Sequence29:幼馴染は三度目を繰り返さない
ガキの頃から、お勉強ってのが苦手だった。
例えば、数字だ。
辺境伯の息子って立場がある以上、領地経営の上で、数字を扱うことは避けられない。
でも、世の中にはそうじゃあねえ奴もいるんだろうが、少なくとも俺には毎月の支出がどうとかこうとか、そういった類の数字を実感が出来なかった。
実感の伴わねえもんはイマイチ分からねえ。
なまじ他の、身体を動かす訓練であれば大抵のことは一目で出来るようになっちまったから、性質が悪い。いつの間にか、俺は無駄なプライドだけ抱えたままジタバタと足掻いていたんだ。
そして、そうこうしている内に俺はある時、折れちまった。
情けねえことだが、事実なんだから認めなきゃならない。
確かに、あの頃の俺は腐っちまっていたと思う。
クソ商人に囁かれた言葉が頭から離れなくなって、優秀な兄貴たちと較べて自分は劣った存在なんだなんて下らないことを考えて。そんなもんは、悩んだつもりになっていただけだ。
結果、問題があれば力技で何とかしようとしちまうような我儘なクソガキの出来上がり。
そして終いには、俺のことを辺境伯家には相応しくない、“北領の赤い鬼子”なんて呼ぶ奴らまで現れた。
だけど、そんなことは大したことじゃあねえ。
本当に問題なのは、それを真に受けていた俺だった。
自棄になっていた俺は、ある日、親父たちにこう言っちまった。
「どうせ不要なんだったら、さっさと廃嫡しちまってくれ」、と。
その時、親父と兄貴たちが見せた顔を俺は一生忘れることはないだろう。
憐れまれるならまだマシだった。その、悲しみを湛えた瞳からは、決して俺のことを見離していないことが俺にすら分かるほど伝わってきた。伝わってきてしまった。
「三度、同じ間違いをするのではないぞ。」
そして、親父はそれだけ言うと、寂しそうな顔で去っていったのだ。
その通りだ、と思った。
俺は、クソ商人の言葉に続いて、周囲の他人たちの言葉まで鵜呑みにして、自分がこの家には要らない“鬼子”だと勝手に見下げてしまっていたことに気付かされた。
一回の失敗は誰にでもある。当然のこと。
だが、二回目に同じ失敗をするのは、それは馬鹿のすること。
俺は、本当にどうしようもなく馬鹿だったのだ。
もしも同じ失敗を三回も繰り返せば、俺は大馬鹿だいうことになってしまう。
それだけは避けなければいけないと、その日、俺は誓ったのだった。
セット・ラインにポジショニングしていたアレクシウスは、ふとそんなことを思い出していた。
プレイに集中していない訳ではない。
既に一回目の失敗は犯した。相手の筆頭選手に、抵抗する間もなく呆気ない倒され方をした第1シークエンス。
だが、第2シークエンスでは、早めのクロスで敵を釣り出し、きちんと相手の動きに目を凝らす余裕を作ってくれたウィリアムのお陰で、自分がどういう理屈で青天に転がされたのか、目に焼き付けることが出来た。
結果だけ見れば同じ無得点。しかし、二回目のそれは、決して無策で何も得られなかった失敗ではない。
であれば、後は三回目である今回にそれを活かせば良いだけのこと。
「プレイ!」
そうして第3シークエンス開始のコールが告げられた。
盤面はまたも互いに変わらず、意地の張り合いが続いている。
練習を積んできたセット・プレイ通り、アレクシウスはウィリアムが走り込んでくるはずのコースへクロスに入る。
当然ながら、クロスに入るからと言って必ずスパイクがパスされる訳ではない。相手の対応次第では、自分が囮役となってウィリアム、もしくはBロングのダンデリオンが突入する場合だって考えられる。
だからこそ、選択肢の一つとして走り込む選手は常に自分がスパイクを受け取って相手陣地に突入するつもりで全力を出さなければいけない。
実際にフィールドに立ってプレイする選手は、そうした相手の気勢に敏感だ。相手にとっての脅威となるようなつもりがない選手の走りはすぐに偽装だと見破られ、防御の対象から外される。
そうすれば、クロスのような複数の選択肢を相手に押し付けて混乱を誘う作戦はいとも簡単に破られてしまう。
だからこそ、アレクシウスは全力でクロスへ走り込んでいくが、そうしたセオリーに加えて、何となく言い表せない直感として、今回も自分にスパイクがやって来る気がしていた。
勿論、それは落ち着いて理論化すれば、例えば相手チーム側はミッドを守るマクシムを筆頭選手として信頼するが故に中へと切り込むアレクシウスを彼に任せ、Bショートとロングのウィリアムとダンデリオンに防御の意識を向けてマークを外さないだろうから、などと言うことはアレクシウスにも出来たかもしれない。
確かに理論上ではそのように処理が出来る。しかし、実際のフィールドに立っている際に重要なのは、決してそうした理論だけではない。
理論と同時に、もっと別の、直感に訴えかけてくるような何かを選手たちは皆、感じ取りながらプレイしているのだ。そうした経験を積むことで、選手たちは上達をしていく。
そして、アレクシウスにとって、それはまさにいまこの瞬間だった。
まるで一瞬先の未来が見えているかのような感覚。それはトリップしているようでいて、自分を含めた周囲の状況を把握している冷静さの上で成立するのだ。
そして実際、その感覚通りにスパイクがウィリアムからアレクシウスにパスされる。
すると、やはり前回までと同様、煙幕の中からアレクシウスを止めるためにマクシムが飛び出してきた。
アレクシウスには、その動作がまるでスロー・モーションになったかのような感覚で冷静に観察することが出来ている。
マクシムのタックルに入る姿勢は、極めて模範的で、長年の鍛錬を積んできたことが一目で理解が出来るものだった。
体格の大きい選手は低い姿勢を保つのが難しく、どうしても力任せになってしまいがちだ。しかし、マクシムはきっちりと低い姿勢でアレクシウスの足元を目掛けて走り込んできている。
その上で、マクシムのタックルについて特筆すべきなのは腕だった。
概ね、体格の良い選手は自らのリーチと力を活かそうとして、まず相手を掴みに手を伸ばした状態で相手へタックルに入ろうとしてしまう。
確かに、なるべく早く相手を捕まえたい。それは、一度でも捕まえられたら大抵は腕力と体重で何とか相手を倒せてしまうような恵まれた体格の選手なら当然の心情だろう。
しかし、マクシムのタックルは寧ろ、ギリギリまで腕の振りをコンパクトに抑えながら、肩のラインが最初に対象とぶつかるように姿勢が保たれている。
それが、より体格のよいアレクシウスが第1シークエンスで抵抗する間もなく青天に倒されたタックルの術理を構成する基礎だった。
格闘において、触れるという行為が伴う情報は一般に想像されるよりも遥かに膨大だ。
身体は、頭で把握して考えるよりも先に、触れられたという事実に反応してくれる。
仮に、もしもマクシムがタックルに入る際、肩のラインよりも前に腕を振って触れに来るようであれば、例えばアレクシウスはそれを瞬間的に振り払いながら敵と反対側にステップを切るなり、或いは本格的に衝突する瞬間に備えて力を込めるなり、対応することが簡単に出来ただろう。
しかし、マクシムは腕をコンパクトに振ることで、肩のラインが相手と接触した瞬間と同時に足元のロックが成立するようになっているため、そうした反応が難しかった。
それ故に、倒される瞬間までタックルに入られた感覚がなく、抵抗する間が与えられない。
では、それを崩すためには。
「ギリギリまで触ってくれないってんなら、こっちから触ってやれば良いんだよなァ」
アレクシウスが取った選択は、青天に倒されたはずの強敵から逃げず、敢えて自ら立ち向かっていくことだった。
スパイクをマクシムがタックルに来るのとは反対の左腕で固定し、右腕の肩と肘をロックした一本の強く長い槍のようにしながらマクシムの肩をストッピングする。
所謂、ハンド・オフと呼ばれる攻撃時の行動によって、触れるタイミングを外されたマクシムは、寧ろ自らの勢いをアレクシウスに利用される立場になってしまう。
ズラされた間によってコンパクトに振られた腕はアレクシウスの身体をロックすることが叶わず、ただ空を切った。
「KDC、セット・ライン突破ならず! キングスフィールド学院、セット・ライン突破およびゴール・ラインのミッド・レーンにスパイク設置のため、4ポイント獲得!」
第2シークエンスまで互いに無得点というロー・スコアで進んでいた試合の流れが、ここで大きく切り替わったのだった。




