Sequence19:宰相子息は承諾する
「まずは魔術の基礎からおさらいしましょう。」
食堂の机にスクロールを開きながらそう言ったのはサフィアスだった。
「魔術には、その根幹となる属性が存在します。その属性は極めて多岐に渡り、研究者たちですらその全貌を把握は出来ていません。新しい魔術の開発と共にそれまで知られていなかった属性が定義されることなんかもありますから、もしかしたら終わることなき探求なのかもしれない。そういう気概で、我々は魔術の発展に取り組んでいます。」
サフィアスが滔々と説明していく内容は、学院で行われる魔術基礎の授業でも最初に教わったことだった。
「え、でも、サフィアス様は万能属性持ちなんですよね?」
エリオットが手を挙げて質問する。
「はい、畏れ多くも、そのような異名を賜っていることは事実です。しかし、ここで言う万能属性持ちとは、実際のところ文字通りあらゆる属性に対する適正を持っている、という意味では決してないのです。」
「火・水・木・土・風」
サフィアスの言葉と並行して、ダンデリオン王子が五つの属性の名を口にしながら、スクロールに文字を書き連ねていく。
「そう、いまダンデリオン王子が示してくれた五つの属性は、数ある属性の中で、かつて国教だった輪廻教が定めた五大属性と呼ばれるものです。私の場合、多くの属性に満遍なく適性があるのは確かですが、その中でもこの五つの属性全てに対する適正を持っているというのが万能属性持ちなどという不釣り合いな異名の由来となっているのです。」
「一応、これは学院の授業で既に先生方も仰っていたことだけれど、昨今の研究結果では、本来、属性の中に貴賤は存在しないというのが学説として定着してきている。だけど、古い因習の強い土地なんかだと、まだどうしてもこの五大属性に対する執着が強く残っていてね。」
ダンデリオンはそう説明しながら、僅かに苦笑を浮かべた。
「輪廻教曰く、この五大属性の間に生じる循環こそが世界の理であり、その理に沿って自分たちの魂が輪廻しているのだそうです。私としては、そのような俗説にはあまり興味がないのですが、五大属性に適性を示した私に対して強く出られないような信仰の厚い貴族なんかもいたりしますから、まあ、王子の側近として便利に利用させて貰える時には活用しない手はない、くらいの認識ですね。」
サフィアスの説明に、エリオットは「なるほど~。」と感心したように唸っていた。
その素直な姿に、ダンデリオンはサフィアスの言葉に棘が付いていたことについては触れないことにする。
こういった機微に勘付かないということは、貴族位と言えどもあくまで商家の出であるエリオットは、商談の取引時ともまた微妙に異なる、貴族間の駆け引きにまではまだ疎いらしい。
ダンデリオンの記憶が正しければマリアリース家の三男であるエリオットである。彼が家の中でどういう立ち位置にいて、将来はどういう道へ進むのかにも依るが、場合によっては、いずれその純真さが失われてしまうかもしれないことを考えると、些か胸が痛む気がした。
そんなダンデリオンの杞憂を知ってか知らずか、サフィアスが話題を変えて本筋に戻した。
「さて、そうした確認を終えた上で、ウィリアム君。光の属性持ちである貴方が、私に教わりたい魔術は風か火、雷あたりの魔法だと仰いました。これがなかなかに難しいことだというのは理解を頂けたことでしょう。」
サフィアスの眼が、眼鏡の奥で冷たく光る。
それに対して、ウィリアムの返答は、一見、普通に思えた。
「はい、それは勿論。自分に適性のない魔術では、基本的に有益な効果を生じさせるまでには至らないと魔術基礎の授業でも先生たちから教わりました。」
「なら、」
「でも、それはあくまで一般的な生活などでの話です。魔術効果を一律化する魔方陣で描かれているデュアルフットのフィールド内でなら、どうでしょうか。」
ウィリアムが唐突に言い放った言葉に、皆が一瞬、しんと押し黙る。
「魔術陣の発想か!」
サフィアスが、驚くような勢いで立ち上がる。
魔術陣とは、かつて大陸全土で争いが勃発していた頃、主に後方支援部隊で用いられていた魔術運用法だった。本来、適性のない魔術を実践レベルで用いることは出来ないが、効果を底上げする魔方陣を事前に敷いた上でなら、例えば遠距離から固定砲台のようにして運用可能な魔術が使用されていたと伝えられている。
「それなら、確かに魔術を使用する者は、根幹の理さえ理解していれば良いことになる。しかし、それであれば、どうしてこれまでも利用する者が殆どいなかった……いや、あくまでデュアルフットは学生時代にのみ許された趣味として、そんなもののために適性のない魔術を学ぼうが後に活きることは少ないと考えるのが普通か……?」
サフィアスは、ぶつぶつ呟きながら歩き回って思考の深みに一人で沈んでいく。
彼の言う通り、戦が遠ざかった現在の世の中では、魔術陣の技術には一部の例外を除いて使用制限が掛けられているが故になかなか出会う場面も少なく、自ら用いようとする発想が浮かびにくかったのだろうとウィリアムも考えていた。
また、確かにデュアルフットのフィールド内では、普段なら使用不能な適性の魔法でも一律の効果を生じさせることが出来る。しかし、だからといって、一歩でも競技から外に出れば、その魔術に費やした時間に意味はない。貴族にとって、そのような無駄は基本的に許されない行為だったのである。
この点は、デュアルフットのことしか頭にないウィリアムには思い付かない、サフィアスの明察だった。
そして、ある程度の考えが纏まったのか、ぴたと立ち止まったサフィアスが、ウィリアムのほうへ勢い良く振り返る。
「つまり、私がこれまで構想を練るのみだった魔術が、もしかしたらデュアルフット内の魔術としてであれば運用することが出来、引いては私自身が競技に貢献する術もあるかもしれないと!?」
いきなりウィリアムの肩に掴みかかるように近付いてきながらそう言ったサフィアスの眼は、まるで救いにすがるような光が籠っていた。
「え、ええ。それは、かも、しれません。」
あまりの勢いにウィリアムも驚いて、先程まで次期宰相候補と冷静に話をしていたのが噓であったかのようなしどろもどろな返答をしてしまう。
「サフィアス?」
ダンデリオンですら、想定外の表情なのか、些か驚いたような顔でサフィアスに声を掛けている。
「……あ、いや、んん。失礼しました。」
ダンデリオンの声でようやく我を取り戻したサフィアスが、眼鏡を指で正しながら咳払いする。
「ちなみに、どうして私なのでしょうか。他にも、魔術が使える生徒はたくさんいたでしょう。これまでだって、例えばアレクシウス殿とか。」
「あー。」
サフィアスの問いに、若干言い難そうな表情を浮かべるウィリアム。
「勿論、サフィアスが優れた魔術師である点が一つ。また、自分の学びたい魔術に対してアレクシウスの適性がなかったことも一つ、理由としてはあります、が」
「が?」
「仮に、アレクに適性があったとしても、彼に教えを請おうとは、恐らく思わなかったはずです。」
「と、言うと?」
「アレクが他人に教える時って、基本的に全て擬音だけなんですよ。ぐぐっと溜めて、あとはズバッとか言われても、ちょっと良く分からなくて……」
ウィリアムにそう言われて、周囲の三人は、何となくその光景を想像が出来てしまうことに笑いを堪えた。
「なるほど。概ね、ウィリアム君が魔術を学びたい理由、そして私を選んだ理由も理解しました。それであれば、私が魔術を教えることが出来るでしょう。」
「と、いうことは」
「はい。貴方の願い、聞き入れましょう。」
こうして、ウィリアムは稀代の魔術師を師匠の一人に得たのだった。
しかし、サフィアスもまたこの出会いによって一つの転機を得ていたことは、この時にはまだ誰も知る由もなかった──。




