Sequence18:宰相子息は請われる
週五日制の王立キングスフィールド学院高等部において、朝練などもあるとはいえ、主な練習時間が放課後のみに限られない週末の休日二日間──エオリアとロクリアの日──は各部活動にとって最も練習に時間を注げる貴重な日である。
この日も、午前中からハードな練習を終えたデュアルフット部の面々は、各々が午後の練習に向けて体力を蓄え直す食事の準備に取り掛かろうというところだった。
「あの、王子。」
「ん、何だい、ウィリアム。」
恐る恐る声を掛けてきたウィリアムに対して、ダンデリオンが気安い口調で返答する。
本当は、練習中と同じように日常でも名前で呼んで貰って構わないのだが、そう本人から言われたとしても本当にそう呼ぶのが難しいことも理解しているダンデリオンは現状を容認していた。
「午前中の練習で僕のプレイで何か気になることでもあったろうか。それとも、午後の練習前に何か必要な作業とか用具の準備でも言い付けられた?」
「あ、いや、そういう訳じゃあなくて……」
しばらく微妙に言い出し辛そうな表情をしていたウィリアムだが、意を決したように口を開く。
「あの、サフィアスさんに相談があるんですが、王子から彼にご紹介を頂けないかと。」
「サフィアスに?」
そう言われて、ダンデリオンは首を傾げる。
サフィアスは、厳格な性格を周知されていても尚、宰相子息であると共に次期宰相の有力候補という立場から、口利きを望む貴族は普段から少なくない。
それ故に、通常であれば断るところだったが、いま目の前に立つウィリアムはそうした──つまり、何かしらの政治的融通を依頼するような──タイプの人間には見えなかった。
そう考えたダンデリオンは、確認の意味を込めて、ウィリアムに訊ねる。
「それは、デュアルフットの?」
その問いに、今度はウィリアムのほうが首を傾げる。
「は、はい。それ以外に、何かありますでしょうか?」
そりゃあ、あるだろう、普通は。
さも当然のことのようにそう言ったウィリアムに、ダンデリオンは内心で笑いを堪えた。
アレクシウスの紹介や、王家の影からも上がっていた報告の通り、根っからのデュアルフット狂というのは本当らしい。
とは言え、そうすると、今度は別の疑問が浮かんでくる。
「それであれば、私も同席させて貰えるなら全く構わないよ。」
サフィアスは、幼少期に少し齧ったことのあるダンデリオンと違い、デュアルフットに関しては文字通り初心者である。そんなサフィアスに対して、夢渡りとはいえ、デュアルフット特待生としてこの学院に入学したはずのウィリアムが一体、どんな相談があると言うのか。興味を惹かれたダンデリオンは、ウィリアムに同席の条件を付けた。
「勿論、問題ありません。」
それに対して即座に承諾するウィリアム。
「ありがとう。そうだな、なら、どうせだから一緒に昼食でもどうだろうか。」
ダンデリオンがそう言ってウィリアムを連れ立って未経験組のほうへ近付いていくと、お目当てのサフィアスは偶然にも先日に会話したエリオットと一緒にいるところだった。
王子が近付いてくると、周囲の生徒たちが俄かにざわつきはじめて、それをきっかけに気付いたサフィアスが声を掛けた。
「おや、殿下。何か御用ですか? 呼んで下さればこちらから出向きましたのに。」
「やあ、サフィアス。同級生相手にそんなことさせられないだろう。失礼ながら、そちらは確か」
「は、はい。こうして会話をさせて頂くのは初めてになります、エリオット・パルマ・マリアリースと申します。王家の方々には、日頃より我がマリア商会をご重用頂いて感謝しております。」
そう言って、臣下の礼を見せるエリオット。
「ありがとう。でも、ここではもっと砕けた姿勢でいてくれると助かるな。」
「は、はい。」
ダンデリオンの申し出に、まだ緊張を残した表情と声ながらも頷くエリオット。
その姿にダンデリオンはふっと笑うと、今度はサフィアスのほうを向いて軽口を叩き出した。
「いやいや、しかし、良かったよ。正直、サフィアスには学内での友人があまり出来ないのではないかと心配していたんだ。だって、こういう性格だろう。人当たりが良いなんて口が裂けても言えないし、一人寂しくしていやしないかと思っていたのに、君のような優し気な友人が出来ていたのなら、何よりだ。」
「はあ、殿下。そういうのは」
「い、いいえ、いいえ。サフィアスこそ、とても優しくて、僕をよく気遣ってくれるんですよ。」
ダンデリオンの冗談に、サフィアスが珍しく面倒そうな表情で返答しようとした時、意外にもエリオットが口を挟んだ。
「優しい? サフィアスが?」
一瞬、きょとんとした顔をしたダンデリオンが確認するように訊ねる。
「は、はい。サフィアスは、同じ初心者で、しかも他の運動も未経験だった僕が練習についていけなくなりそうになるのに配慮して、色々とサポートしてくれています。いまも、ほら、実はさっきランニング中に転んで怪我してしまった部分に治癒魔法をかけてくれていたところで」
「別に。治癒魔法と言っても、大して体力も魔力も消費しない簡単なものですから。」
そう言ったサフィアスの姿は、エリオットの言葉をどうにか途中で押し留めようとしているかのようにウィリアムには見えた。
「っふ」
すると、何処からか、堰き止めていた息が漏れ出るような音が聞こえる。
「あっははははは!」
そして我慢しきれなくなったのか大声で笑いだした声の主は、ダンデリオンだった。
「さ、サフィアスが優しい! こんな面白いことなかなか」
そう言いながら腹を抱えて笑うダンデリオンは、ウィリアムが断罪の危機に見舞われたパーティ会場で感じた触れがたさとは全く別の貌で、親しみやすさを感じるものだった。
ウィリアムたちが──とは言え、まだ流石に気安く話したりは出来ないものの──そんなことを考えている横で、ダンデリオンとサフィアスは声に出さず、目だけで互いに意思疎通する。
〔何を大口開けて笑ってるんだ、ダンデ。〕
〔お前こそ笑わせるなよサフィ、腹黒眼鏡の癖に優しいとか。〕
そうして二人が周囲に知られないようにやり取り出来るのは、それに値するだけの付き合いの長さを誇るからこそだった。
「あー、笑った。ああ、じゃあ、ちょうど良いか。」
ひとしきり笑ったダンデリオンが、思い出したように話を切り出す。
「優しい優しいサフィアスなら、きっと頼みを断ることもないだろう」
「殿下。」
「分かった、分かった。じゃあ、私が揶揄うばかりでは申し訳ないから、本当に用事があるウィリアム君から直接どうぞ。」
そう言って、ダンデリオンはウィリアムに道を譲る。
「えっと、はじめまして、サフィアス様。先日のパーティではお世話になりました、ウィリアムと申します。」
些か緊張した面持ちでまずは感謝と共に挨拶をするウィリアム。
ダンデリオンとは簡易試合の前後で会話を交わしたが、サフィアスと実際に会話するのはこれが初めてだからだろう。
「はい、はじめまして。サフィアス・メルツィア・ノーリッジと申します。王子と同じく、学内では様を付ける必要はありませんので、そちらで宜しくお願いします。」
「は、はい。」
そう言われて、改めて深々と頭を下げるウィリアム。
その後ろでは、ダンデリオンが軽く苦笑いしていた。
「それで、用件というのは?」
サフィアスが促すと、ウィリアムはおずおずと尋ねる。
「サフィアスさ、じゃなかった。さ、サフィアスは、全属性持ちというのは本当ですか?」
「ええ、一応、その中で得意不得意というのはありますけれど、基本的な魔術であれば、どの属性にでも対応が出来ますね。」
何でもないことのように肯定するサフィアスだが、国内で同じ全属性持ちが一人も存在しないことを知っているダンデリオンなどからすれば、呆れざるを得ないような発言だった。紛うことなき天才の一人が、自分のことを大したことでもないもののように扱っているのだから。
「なるほど、ありがとうございます。それでしたら、願いというのは一つです。」
サフィアスの答えに、ようやく意を決したのか、まっすぐ目を見つめながらウィリアムは口を開く。
「僕に、魔術を教えて欲しいのです。デュアルフットのため、どうしても早急に覚えてみたい魔術があるので。」
それは、如何にもデュアルフット狂だというウィリアムらしい願いだった。




