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Sequence16:夢渡りは(無自覚に)鼓舞する

 あれ、俺、いま何してたんだっけ。

 つい、口からそうこぼれそうになる。

 もう何度目のチャレンジか、自分が攻撃しているのか、防御しているのか、どちらか思い出すことも上手く出来ない。

 繰り返す呼吸は、脳と身体に行き渡る感覚がない。渇いた喉に少ない唾液は張り付いてしまって呑み込めず、息を深く吸い込むのを邪魔する。

 そして、脳は沸騰しそうなくらい熱いのに、疲労した身体はまるで凍えたように感覚が鈍く麻痺していて、思ったように動かない。


 それが、テズニアとの一騎打ち(1V1)を想定したシチュエーション・ゲームを繰り返させられ続けた大半の一年生新入部員がいま抱いている感覚だった。


 テズニアの提案したシチュエーション・ゲームの内容は、次のようなものだった。

 プレイ可能なフィールドの範囲はミッド、ショート、ロングの内で一つのレーンのみ。

 一年生は順番にテズニアに挑み、攻撃側と守備側のどちらでチャレンジするのか、またフィールドの何処を使用するのか、その度毎に一年生が自己申告する。

 あとは、抜き去るでもよし、守り切るでもよし。

 好きなように挑戦せよ、と。


 そうしてシチュエーション・ゲームが始まってから、全員分を足して何回のチャレンジを行ったのか、覚えている者はフィールドに立つ一年生の中にはほぼいない。

 ただ、一つだけ確かな数字があった。


 それは、これまでに守備側で挑んでテズニアから奪われなかった点はなく、反対に攻撃側で挑んでテズニアから奪えた点もなかった、ということ。

 攻撃成功回数、守備成功回数、共に皆無という完璧なホワイト・スコア。


 当然ながら、シチュエーション・ゲームの開始当初は、一年生新入部員たち皆が、自分の挑戦する順番が回ってくることを心待ちにしていた。

 相手は、前年度のデュアルフット高等部門覇者チームのミッド担当であるテズニア。彼を相手に己の実力を見せつければ、即座にレギュラー候補まで駆け上がれることは間違いない。

 そのような期待を持つこと自体は、決して傲慢でも尊大でも自惚れだと責めるべきではない。経験者組は、それぞれが各領のクラブ・チームで活躍してきた強者たちであったことには間違いなく、そもそも負けるつもりで挑むことに意味はないのだから。

 また、その裏に、先日の簡易試合(ショート・ゲーム)でウィリアムの実力が周囲に認められた姿が脳裏に残っていたこともあっただろう。

 ウィリアムたちに続いて、自分たちも早く実績を積んで見せたいと思うのは、競技者(スポーツマン)であればごく自然な負けず嫌いの心理だ。


 しかし、挑戦は彼らが望むほど甘いものではなかった。

 新入部員たちとテズニアの間にある年齢差は三歳分。

 成長期を経たばかりの身体と、そこに三年分の鍛錬を積んだ肉体の差。

 加えて、磨き込まれた技術力の差。

 そして、経験値の差。

 それらが両者の間に大きな隔たりとなって立ち塞がっていた。


 それでも途中までは、テズニアは交代無しで連続してシチュエーション・ゲームに参加しなければならない以上、体力を削っていった先に、いつか誰かしら得点を奪えるだろうという希望があった。

 しかし、いつまで経っても一年生側のスコアは純白(ピュア・ホワイト)のまま。


 皆が弱かった訳では決してない。

 実際、先日の試合で実力を示したウィリアムたちですら、他の皆と大して変わらず、テズニアを相手に目立った戦績を特段上げている訳でもない。

 攻撃に入ればセンター・ラインを割ることが出来ず、守備に入れば今度は相手にセンター・ラインを抜かれて確実に1ポイントを奪取されている。


 その上で、一年生たちと較べると、テズニアの表情や息遣いから読み取れる疲労は大したことがないように見える。その堂々とした姿に、一年生たちは余計に自分たちとテズニアの差をより強烈に感じさせられてしまう。


 こんなことだったら、チャレンジしないほうが良かったのではないか。

 夢から醒めたような、後ろ向きな表情を浮かべる者も次第に何人か現れている。

 一年生の基礎トレーニングを監督しながら横目で眺めていたジョルジオは、用意した壁が些か高すぎたかもしれない可能性を鑑みて、一旦の休憩を提案しようか逡巡した、その時だった。


 ジョルジオのことを見ていた訳でもないはずのテズニアが、視線は一年生たちに向けたまま手のジェスチャーだけでジョルジオを制す。

 その姿に、去年まで同じフィールドに立っていた頃の懐かしさを思い出しながら、ジョルジオは休憩の提案を思い留まった。

 攻守に渡って活躍しなければならないミッドには、大まかに分けて二つのタイプがいる。

 一つは、エースとしての自覚を持ち、自分のプレイをひたすら貫いて周囲のチームメイトを引っ張る者。しかし、このタイプはともすれば周囲を見ずに、ただ自分の思うまま暴君のように振る舞う形にもなり得てしまう。

 テズニアは決してそういうタイプではなかった。

 テズニアが属するもう一つのタイプは、周囲に気を常に配り続け、あらゆる状況と味方に対して献身的に貢献する選手。実際、ジョルジオの記憶している限り、テズニアほど周囲に気に配る選手は珍しいと言えるほどだ。

 そんなテズニアから、ジョルジオたち後輩が学んだことは非常に多い。

 であれば、きっと一年生たちも同じようにテズニアから学ぶことが出来るだろう。

 そう信じて、ジョルジオはテズニアにそのまま任せることにした。


 そして、シチュエーション・ゲームを開始してから殆んど喋らなかったテズニアが久しぶりに口を開く。


「さて、諸君。これまでは君たちに決まったローテーションで私とのシミュレーション・ゲームに挑戦して貰った訳だが、それぞれに差のある体力が奪われていく中で、対抗策が思い浮かばぬまま順番が回ってくることも多かっただろうと思う。実際の試合は待ってくれない。こうした状況を何度も繰り返し経験しておくことも必要ではあった。」


 テズニアが言う通り、一年生たちは挑戦回数が進むに連れて、次第に攻撃も守備もパターンが単純化していた。体力がなくなると、比例して思考能力も低下していく。身体強度(フィジカル)は、ただそれだけで完結するものではなく、寧ろ戦術(タクティクス)にまで直結している。

 テズニアは最初の挨拶で経験者組にもフィジカル・トレーニングが課されることを明言していたが、その重要性を一年生たちは文字通り頭だけでなく、身にまで染みて理解させられていた。


「とは言え、それをずっと続けても、単に君たちをイジメているだけの無意味な練習になってしまう。なので、ここからはちょっとペースを落としてでも良いから、挑戦を挙手制にしたいと思う。勿論、具体的に何か策が思い付かなくても良い。実戦の中でこそ閃くものもある。そういった予感というのも案外、馬鹿には出来ないものだ。頭脳プレイが得意ではない者も、それを埋められるだけの経験を積めば良い。自信を失う必要は、ない。こう見えて私も直感派だから、そういった選手たちのこともよく分かる。」


 テズニアはちょっとした冗談も交えて話していた。

 それは、疲労で凝り固まった一年生たちの身体と頭を休める間を作るためだろう。


「さあ、じゃあ、次に挑みたい者は、誰かいるか。」


 そう問うたテズニアに対して、一年生たちの中から、一人の生徒が手を挙げた。


「よし、ウィリアム。よくぞ手を挙げた。」


 テズニアは、練習初日でも、既に下級生たち一人ずつの名前と顔をきっちりと全て記憶していた。練習を教えるにあたって、それは必要不可欠な最低限のハードルだが、意外とそれを疎かにするコーチや先輩は少なくない。


「シチュエーションはどうする?」


「ポジションはミッドで、守備側をチャレンジさせて下さい。」


「相分かった。」


 お互いがシチュエーション・ゲームの想定内容を確認して、それぞれフィールドのセット・ラインにポジションした。


 今回のシチュエーション・ゲームでは、使用する魔術(スキル)は無し。クリーンな状態でお互いが純粋に攻守の力量を測ることになる。

 審判役を任された一年生がプレイの掛け声を発すると同時に、それぞれがセンター・ラインに向かって走り出す。

 これまで、決まった順番のローテーションに追われていた一年生たちは、ここでようやく他の生徒がどういった立ち回りをしているのか、じっくりと観察する猶予を得た。

 開始は極めて順当な攻守のアプローチ。

 途中で変化があったのは、守備側のウィリアムだった。

 守備は、相手がステップで軌道を変化させるのに合わせるため、全力で前に出るのは一定の距離までに抑えるのがセオリーである。

 だが、ウィリアムはそのセオリーを越えて、通常よりも遥かに前の位置まで走り込むと、今度は逆にびったりと足を止めて待った。

 その代わり、両脚のスタンスを前後に開くのではなく、左右へ広めに確保して、どちらに相手が振ってきても反応しやすい体勢を作っている。

 そこへ全力で走り込んで来るテズニアが交差する。

 周囲で見ている一年生たちには、通常より低くタックルにウィリアムが入ってはいるものの、そのまま相手の勢いに負けて後ろへ弾き飛ばされるように見えた。

 しかし、結果としては、確かに結局センター・ラインは割られてその先へスパイクされたのは同じであったものの、ウィリアムはテズニアの脚にしがみついており、格闘(グラップル)が成立していた。


 その結果に、立ち上がったテズニアがウィリアムに声を掛ける。


「そうか。それがさっきまで見せなかった、フェルディナンドを倒したタックルか。」


「……はい、そうです。」


 突然のテズニアからの問いに、一瞬の躊躇の末、ウィリアムが肯定する。


「なるほどな。相手の脚に対する両腕の締め上げ(パッキング)と梃子の原理を使って倒すのではなく、待ちタックルのモーション中に肘部分を相手の足首まで滑らせるようにしてから固定(ロック)し、自分の身体ごと捻って回転することで、相手は自分で倒れないと膝が極まってしまうという寸法か。よく考えている。」


「でも、こうして初見であっさり見抜かれ、対応されました。」


 ウィリアムの言う通り、テズニアは寧ろそこで耐えることなく、同じ方向へ回転しながら前に身体を伸ばすことで、センター・ライン向こう側の地面にスパイクをブレイクしていた。


「先日の簡易試合(ショート・ゲーム)で対面したフェルディナンド先輩も、自分よりフィジカルが上で、毎回の攻撃をどうしても一点に抑えることしか出来ませんでしたし。」


 テズニアは喰い気味に即答する。


「いいじゃないか。待ちタックルの利点は安定率だ。相手を仰向けに敵陣側へ倒すことは難しいが、タックルを外さず最低限の得点に抑えながら自分たちの得点が持つ価値を上げることにかけて、待ちタックル以上に優れた技はない。その有用性は先日の簡易試合(ショート・ゲーム)でも証明されているだろう。デュアルフットは、あくまでチーム戦だ。仮に一点取られたとして、仲間と一緒に二点以上を奪取出来ていれば立派な勝ちになる。シチュエーション・ゲームはあくまで試合とは違うことは君たちだって理解しているだろうし、実際の試合で言えば、いまの勝負は五分に近い。自分の技術には、自信を持って良い。」


 テズニアは、ウィリアムのタックルに対して認められるべき技術だと、そう堂々と言った。


「それに」


 にやりと笑いながらテズニアは煽る。


「本当なら魔術(スキル)も込みでもう一段、上を見据えている、だろ?」


 その言葉に、周囲の生徒たちは耳を疑った。あのテズニアから一年生が認められるなど、普通なら誰も想定しない事態だ。


 しかし、ウィリアムは、テズニアの言葉に俯く。


 その姿を見たテズニアが、口を開いた。


「まだ何か言いたげだな。よし、じゃあ、いま君が思っていることを正直に言ってみてくれ。」


 周囲の一年生たちも様子を窺っている中で、少し間を置いて、ウィリアムがゆっくりと口を開く。


「それでも、デュアルフットを始めてから、どんな小さい勝負だろうと、やるからにはやっぱり勝たないと気が済んだことはない、んです。」


 そう言ったウィリアムの目には、まるで燃えるような本気の輝きが宿っていることを周囲の一年生たちは見た。

 あのキングスフィールド学院デュアルフット部史上、最も優秀なミッドと呼ばれた前年度の覇者、テズニアに一年で認められれば、仮にそれがお世辞だとしても、少しは誇らしげになるのが普通の反応というものだ。

 しかし、目の前の同期はそうではない。そんな所で立ち止まっている訳にはいかないと、本気でそう言ったのだ。

 その背中に、多くの一年生が衝撃を受けていた。


 それを聞いたテズニアは、大声で笑い出した。


「ならば、その上で、更に別の技術を乗っければいいだけだ。君たちにはこれからも学ぶこと、学べることがある。悔しさこそ、上達するための発火材の一つだ。私は、いまから君に負けることが楽しみで仕方ないよ。」


 そして、テズニアは満足したように頷くと、フィールドの外で観戦していた一年生のほうへ向き直る。


「さあ、じゃあ次に挑戦したい者は誰だ!」


 テズニアがそう言うと、先程に問われた時とは異なる勢いで、一年生たちが挙手していく。

 それは、まるでウィリアムの悔しさが伝播したように。


 ただし、いま彼らが悔しさを感じる相手は、決して自分たちを圧倒し続けたテズニアだけではない。

 彼らの負けず嫌いは、最初の問いかけで我先にと挑戦権を得て、心が折れていないことを示したウィリアムに対しても向けられている。

 お前にも、負けてなるものか、と。

 お前だけ一人で先に行かせるものか、と。


 先程までの淀んだ空気は、そこにはもう存在しなくなっていた。


 そうして仲間同士で高め合う状況こそ、()()()()()()()()()()()()()()であった。


 そうしてようやく、負けず嫌いの競技者(スポーツマン)による集団が出来上がっていくのだから。

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