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Sequence17:同級生は吐露する

「ここ、座っても良いかな。」


 放課後の部活が終わり、学生寮に帰ってきて食堂で食事をしていたウィリアムに声を掛けてきたのは、同じ寮に住む一人の少年だった。その顔立ちは、ともすれば女性と見間違えてしまいそうなほど美しく、ウィリアムは食べようとしていたパンを危うく落としてしまいそうになるのを何とかギリギリで踏み止まった。


「も、勿論。どうぞ。」


 突然のことに驚くウィリアム。まさか、自分が誰かに話しかけられるなんて思ってもみなかった。


「あ、ちなみに僕のこと覚えてる?」


「あ、は、はい。今日、王子たちの後に新入部員として自己紹介していらっしゃった」


「そう、そう。改めまして、同じ一年生のエリオット・パルマ・マリアリースと申します。以後、お見知りおき下さい。」


 そう言って、丁寧に頭を下げるエリオット。彼ほどの美形を一度でも見れば、忘れるはずがない。逆に言えば、あらかじめ彼のことを自己紹介で見ていなければ、ウィリアムは最初に話し掛けられた時、まず間違いなく女性だと勘違いしていただろう。


「こ、こちらこそ。でも、良いんですか?」


 慌てて同じように頭を下げつつ、ウィリアムは困惑したように訊ねる。


「良い、って何が?」


「あ、いや、自分は夢渡り(ワンダラー)なので……」


 ウィリアムは、一般的な貴族の中には宗教上の理由から夢渡り(ワンダラー)を嫌う者が未だ多いことなどに配慮をして、無用な争いを防ぐために寮の部屋も他の生徒たちから離されている。

 勿論、夢渡り(ワンダラー)に対して偏見を持たない貴族──例えば、過去の経緯から夢渡り(ワンダラー)に対して好意的な政策を布こうと努めている王家やそれに近しい王党派貴族、或いはアレクシウスの実家など──もいるにはいるが、基本的に寮内生活では、貴族は勿論、複雑な力関係に巻き込まれるのを嫌がる平民の生徒も含んだ皆から遠巻きに放置されるだろうとウィリアムは予想していたのだ。


 だから、自分に話し掛けても大丈夫なのかと、ウィリアムは問わずにいられなかった。ともすれば、彼自身も寮内で孤立しかねないのだから。


「ああ、うちは確かに一応は貴族だけど、商人上がりで、宗教絡みのしがらみもあんまりない家なんだよねえ。マリア商会って知らないかな。そこそこ有名だと思うんだけど、あれがうちの実家なんだ。」


 その名前はウィリアムも知っていた。当然である。何故なら、マリア商会とはキングスフィールドでも有数の大商会であり、その影響力と重要性を鑑みて爵位を賜ったのがマリアリース家なのだから。

 なるほど。先程の挨拶も、そう言われてみれば貴族というよりは、商人らしい立ち振る舞いだとウィリアムは思い返した。

 彼ら商人のネットワークは需要と供給に支えられている。誰しもが欲望を持つ以上、その対象を揃えられる商人を蔑ろにすることは出来ない。学内で夢渡り(ワンダラー)の一人と単に会話する程度なら制限を受けることもないだろう。その事実に、ウィリアムは内心で胸を撫で下ろした。


「でも、お陰でさ、小さい頃から珍しい美容品だのなんだの、姉上たちとのままごとで試されて、大変だったんだよね。時には、ドレスなんかまで着させられて。しかも、何だかそれが姉上たちにはやり甲斐があったらしく、大事にされていたのは確かに嬉しいことなんだけど、当然のようにスポーツなんて危険なことさせられないって、ずっと禁止されていたんだよね。」


 続けて、エリオットは何処か遠くを見つめるような目でそうボヤいた。

 正直、ウィリアムには、その姉上たちの気持ちも理解は出来る。きっと、ドレスを着て、化粧も施したエリオットは誰よりも美しかったのだろう。


「でも、流石に高等部に通うような年齢になって両親も姉上たちに弟離れを命じて、僕自身もこうやって学院の寮で生活するようになって物理的にも距離が離れたのをきっかけに、一念発起して、これまでとは全く違う何か新しいことを始めてみたいと思っていてさ。」


「それで、デュアルフットを?」


「そう、デュアルフット自体は、入学初日にたまたま目にしたのが最初なだけの競技ではあるんだけど。ただ、その中で特に僕の目を惹いたのは君だった、ウィリアム君。」


「え?」


 それは、意外な言葉だった。

 何故なら、ウィリアムにとって、あの試合で初心者の注目を集めるのは派手な活躍をしたグレイ兄弟になるはずだと思っていたからだ。


「え、って。」


「いや、だって、例えばグレイ兄弟のプレイのほうが目立っていませんでしたか。」


「ああ、確かに彼らは素晴らしかったよね。でも、これまでスポーツをやったことがない僕には、彼らの凄さよりも、君の凄さのほうが印象的だったんだよ。」


 一瞬、ちょっと恥ずかしそうにしたものの、意を決したようにエリオットは喋り始める。


「正直、さっきは偉そうなこと言ったけど、高等部まで激しい運動を積んでこなかった僕が、いきなり部活なんて始めても無理に決まっている、そう諦めていたのも事実なんだ。僕は、単に思い出だけ作って家に帰るんだろうと何処か冷めた目で自分のことを眺めていたように、いま振り返ると分かる。」


 ウィリアムは、そんなエリオットの言葉を茶化すことなく、じっと黙って聞いている。


「だけど、あの日、僕は君がフィールドで活躍しているのを見た。きっと、これまで周囲から何度も無理だと言われ、様々な圧力も受けたであろう、夢渡り(ワンダラー)である君が、だ。」


エリオットの言う通りだった。ウィリアムが高等部に入るまでを思い返せば、常にアレクシウスたちのような人間に囲まれる恵まれた環境ばかりではなかった。寧ろ、反発を喰らうことのほうが多かったと言ってよいだろう。夢渡り(ワンダラー)風情が、俺たちの文化領域に入ってくるんじゃあないと、面と向かって言われたことだって何度もあった。試合会場で観客から罵声を飛ばされることだって珍しくはない。


「僕は、その“意志(WILL)”の強さにこそ、感動した。だから、僕は他の誰でもない、君に憧れてデュアルフットをやってみたいと思ったんだよ。君のように活躍するのは出来なくても、その背中を追ってみたいと思ったから。」


 そう言ったエリオットがちょっと照れながら浮かべるはにかんだ笑顔は、まるで花が咲いたかのようだった。


「あ、ありがとうございます。」


 そんなエリオットの表情があまりにも美しく、ウィリアムは相手以上に照れてしまう。


「ふふふ、ちょっとクサすぎたかな。」


 ウィリアムの姿を見て、エリオットも笑った。

 

 そうして二人がちょっとバツが悪そうな笑顔を互いに浮かべていた時、ふとエリオットが思い出したように口を開く。


「ああ、そうだ。ちなみに、出きれば敬語は辞めて欲しいかな。さっきも言ったけど、うちは貴族と言っても商人上がりで平民との差なんて気にしないし、何より憧れの人から敬語を使われるなんて、ちょっと嫌だからさ。」


 その言葉に、ちょっと考え込んだウィリアムは、意を決したように返答する。


「……ありがとう、エリオット。僕のことも、君を付けなくて良いよ。」


 それが、ウィリアムが初めて学院で作った友人に対する言葉だった。


「うん、うん! ありがとうウィリアム!」


 その返答に、エリオットはとても嬉しそうに頷く。それで、二人の会話は大団円、かと思われたその時だった。


「あ、」


「?」


 更にエリオットが何かを思い出したように口を開く。


「試合中って、確かお互いにコールする時、長い名前は煩わしいから、略した愛称で呼ぶことが多いって聞いたんだけど」


「うん、そうだね。」


 ウィリアムは頷く。例えば、ウィリアムはアレクシウスのことをアレクと呼ぶし、アレクシウスはウィリアムのことをウィルと呼んでいた。また、彼らの場合、それが根付いた結果、日常でもそう呼び合うようになっている。


「僕さ、いつか君にフィールドの上で名前を呼んで貰えることを目標にしようと思っているんだけど」


 なるほどと、ウィリアムは感心する。確かに、目標を持つのは悪いことではない。同級生である以上、単にウィリアムを憧れの対象とするだけでなく、同じフィールドに立つ対等な仲間を目指すのは良い選択であるように思えた。


「けど?」


 ただ、エリオットの言葉に込められた真意の想像も付かなかったウィリアムは、続きを促す。


 すると、エリオットは、それまでにない迫力で言葉を紡いだ。


「その時は、絶対にエリーと呼ぶのだけは辞めてね。」


「う、うん。」


 そうやって、きっとエリオットは姉たちからそう呼ばれていたのだろう愛称を断ると言ったエリオットの目には冗談ではないと思わせるに充分な光が満ちていて、ウィリアムですら些かたじろぐほどだった。

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