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Sequence20:夢渡りは一矢報いる

「すいません、ちょっとお時間を宜しいでしょうか。」


 放課後の練習終わりにウィリアムがそう声を掛けたのは、テズニアが監督する新入生の練習が始まってから一週間が経った頃だった。


「どうした、今日の練習で何か疑問点でもあったか?」


 練習後の時間、テズニアは必ずグラウンドに少し残り、新入生たちから質問を受け付ける時間を作っていた。

 細かなプレイの動作修正から、マクロな戦術面の指南まで、先達として蓄積したものは全て出し惜しむことなく、後輩たちに伝えていく。

 それが、テズニアが先達として成すべき自分に課した役目の一つだと考えていたからだ。

 実際、これまでもウィリアムは殆ど毎日と言って良い程、練習後はすぐにテズニアのところまで赴いて質問をしていた。

 しかし、今回に限っては、テズニアの問いにウィリアムが首を横に振る。


「いえ、ちょっとお願いしたいことがございまして。」


 実際のところ、テズニアもこの返答を内心で予期していた。

 ウィリアムの身体から伝わってくる気迫は、明らかに単なる質問をする雰囲気ではなかったからだ。


「よし、聞こう。」


 そうしてテズニアが促すと、ウィリアムは相手の瞳を真っ直ぐにみつめながら言い放った。


「改めて、シチュエーション・ゲームをお願いしたいのです。」


「今から、か?」


「はい、お時間が許すのであれば、是非とも。」


「ふむ。」


 テズニアは、目の前に立つウィリアムを改めて観察する。


 テズニアから見て、ウィリアムの目にはきちんと力が宿っており、疲労後に無理をしている訳ではなさそうだ。

 かと言って、練習の監督中、ウィリアムがこのタイミングに合わせるために体力を温存していた様子はない。そうであったなら、即座にこの申し込みは却下しなければならなかったが、彼は一切の手を抜くことなく練習をやり切っている。

 その上で尚、前回は勝てなかった先輩に挑もうとしているのだ。

 だとすれば、懐で温めていたのは、体力ではなく、何らかの策であろう。

 実際、これまでも、前回の雪辱を果たそうとシチュエーション・ゲームの申し込みをしてきた後輩たちがいた。その全てを断らずにきたテズニアに、後輩のそうした向上心を無碍にすることなど出来ようはずもない。

 何より、その策が果たして何なのか、テズニア自身が一人の元選手として興味を惹かれていた。


「よし! それじゃあ三本勝負としよう。それで良いか?」


 時間を確認したテズニアは、可能な範囲で最大の条件を提示する。練習後には各種道具の後片付けやグラウンドの整備をする時間が必要であり、勝負に挑むからといってウィリアム一人だけがそれを免除させる訳にはいかない。


「回数はそれで構いません。自分も、それでお願しようと思っていました。ただ、前回と一つ変えたい条件がありまして……。」


「ふむ、何だろうか。」


「今回は魔術(スキル)使用可の条件で勝負したいのです。」


「……なるほど。それは君だけ魔術(スキル)使用が可能か? それとも、私も?」


「当然、テズニア先輩も使用して貰って構いません。」


 ウィリアムの返答を受けて、テズニアは数秒間の思考を経る。

 確かに、前回のシチュエーション・ゲームにおいては魔術(スキル)の使用は禁止していたので、その縛りを解除すれば、結果に影響が出る可能性はある。

 とは言え、ウィリアムだけ使用可能であればハンデだろうが、自分も使用可能であれば条件としては対等でしかない。

 つまり、この後輩にとっては、それでも勝つ自信がある、或いは、それで勝たなければ意味がない、ということだろう。

 その挑戦心に、テズニアは心が沸き立つ気持ちだった。 


「すまない、これからちょっとの間、フィールドを使用するため、グラウンドの整備班には少々の時間を貰いたい! その間は、他の班も見学を許可するため、片付けはストップしても良いぞ!」


 テズニアは後輩たちに声を掛けて、作業を一旦ストップさせる。


「それじゃあ、審判役は俺がやりましょうか。」


 そうタイミングよく申し出たのは、部長のジョルジオ。


「ああ、宜しく頼む。」


「宜しくお願いします。」


 ウィリアムとテズニアの二人は、ジョルジオに一礼すると、それぞれフィールドのセット・ラインへと向かう。


「では、シチュエーションはミッド・レーン、自分が守備側でお願いします。」


 ウィリアムがシチュエーション・ゲームの条件を決めて、それぞれセット・ラインにポジションする。


「それでは、第1シークエンス、セット・タイム!」


 ジョルジオの掛け声と共に、このシークエンスで使用可能な魔術(スキル)を決定する猶予の30秒カウントが始まる。

 しかし、このセット・タイムでは、前回と違って魔術(スキル)の使用禁止という縛りが解かれたにもかかわらず、お互いが事前設置(プリセット)を行わなかった。

 シチュエーション・ゲームでは、実際の試合と異なり、あらかじめ決められた動きを作戦通りに行うセット・プレイが存在しないため、魔術(スキル)はオン・プレイ中で臨機応変に使用することも多くなる。

 実際、炎属性に適性のあるテズニアも、煙幕として用いる【炎熱の蜃気楼(ブレイズ・ミラージュ)】を選択しており、タイミングを見計らいながら遅延(ディレイ)発動させるつもりだった。


「プレイ!」


 ジョルジオの合図と共に、互いがセンター・ラインに向かって走り出す。


「燃えろ!」【炎熱の蜃気楼(ブレイズ・ミラージュ)

「姿を明かせ!」【姿見の瞳(シルエット・ボヤンス)


 そして、二人が交差する直前、ジョルジオが魔術(スキル)で作り出そうとした煙幕(スモーク)に対して、即座に反応したウィリアムがカウンターを繰り出した。

 突入(エントリー)を隠蔽しようとしたテズニアに対してウィリアムが発動させたのは、その姿が煙幕(スモーク)内でも視認可能にする魔術(スキル)


 そうしてイーブンとなった状況で二人が交錯する。

 その結果は、概ね前回と同様、待ちタックルに入ったウィリアムをフィジカルに優るテズニアが抑えてセンター・ラインを割ってディスクを相手陣地へスパイクして終わっていた。


「テズニア、センター・ラインの突破により1ポイント獲得!」


 ジョルジオのジャッジが聞こえると同時に、周囲で固唾を吞んで見守っていたチームメイトたちから、緊張が解けるような溜息が聞こえてくる。


 その中で、テズニアは、自陣のセット・ラインに帰陣しながら、いまのファースト・コンタクトについて振り返っていた。


 体格で劣るウィリアムは、たった一週間でフィジカルをテズニアより鍛えることが出来るはずもない以上、今回も待ちタックルを中心にしてくることは間違いない。それは誰もが予想通り。

 ただ、いまの待ちタックルには、まるで次のプレイに向けて何かを確認するようにタックルに入られた感覚があった。前回と同様であれば、もっとギリギリまで前にウィリアムが詰めており、センター・ラインを割るのに余裕がなかったはずである。

 何かがある、とテズニアは直感的に悟った。

 次の第2シークエンスでは、シークエンス毎に加算される基礎ポイントと共に、いまの第1シークエンスで得たポイントが加算された状態で使用可能な魔術(スキル)の上限が決まる。

 今回の結果では、テズニアが魔術(スキル)を三つ、ウィリアムが二つまで第2シークエンスで使用可能になる。

 長年の経験から培われた勝負勘が、テズニアに次からがウィリアムの勝負所だと告げていた。


「第2シークエンス、セット・タイム!」


事前設置(プリセット):【炎熱の蜃気楼(ブレイズ・ミラージュ)、【我が肉体に熱をくべよ(フィジカル・ヒート)】」


 第2シークエンスのセット・タイム、テズニアが使用したのは先程も使用した煙幕(スモーク)に加えて、自身のフィジカルを強化する魔術(スキル)


事前設置(プリセット):【聖光の促進(セイクリッド・ゲイン)】」


 それに対してウィリアムが発動させたのも、同じくフィジカル強化の魔術(スキル)だった。


 互いに、オン・プレイ中に遅延(ディレイ)使用可能な魔術の枠を一つ残しての第2シークエンス。


「プレイ!」


 その開始を告げる合図が、ジョルジオによって発せられたその瞬間だった。


「駆けろ!【疾風よ、矢の如く(ランニング・ゲイル)】」


 テズニアの視界に立ち上る蜃気楼の壁を突き破るようにして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ウィリアムが猛スピードで吶喊してきたのだ。


 直感を肌で感じるタイプのテズニアを、一瞬の怖気が襲う。


 このままでは、自分があらかじめ想定していた地点よりも遥か手前で接敵する。高速で詰めることで、ウィリアムは一枠分の魔術(スキル)差を既に埋めていた。

 そして、先程の確認するような待ちタックルは、このタイミングでもきっちりとテズニアの足元にタックルへ入れるように調整を図っていたのだ。


 それをすぐさま理解したテズニアは、その怖気を越える興奮によって自分の中で更に闘志が燃え上がるのを感じる。


「うおおお!」


 足首を肘部分でロックして回転するウィリアムの動きに合わせて勢いを殺しながら、何とか前にディスクをスパイクしようとするテズニア。


 そうしてもつれ込んだ格闘戦の結果は、センター・ラインに設置されたテズニアの煙幕(スモーク)が晴れると共に明らかとなる。


「……テズニア、センター・ライン突破ならず! 獲得ポイント、0!」


 瞬間、周囲から物凄い勢いの歓声が上がる。

 この日、テズニアと練習を開始してから一週間、回数にしてはもはや何度目か分からない一年生の挑戦において、ウィリアムが初めてテズニアの連続無得点記録に土を付けたのだ。


 しかし、この時、テズニアの関心は既にそんな地点にはなかった。

 もつれあった状態から先に立ち上がったテズニアが、ウィリアムが起き上がるのに手を貸したその時、ウィリアムの瞳には更に先を目指す光が宿っていたのだから。まだ足りない、まだ勝っていないのだ、と。

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