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Sequence27:幼馴染は前を向く

 自分は恵まれている。少なくとも、アレクシウス自身はそう自覚していた。


 三男とは言え、辺境伯の息子として生まれ、何不自由なく育った自分の境遇は、例えば幼馴染のウィリアムと較べれば遥かに幸運な立場にあることは明らかだったからだ。彼との出会いは、アレクシウスにとって自身を顧る良い契機となったのである。


 それでも、彼に不満がなかった訳ではない。それが単なる反抗期だと頭では理解していたとしても。

 実際、アレクシウスは、ウィリアムと出会うまで、周囲の者たちが手に負えない問題児でもあったのだ。


 そもそもの発端は、兄弟たちへのコンプレックスに由来する。

 アレクシウスの二人の兄は、どちらも文武に秀で、父の跡を継いで領地を治める将来を期待されるに足る麒麟児たちだった。

 アレクシウスの生まれた北領は険しい山が多い積雪地帯という自然の厳しい土地であるため、代々の領主にはそれでも尚、領民たちから不満の出ない治政を布く手腕が求められる。

 その上、かつてあった戦争時代名残として国内で最も優れた精強な軍隊を組織する家という伝統を守り続けてきた歴史があった。


 その点で、二人の兄たちは申し分のない逸材だった。そのこと自体には、アレクシウスも不満を覚えていた訳ではない。寧ろ、そんな素晴らしい兄たちを持っていることを誇りにすら感じていたくらいだ。


 ただ、アレクシウスは体格こそ兄弟の中で最も恵まれていたものの、上の兄弟たちほど座学が得意ではなかった。

 知識を覚えることが出来ない訳ではない。ただ、どうしても身体の芯まで浸透して理解する感覚が得られない。

 それでも彼は、必死で兄たちの背中を追い、その一挙手一投足を見逃すまいと努力を続けていた。


 しかし、ある日、彼の家を訪れた流れの商人が放った何気ない一言は、まだ幼かったアレクシウスの心に大きな歪みを生むに充分な威力で刺さってしまったのだ。


「末っ子であらせられるアレクシウス殿は、優秀な兄に面倒なことは任せて、家を継ぐことなんか気にせず、自由気ままに我儘を言えば良いのです。」


 それは、珍しい商品を卸にきた商人が、辺境伯家の皆で商品を吟味している最中にそっとアレクシウスだけに耳打ちした言葉。

 恐らく、いま考えれば、それは商人の常套手段だったのだろう。

 貴族の家でも、末っ子が甘やかされて育つ場合は少なくはない。

 だから、そこに狙いを定めて親へ強請らせるのが彼のやり口だったのだと、いまなら判断することも出来る。


 だが、この時のアレクシウスには、その言葉が全く違う意味に聞こえてしまっていたのだ。


 ああ、そうか。俺はこの家には不必要だったのか、と。


 それから、彼の振る舞いは大きく変わった。それまでは苦手でも努力を続けていた各種の座学はおざなりになり、ひたすら身体を鍛えることにのみ打ち込み始めてしまうようになる。

 そして、そうした努力は不幸なことに、それまで恵まれたものだったはずの体格を、同年代の子どもたちに対して威圧的に振る舞っているかの如く受け取られる姿へと、貴族社会の中で歪められて伝えられてしまったのだ。

 そうして、彼は家の者以外からは、何でも力任せで解決しようとする問題児だという噂が出来上がる。


 しかし、真にアレクシウスにとって追い打ちとなったのは、あの商人がその後、領地への出入りを年単位に渡って禁止され、厳重注意を受けていたことをかなり後になってから知ったことだった。

 家族は、しっかり自分のことを見てくれていたのに。

 それなのに、自分は下らない放言に自棄を起こしていただなんて。

 それこそが、アレクシウスにとっては最もショックなことだった。


 そんな彼に再び転機が訪れたのが、ウィリアムという少年との出会いだ。

 周囲からは恵まれた点など一つもないと看做されているウィリアムは、しかし、自分のことを恵まれていないなどとは決して思っていない。その姿勢に、自分には何もないと感じていたアレクシウスは同世代ながら尊敬の念を抱かざるにはいられなかった。

 ウィリアムと並び立つことで、俺は変わることが出来るのではないか。

 あいつのように。

 それが、いつしか自分の中で目標となっていったのだ。


 ──いま、フィールドに青天で倒されたアレクシウスはそんなことを思い出していた。

 正直、何が起こったのか全く分からなかった。

 理解が出来ているのは、ウィリアムとのクロスでスパイクを受け取った瞬間、煙幕(スモーク)から飛び出てきたマクシムにタックルを喰らったこと。

 確かに、マクシムも一般的には大柄なほうで、恐らくは日々の労働によって鍛えられたのだろう日焼けした肉体は、論理的な鍛錬では得られない野性味の溢れた筋肉の付き方をしている。

 とは言え、接触(コンタクト)すれば、アレクシウスの身体能力であれば抵抗することは出来るはずの相手だった。少なくとも、こんな簡単に倒される差があるようには見えない。

 だが、現実には、そもそもいつの間に倒されたのかすら理解が出来ない状態だった。


 だとすれば、そこには何らかの技術が潜んでいる。


 問題は、それが現状では何なのか、皆目見当が付かないこと。


「勿体ないですねえ。」


 ふと、倒れていたアレクシウスに手を差し伸べて助け起こしているマクシムがそう呟くのが聞こえる。


「……何がすか。」


「いや、そんな恵まれた体格を持っていながら、君はそれを充分に活かせていないから、ですよ。」


 マクシムは、貴族であるアレクシウス相手に物怖じすることなくそう言い放つ。


「悪いですが、君たちの部長から、こっちにも指示が出ているんです。この試合では、君のことを集中的に狙って、出来れば煽って欲しいとね。正直、最初は驚きましたが、元王族から試合が終われば敵味方なし(ノー・サイド)を盾にそう言われちゃ、こっちも逆らう訳にはいきませんからね。手加減はなしでやらせて貰いますよ。」


「……そりゃ、ありがたいこって。起こしてくれたことも含めて、感謝しますよ。」


「へえ。噂じゃ荒くれ者って聞いていましたが、怒らないんですね。平民から煽られているってのに。」


「一応、これでもデュアルフットを長年やってるんで。試合が終われば敵味方なし(ノー・サイド)の精神はきちんと叩き込まれてますよ。それに──」


 一瞬、アレクシウスは自陣に戻っているメンバーのほうへと目を向ける。


「……それに?」


「いや、何でもないっす。それより、次もお願いします。」


 そう言って頭を下げると、アレクシウスは仲間たちの待つ自陣へ戻っていった。


「セット・タイム!」


 審判のジョルジオが第2シークエンスの開始を告げる声をフィールドに響き渡らせる。

 それに合わせて、それぞれのチームはいまの攻守を踏まえた上で次の作戦を決めなければならない。


「ウチの一年で最も体格の良いアレクシウスを抵抗させることなく倒すとか、あれ何?」

「どうすんの、ウィリアム。部長からは、ひとまず試合の軸はアレクシウスでやれって指示だったけど、変えるなら早目に判断したほうが良いと思うよ。」


 自陣に戻ると、すぐさま作戦会議が始まる。最初に発言したのはグレイ兄弟だった。

 とは言え、彼らだって何も無慈悲にそう言っている訳ではない。どちらかと言えば、チームの中で言い辛いだろうことを限られた時間内で率先して端的に言い、嫌われ役を担おうとしてくれているに過ぎない。


 与えられたミッションをクリアが出来なかったからと言って、それを即座に変えるなんてことを、練習試合でするつもりは彼らにもなかった。


 そんな二人の考えも汲みつつすぐさま異論を挟んだのはウィリアムだった。


「いや。」


 首を振ったウィリアムは、断固とした表情で言い切る。


「この試合で軸にするのは、まだアレクだ。元々、クロスは相手に複数の選択肢を押し付けるサイン・プレイだから、決して的が一つに絞り込めない以上、早々に変えるべきじゃあない。」


 その言葉に対して、双子は同意するように頷く。


「上手く行く目算は?」


 それに対して、ダンデリオンが改めて問う。現実的な彼らしい発言だった。


「大丈夫、だと思います。だよね、アレク。」


 そう言い放ったウィリアムの瞳には、アレクシウスに対する信頼が見て取れた。


 そんなウィリアムに対して、アレクシウスが返せる言葉は一つしかない。


「ああ、任せろよ。俺は、お前の相棒だぜ。入学早々に周囲へ力を認めさせた上に、大先輩にまで一矢報いたお前に、俺が負ける訳にはいかないだろうがよ。」


「よし。それじゃあ、基本の作戦はさっきと同じで宜しく。」


 ウィリアムがIGL(インゲームリーダー)として決断を下すと、それを了承したメンバーはそれぞれのポジションへと散開していく。


 そんな中で、アレクシウスもBショートのセット・ラインへ戻りながらいまのやり取りを反芻していた。


「あーあ。大丈夫、ね。」


 正直に言えば、アレクシウスに完全な自信がある訳でなかった。何せ、自身の恵まれたフィジカルをいままさに完膚無きまでに抑え込まれたのだ。自信の軸となるものを失ったにも等しいシークエンスだった。


 だけど、それがどうした。

 一度は全てに自信を失った俺が、何も頼れるものがないなんてことに自信を失うべきじゃあない。

 それよりも、いまは優先すべきことがある。


 そして何より、これまでウィリアムがアレクシウスに失望したことなど一度として無かった。

 そんな幼馴染の期待に応えない訳にはいかないのだ。


「こちとら、貴族じゃない相手から煽られるなんて毎日のように慣れてんだ。あいつより俺を煽る相手がいる訳ねえ。舐めんじゃあねえってのよ。」


 そう言ってアレクシウスは少し苦笑すると、改めて敵陣を見つめる。


 その瞳が、かつて兄たちの背中を見ながら学んでいた頃の輝きを宿し始める。


 それは、まだアレクシウス自身もまだ自覚していなかったけれど、密かにクラブ時代からウィリアムたち仲間をを支え続けていた、他人から見て学ぶ才能がより大きく開花する予兆だった。

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