は出来ない。」
ジョルジオは、そうした状況を理解しつつも、その上で尚、ウィリアムを用いなければならないことを極めて遺憾そうにしている。
他の生徒には期待しなくていいことを、ウィリアムには期待しなければいけない自分の力不足を悔いるように。
それは、常に自信満々そうな姿を見せるジョルジオを見慣れたウィリアムからすれば、極めて珍しい姿であった。
そんなジョルジオ相手だからこそ、ウィリアムはその言葉をはっきりと否定した。
「いいえ。それはスカウトの話を受けた時より理解していることだとお伝えした通りです。自分は部長が何を期待しているのかまでは分かりません。ただ、スカウトの時に仰って下さった通り、自分に出来る限りの努力をデュアルフットに注ぐという誓いが変わることはありませんよ。」
「……そうか。俺は頼もしい後輩を持てて嬉しいよ。さて、目的の会合場はすぐそこだ。改めて宜しくな、ウィリアム。」
そう言って、ようやくジョルジオがいつもの雰囲気を取り戻す。
「こちらこそ、宜しくお願いします。」
そうして、二人は改めて歩み出す。
廊下を異なる方向へ歩いていくウィリアムと司祭の二人。
この出逢いが、後に大きな事件へと繋がっていくことを知る者は、まだこの世界には存在しなかった。




