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Sequence24:兄は豪語する

「ミリア! どうしたんだ、こんなところに!」


 目的地の市民グラウンドに到着したウィリアムたちを迎えたのは、連れて来たミリアの姿に驚いた彼女の兄であるマクシム・イーデンの驚いた声だった。


「お兄ちゃん! あ、あのね、並木道でお貴族様に絡まれていたところを、この方たちに助けて貰ったの。」


 ジョルジオに説明へ向かったサフィアスと入れ違うように急いで駆け寄ってきたマクシムに、ミリアが事情を説明する。


 当初、妹が貴族に悪質な言い掛かりをつけられたことへの驚きから表情を硬くして経緯を聞いていたマクシムだが、その後の展開を聞いていく内、最終的には落ち着いた様子を取り戻して、ミリアに優しく声を掛ける。


「そうか。事情は把握した。よく無事でいてくれたな。」


 そう言ったマクシムは、すぐさまダンデリオンのほうへ向き直ると、深く頭を下げた。


「はじめまして。ご挨拶させて頂いても宜しいでしょうか。」


「ええ、勿論。そもそも爵位が上の者に対して自分から声を掛けてはいけないなどというのは所詮、貴族における暗黙のルールですから、貴方が気にする必要はありませんよ。」


「え、いえ、そういう訳には……」


 ダンデリオンの対応に困惑するマクシムだが、この場にダンデリオンよりも地位の高い者など存在する訳もなく、彼がそう言う以上は誰も反論することが出来ない。

 仕方なく、すぐさま冷静さを取り戻したマクシムは、改めて自己紹介と感謝の念を述べた。

 

「ミリアの兄、マクシム・イーデンと申します。皆様方、本日は妹を助けて下さり、誠にありがとうございました。」


「いえいえ、頭を上げて下さい。まず、助けたのは私でなく、サフィアスとウィリアムです。それから、勝手に彼女の商売を店仕舞いさせてここへ連れて来てしまったのですが、大丈夫だったでしょうか。」


「全く問題ありません。私としても、揉め事があった後に妹が目の届く範囲にいてくれるのは安心します。それに、実はいまでこそ家計を助けるために始めた商売でここに来ることは少なくなってしまいましたが、あの娘も昔はこのグラウンドでいつもデュアルフットの練習を眺めていたのです。それどころか、幼い頃は本当にお転婆で、練習に参加していたことだってある。もしも、昔のようにミリアがデュアルフットを楽しんでくれたら、私としても大変に嬉しいです。」


 そう言ったマクシムの横で、ミリアがとても小さな声で「ちょっと、お兄ちゃん、いまそんな昔のこと……」と言い掛けた言葉が尻すぼみになっていく。恐らく、恥ずかしくて口を挟みたいものの、ダンデリオンたちの手前、それが出来ないのであろう。

 とは言え、こうした短いやり取りでも、彼ら兄妹の仲が良いのはウィリアムたちにも伝わってくる。

 きっと良い家族なのだろうと、家族のいないウィリアムは眩しいものをみるような気持ちで彼らを眺めていた。


 そこに、こちらもサフィアスから事情を聞き終わったのだろう、ジョルジオたちがやって来る。


「やあやあ、お前たちが僅かとはいえ時間に遅れるなんて珍しいとは思っていたが、まさかロード・ワーク中に珍しい厄介事に巻き込まれてしまっていたなんてな。とにかく無事で良かった。本当にお疲れ様。」


「ええ、まさか。事前に安全面で色々と考慮したはずのルートであんなことが起きるなんて、誰も予想出来ませんでしたからねえ。」


 そう言い合う二人の雰囲気は、マクシムとミリアと同じく血の繋がった間柄であるにも関わらず、先程の彼らが醸していたものとは些か違う、何処となく芝居めいていながらしかし何処か二人の間だけで何かが通じ合っているような空気をウィリアムは感じる。腹違いな上、既に片方は王族から臣籍降下したとはいえ、やはり兄弟なのだろう。

 そして、その横では、サフィアスとアレクシウスが何処か遠い目で溜息を吐いていた。

 もしかすると、二人のやり取りと周囲の反応から察するに、最初からあの貴族があそこで揉め事を起こすのを見越して、そこに介入するためにルートを設定していたのかもしれない。

 でなければ、安全面を考慮したロード・ワークのルートで、初日からあんなトラブルに見舞われるはずがないのではないか。

 少なくとも、何かしらの考えが彼らにあっただろうことは間違いないだろう。

 そして、それはこのグラウンドに来たことも同様のはずだと、ウィリアムは考える。


「さて。では、色々あって遅れてしまって申し訳ないが、ようやく部員も全員が揃ったことだし、地域のクラブ・チームとの合同練習を開始させて貰っても良いだろうか。」


「勿論です。こちらは既に準備が出来ております。」


 そう言ってマクシムが示した後方には、河原を整備して作られた市民グラウンドでストレッチに勤しんでいるクラブ・チームの面々が見えた。

 学院のメンバーで構成されたウィリアムたちと違い、彼らの風貌はかなりまちまちで、中には明らかに学生ではないだろう人物なども交じっている。


 その時、そっと近付いてきたエリオットが、ウィリアムに耳打ちで尋ねる。


「ねえ、ウィリアム。君ってデュアル・フットにはとても詳しいんだよね?」


「いや、そんなことないけど。普通だよ、普通。」


「ええ? でも、アレクシウス君が言ってたよ。デュアルフットのことで分からないことがあれば、ウィリアムに尋ねておけば間違いない、って。」


「相変わらずアレクは買い被り屋だなあ。僕だって、知らないことはいっぱいあるよ。寧ろ、知らないことだらけさ。だから、デュアルフットは楽しいんだし。」


「じゃあ、あのクラブ・チームのことも知らない?」


「いや、知ってはいるけど。一応ね。」


 ウィリアムが当然のようにそう答えると、「やっぱり、知ってるんじゃないか。」とエリオットは呆れた声で言った。


「何の話です?」


 すると、そこにサフィアスが交じってくる。


「ああ、えっと、これから合同練習するクラブ・チームはどんな相手なのかなって、いまウィリアムに尋ねていたところで。」


「ふむ。実は私もデュアルフットには詳しくなく、今日の練習相手がどんなチームなのかは全く知らないのですが、ウィリアムはご存知なのですか?」


「みたいです。ということは、かなり上手なチームってこと?」


 そう尋ねたエリオットに、ウィリアムが見せた反応は、二人が予想したものとは異なる、些か微妙なものだった。


「うーん。上手いっていうか……強い?」


「ははは。上手くはないけど、強いか。言い得て妙だな。」


 すると、会話の輪が広がったために聞こえてしまったのだろう、マクシムがウィリアムの表現に笑っていた。


「あ、いや、すいません。」


 意外な参加者に、些か戸惑うウィリアム。


「いやいや、間違ったことを言っている訳ではないし、気にしていないさ。寧ろ、続けてみてくれ。」


 そう促すマクシムに、ウィリアムは多少おずおずとしながらも、先程の続きを述べ始める。


「基本的に、貴族の少ない地元の民衆で構成されたクラブ・チームは、例えば王立キングスフィールド学院のグラウンドがそうであるような芝の練習場所なんかも持たないし、トレーニング機材だって較べたらどうしても貧弱になりがちです。加えて、受ける教育の違いに起因して使用可能な魔術(スキル)の数にも差があるので、どうしたって上手いとは言い難くなります。」


 それはウィリアム自身も学院にやってくるまで少なからず抱えていた問題でもあったため、実感のこもった発言だった。


「だけど、地元チームには地元チームの強さがある。他の狙いに関しては分からないけど、ジョルジオ部長がこの合同練習を組んだ目的の一つは、少なからずそれを学ばせるためじゃあないかな。」


「いやはや、噂の特待生がそこまで言ってくれるなんて、こんなに嬉しいことはないね。」


 ウィリアムの言葉を感心したように聞き続けていたマクシムが口を開いた。


「いま彼が言ったことは概ねにおいて事実です。それに、こちらは、ベテランと言えば聞こえも良いのかもしれませんが、正直に言ってロートルが多いチームなのも間違いありません。いま言われていたように、使える魔術(スキル)の数だって貴族様方のチームと較べれば雲泥の差があります。とてもじゃあないが、上手さで言えば相手にならないでしょう。」


 淡々と述べるマクシムの言葉は、謙虚でありながら、それを聞いているエリオットがごくりと喉を鳴らすほどの迫力を伴っていた。


「だからと言って、勝負にならない訳じゃあないのがデュアルフットの面白いところ。今日は、妹を助けて貰ったという恩を返さねばなりません。そのために私たちが出来ることは、私たちの全力で貴方たちと向き合うことでしょう。

……それに、」


 そこで一旦、区切ったマクシムが再び口を開く時、その顔は何とも不敵な笑みを浮かべていた。


「妹を助けてくれた相手だからと言って、妹が見ている前では絶対に負けたくない。正直に言えば、そんな気持ちもあるんですよ。シスコンかもしれないですが。」


 大胆に言い放ったマクシムは、しかし、きっと妹がいなくても負けを許容しないだろうことが容易に想像がつく、スポーツマンらしい好戦的な表情をしていた。

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