Sequence31:友人は苦笑いする
「それでは、本日の試合が恙なく終了したことを祝し、乾杯!」
「「「「「乾杯!!!!!」」」」」
王都の河川敷に作られた市民グラウンドに、大勢の叫び声が響き渡る。
いま、練習試合を終えたキングスフィールド学院デュアルフット部とキングスフィールド・デュアルフット・クラブの面々はグラウンドに設営された簡易会食場で懇親会を行っていた。
懇親会はデュアルフットの掲げる理念である敵味方無しの象徴として、昔から伝統的に行われてきたものだと言われている。
とは言え、貴族出身の多い学院生のチームと、平民ばかりで構成された地域のクラブ・チームでこういった会を行うことは稀になっていた。
なので、こうした景色を見られるのは、ジョルジオ部長の人徳とも言えるだろう。
流石、夢渡りの自分をスカウトするような人物だけあって、そういった垣根に頓着をしない人物だと、ウィリアムは改めて彼の元でデュアルフットをすることを決めて良かったと再確認していた。
そんな時、ふと横から声を掛けられる。
「今日の練習試合もお疲れ様でした、ウィリアムさん。試合、おめでとうございました。」
ウィリアムが声の主のほうを向けば、そこにいたのはKFCのエースであるマクシム・イーデンの妹、ミリア・イーデンが学院の一年生チームが勝利したことを祝いにきてくれたところだった。
「ああ、ミリアさん。わざわざありがとうございます。懇親会は楽しめてますか?」
「え、ええ。さっきまでクラブの人たちとかに挨拶して回っていたんですけど、皆、久しぶりに会ったのに凄く良くしてくれて、とても嬉しかったです。ただ──」
ウィリアムの問いにそう答えたミリアは、少しだけ言葉を詰まらせた後、こう続ける。
「今更ですけど、こんな場所にあたしまで参加しちゃって良かったんでしょうか?」
「良いんじゃないですか? マクシムさんの妹さんで、いままで練習に何度も顔を出していて知らない仲じゃあないですし、何よりこの懇親会にミリアさんの店から差し入れもたくさん持ってきて貰っていますから。」
ウィリアムは、彼女が持ってきたサンドイッチを手にしながらそう言う。
ミリアが働いている出店は、王都で有名なデートスポットである並木道でも評判の軽食屋で、懇親会に出る食事にも手頃だろうと、両チーム共に合意の上で事前に注文を入れていた。すると、店長から、店の看板娘を守ってくれたお礼と言って、過剰なほどサービスを貰ってしまったのだ。
「問題があるとすれば、品物を運んだらすぐミリアさんがお店に戻らないといけない、とかだったら帰らなければマズイかもしれないですけど」
「ああ、それなら、店長からは早上がりにしとくから、この機会に改めてお礼をしておいでと言われていてるんですよね。だから、全く問題ないです。」
ウィリアムの問いに、ミリアはそう答えた。
なるほど、だから肉親であるマクシムがいて、元々の顔見知りも多いKFCの面々が着いた机からわざわざ離れて、自分たちのところまでやって来てくれたのかと、ウィリアムは納得する。
「という訳で、改めましてウィリアムさん、アレクシウス様、先日は本当にありがとうございました。」
そう言って、深々とお辞儀をするミリア。
「いえ、何度も繰り返しになりますが、貴女を助けたのはサフィアスですから、僕なんかには頭を下げる必要はないんですって。」
それに対して、もはやお決まりのようになってしまった返事をするウィリアム。
「そうだぜ、俺たち別に何もしてなかったもんな。」
アレクシウスも、料理を物色しながらそう返答する。
「勿論、サフィアス様にも先程、お礼を申してきました。でも、やっぱりお二人にも感謝しているんです。お二人は倒れていたあたしに手を差し伸べて下さいましたし、アレクシウス様はあたしを心配して兄のところへ連れていくことまで提案して下さいました。あの時のあたしからすれば、どちらも本当に心強く感じられたんですよ。」
そう言われると、ウィリアムも何となく納得はする。
確かに、貴族の馬車に轢き殺されかけた上に、面と向かって罵倒されれば、平民であれば誰だって何か罰を与えられるのではないかと怯えるだろう。それが、彼女のようなか弱い少女であれば尚更だ。
「そっか。じゃあ、ありがたく気持ちは受け取っておくとしようぜ。なあ、ウィル。」
元々が辺境伯の子息であるアレクシウスは、流石に平民から感謝を受け取る行為に慣れているらしく、すんなりと彼女の言葉を受け入れる。地元のクラブチームに所属するという貴族らしくない生活を送っていたのも、平民とコミュニケーションを取ることに抵抗を殆ど覚えない一因となっているのだろう。何せ、夢渡りであるウィリアムのことですら、デュアルフットの相棒と言って憚らないような男なのだから。
それに較べると、ウィリアムは誰かに感謝されるという行為にあまり慣れておらず、それ故に相手から貰った言葉に何と返して良いのか分からないところがあった。
それを、アレクシウスはフォローしてくれているのだろう。
「う、うん。それじゃあ、こちらこそ、どういたしまして。」
幼馴染に促され、ようやくウィリアムもそれらしい返答を口にすることが出来た。
これで何とかあの事件も一段落といった様相を見せる、と思った矢先だった──
「それよりミリア嬢! お兄さんを紹介してくれないか?」
「えっ」
「えっ」
唐突なアレクシウスの発言に、言われたミリアだけでなく、幼馴染であるウィリアムも驚いて言葉を失う。
紹介?
家族に?
いきなり何を言い出したんだと、ウィリアムが訊ねようとした直後、アレクシウスは何を気にする様子もなく言葉の続きを吐き出した。
「いやあ、ミリア嬢の兄貴は本当に良い選手でさ。試合中、そのテクニックを存分に学ばせて貰ったからな。そのお礼と、でもまだまだ学び切れていないことがたくさんあるから、今の内にそれを詰めておきてえんだよな。だから、この懇親会の間に話しておきたくてさ。どうか、頼む!」
早口で捲し立てるように述べられたそれは、ウィリアムが予想していたようなものではなく、単なるデュアルフットに関する交流がしたいという内容だった。
「な、何だ。アレク、ビックリさせないでよ。」
「何がよ。懇親会の交流は、そもそもそういう交流で互いの上達を図るためのもんであって、敵味方無しもあくまでその結果としてのもんだろうが。」
「む。ま、まあ、そうだけど。」
それにしたって、言い方ってもんはあるんじゃないのか、という反論をぐっと飲み込むウィリアム。
確かに、アレクシウスの様子は、単にマクシムとの交流を図りたいだけに見える。
しかし、本当にそれだけだろうか?
先程も述べた通り、アレクシウスは地元のクラブチームに幼い頃から所属していたお陰で、平民とコミュニケーションを取ることに対して抵抗が全くない。特に、彼の父が治めている北領は、武門の家柄だけあって実力主義が根底にあることも、それを後押ししている。
例えば、こういった場では立ち回りに制限のある王族であるダンデリオンや、常に彼と一緒に行動を取らなければならない側近のサフィアスとは立場が全く異なるのだ。
それに、そもそも根が明るく、人当たりの良い性格である。
懇親会が始まってすぐに二人で互いの問題点を挙げる反省会に没頭し始めたグレイ兄弟のようなやり方も──それはそれで、一つの方法ではあるのだが──彼には似つかわしくない。
だから、本来であれば誰に仲介を頼むまでもなく、我先にと自分から声を掛けにいってもおかしくないのがアレクシウスだったはずだ。
それが、わざわざ妹とは言え、ミリアに頼むなんて、珍しいことのような気もした。
もしかして、自覚こそしていないものの、無意識化でミリアのことを気にしているのかもしれない。それを下手に刺激して藪蛇になってしまうよりは、慎重に事を運ぶほうが良いのではないか。
また、仮にもし万が一にそんな可能性があったとして、では、ミリアのほうはどうだろう。
ウィリアムの印象では、最初に紹介を頼まれた時は目を白黒させ、もしかしたら頬を少し赤らめていたような気もするミリアだが、いまは普通に落ち着いている状態に見える。だが、女心に対する理解などこれっぽっちもないウィリアムは、自分の判断に欠片も自信がなかった。
どうするべきだろうかなどと、余計なお節介とは思いつつもウィリアムが考えを纏めあぐねている途中で、アレクシウスが問い掛けてくる。
「ウィルも行こうぜ。お前も、色々と尋ねたいことあるだろ。」
「え、ああ、えっと──」
「ああ、いたいた! ウィリアム、部長が呼んでるよー!」
ウィリアムにとっては渡りに船な形で飛び込んできたのは、ちょっと遠くからこちらに向かいながら呼んでくれたエリオットの声だった。
「だ、だってさ。とりあえず、二人で行ってきなよ。」
「そうか? まあ、合同練習は今後も定期的にあるみたいだし、今日のところは、俺の質問に答えて貰ったことに関しては、後で共有って形でいいか。」
「う、うん、そうして貰えると助かる。」
「よし、オッケー。それじゃあ、行こうか、ミリア嬢。」
「は、はい!」
そう言って、二人で連れ立って歩く二人の背中を見送るウィリアム。
そこに、エリオットがやって到着する。
「いまの感じで良かったかな?」
「え?」
「いや、何か、ウィリアムがどう答えようか困っていたように見えたから。」
どうやら、エリオットは一連のやり取りを把握していて、声を掛けてくれたらしい。
「いや、助かったよ。とは言え、案外、本当に何の気もなく言った可能性もアレクならなくもない気はするけど。」
「まあねえ。」
エリオットは苦笑いしながら肯定した。
「実は、うちの姉さんたちは恋愛話が大の好物でさ。日頃から、そういう話ばっかり聞かされたんだよね。正直、僕には姉さんたちが言っていることの意味はよく分からなかったんだけど、さっきウィリアムが浮かべていた表情に、何となくそういう時の僕と通じるような気がしたよ。」
エリオットから意外な部分で共感を示されたことに、ウィリアムも苦笑いを返すしかない。
デュアルフットを通じて幸運な出会いを経たとは言え、長年に渡って能無しの夢渡りと蔑まれてきたせいで、そういった人間関係は縁がないことだと、ウィリアムは思っているのだった。
「それから、部長が呼んでるってのは本当だから。何でも、デュアルフットの大会に関する話があるって。あっちにいるから、行っておいでよ。」
「ああ、うん。ありがとう。早速、行ってくるよ。」
エリオットに促され、ウィリアムは早々に気持ちを切り替える。その表情は、まるで先程までのことなど全くなかったかのように、既にデュアルフットのことで一杯な様子で。
そんなウィリアムが走り去って行く背中を見送りながら、エリオットは誰に聞こえるでもない呟きを吐き出していた。
「さっきはウィリアムの手前だからああ言ったけど、あれ程じゃあないかもしれないなあ。うーん、流石すぎる。僕も見習わなければ。」、と。
そこを見習う必要は特にないのだというツッコミをしてあげられる相手は、誰もいなかった。




